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苦いチョコレート
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ディアミッド商会のサーフェスの寝室は、シェカール公爵邸とは真逆だった。
深緑色のダマスク柄の壁紙に、淡い茶系のペルシャ絨毯の柄は額縁紋様。
たくさんのボールを並べたようなデザインが脚に施されているのが特徴のジャコビアン様式の家具は、かつて大流行した籐が使われている。
サーフェスは背もたれが籐になった椅子にどっかりと座った。
マーレイの父方の祖父母宅でよく目にした家具だ。祖父母宅のものは、脚に捻りのあるデザインだった。
「甘い物は苦手か? 」
サーフェスは手付かずの菓子皿を見やって問いかけてきた。
「王都の菓子職人から取り寄せた、固形のチョコレートだが」
テーブルに乗っているのは、白磁の皿に行儀よく並んだ、コーティングチョコレートだ。ココアをまぶしたものから、オレンジピール入り、ラム酒を混ぜ込んだものなど様々。形も丸や四角、網目模様など手が込んでおり、さながら宝石のようだ。
「茶会に使うような皿に乗せたら良かったか? 」
「い、いえ。充分なもてなしですわ」
チョコレートといえば飲み物が主流だったが、このところ、財産持ちの貴族の間では固形が好まれている。
「糖分はしっかり取っておいた方が良い」
自分は甘いチョコレートには見向きもせず、ワインのコルクを抜くサーフェス。
「これから、疲弊するだろうからな」
グラスにワインを注ぎながら、ニヤリと口元をいやらしく歪めた。
馬車の中ではこの上ない仏頂面で、何者をも近づかせなかったのに。
マーレイはごわごわしたハンカチーフを握りしめると、上半身を乗り出した。
「あ、あなたのことを教えていただけないかしら? 」
「何だと? 」
テイスティングをしていた彼の動きが止まる。
「わ、私はこの身を差し出してあなたに全てを指南しますのよ……なのに、あなたのことが何もわからないままだなんて……」
「何が知りたいんだ? 」
「な、何故、公爵の身でありながら、高利貸しを? 」
今しかない。そんな予感にかられ、思い切って尋ねてみた。
「ヴィンセント伯爵令嬢は、なかなか無粋な女だったのだな」
ワインには口をつけず、グラスをテーブルに置くなり、サーフェスは顎を撫でて踏ん反りかえった。
「まあ、良い。答えてやろう」
ぐしゃりと前髪を掻き乱す。きっと動揺しているときの癖なのだろう。何度か目にしているうちに悟った。
サーフェスは大きく息を吸うと、ぼんやりと天井の茶色い染みに視線を向けた。
「大恩のある男が重病を患い、この世を去ってしまったからな。その男が最期まで守ろうとした店を私が継いのだ」
「そ、その方のために? 高利貸しを? 」
「まあな」
サーフェスはそれ以上は詳細に語るつもりはないらしい。
「では、もう一つ」
マーレイは人差し指を胸の前で立てた。
「い、今まで子を成すような機会はありましたでしょう? なのに、何故? 」
ヒョイ、とサーフェスの眉が吊り上がる。
「そこまで立ち入るつもりか? 」
「聞く権利はありましてよ」
彼ほどの身分ならば、相手選びに自由はきかない。というよりも、望む望まないに関わらず、すでに周囲が強引に相手を決めているはずだ。
「……大した理由ではない。私がそれを拒んだだけだ」
果たして彼の一方的な感情が罷り通るのか。
だが、この年まで女性と関係しなかったのだから間違いはないようだ。
ジミーも、サーフェスが頑なに拒んでいたと話していた。
その理由こそが知りたいのに。
「な、何故。急に、それが必要になりましたの? 」
マーレイはさらに詰め寄る。
「……私も三十ニだよ。そろそろ後継を残さなければならなくなったのだ」
「で、ですから。事情が変わったその理由を」
マーレイは彼の領域に土足で入り込もうとしていた。
本来の彼女ならば、ありえないことだ。
相手が感情を見せる前に弁える。感情をぶつけられる前に、自ら引く。
今まで難なくそうしてきた。それゆえに、冷たい女などと陰口を叩かれたこともあった。
それが今や、自ら強いた決め事を破るまでに。
「それは、今の君との関係では口に出来ないな。いや、一生、誰にも言うつもりはない」
サーフェスは感情を遮断した。
それは、マーレイに対して一線を引いているのだと暗に示していた。
たとえ体を繋げようとも、その線を踏み越えることは許されない。
彼との間の見えない壁は分厚い。
「さあ。お喋りはそこまでだ」
すっかり温くなってしまったワインを一息で煽ると、彼はオレンジピールの入ったチョコレートを摘み、マーレイに差し出してきた。
「さっさと糖分を補給したまえ」
マーレイは黙ってそれを受け取ると口に放り込む。
甘いはずのチョコレートが、いつになく苦々しく感じた。
深緑色のダマスク柄の壁紙に、淡い茶系のペルシャ絨毯の柄は額縁紋様。
たくさんのボールを並べたようなデザインが脚に施されているのが特徴のジャコビアン様式の家具は、かつて大流行した籐が使われている。
サーフェスは背もたれが籐になった椅子にどっかりと座った。
マーレイの父方の祖父母宅でよく目にした家具だ。祖父母宅のものは、脚に捻りのあるデザインだった。
「甘い物は苦手か? 」
サーフェスは手付かずの菓子皿を見やって問いかけてきた。
「王都の菓子職人から取り寄せた、固形のチョコレートだが」
テーブルに乗っているのは、白磁の皿に行儀よく並んだ、コーティングチョコレートだ。ココアをまぶしたものから、オレンジピール入り、ラム酒を混ぜ込んだものなど様々。形も丸や四角、網目模様など手が込んでおり、さながら宝石のようだ。
「茶会に使うような皿に乗せたら良かったか? 」
「い、いえ。充分なもてなしですわ」
チョコレートといえば飲み物が主流だったが、このところ、財産持ちの貴族の間では固形が好まれている。
「糖分はしっかり取っておいた方が良い」
自分は甘いチョコレートには見向きもせず、ワインのコルクを抜くサーフェス。
「これから、疲弊するだろうからな」
グラスにワインを注ぎながら、ニヤリと口元をいやらしく歪めた。
馬車の中ではこの上ない仏頂面で、何者をも近づかせなかったのに。
マーレイはごわごわしたハンカチーフを握りしめると、上半身を乗り出した。
「あ、あなたのことを教えていただけないかしら? 」
「何だと? 」
テイスティングをしていた彼の動きが止まる。
「わ、私はこの身を差し出してあなたに全てを指南しますのよ……なのに、あなたのことが何もわからないままだなんて……」
「何が知りたいんだ? 」
「な、何故、公爵の身でありながら、高利貸しを? 」
今しかない。そんな予感にかられ、思い切って尋ねてみた。
「ヴィンセント伯爵令嬢は、なかなか無粋な女だったのだな」
ワインには口をつけず、グラスをテーブルに置くなり、サーフェスは顎を撫でて踏ん反りかえった。
「まあ、良い。答えてやろう」
ぐしゃりと前髪を掻き乱す。きっと動揺しているときの癖なのだろう。何度か目にしているうちに悟った。
サーフェスは大きく息を吸うと、ぼんやりと天井の茶色い染みに視線を向けた。
「大恩のある男が重病を患い、この世を去ってしまったからな。その男が最期まで守ろうとした店を私が継いのだ」
「そ、その方のために? 高利貸しを? 」
「まあな」
サーフェスはそれ以上は詳細に語るつもりはないらしい。
「では、もう一つ」
マーレイは人差し指を胸の前で立てた。
「い、今まで子を成すような機会はありましたでしょう? なのに、何故? 」
ヒョイ、とサーフェスの眉が吊り上がる。
「そこまで立ち入るつもりか? 」
「聞く権利はありましてよ」
彼ほどの身分ならば、相手選びに自由はきかない。というよりも、望む望まないに関わらず、すでに周囲が強引に相手を決めているはずだ。
「……大した理由ではない。私がそれを拒んだだけだ」
果たして彼の一方的な感情が罷り通るのか。
だが、この年まで女性と関係しなかったのだから間違いはないようだ。
ジミーも、サーフェスが頑なに拒んでいたと話していた。
その理由こそが知りたいのに。
「な、何故。急に、それが必要になりましたの? 」
マーレイはさらに詰め寄る。
「……私も三十ニだよ。そろそろ後継を残さなければならなくなったのだ」
「で、ですから。事情が変わったその理由を」
マーレイは彼の領域に土足で入り込もうとしていた。
本来の彼女ならば、ありえないことだ。
相手が感情を見せる前に弁える。感情をぶつけられる前に、自ら引く。
今まで難なくそうしてきた。それゆえに、冷たい女などと陰口を叩かれたこともあった。
それが今や、自ら強いた決め事を破るまでに。
「それは、今の君との関係では口に出来ないな。いや、一生、誰にも言うつもりはない」
サーフェスは感情を遮断した。
それは、マーレイに対して一線を引いているのだと暗に示していた。
たとえ体を繋げようとも、その線を踏み越えることは許されない。
彼との間の見えない壁は分厚い。
「さあ。お喋りはそこまでだ」
すっかり温くなってしまったワインを一息で煽ると、彼はオレンジピールの入ったチョコレートを摘み、マーレイに差し出してきた。
「さっさと糖分を補給したまえ」
マーレイは黙ってそれを受け取ると口に放り込む。
甘いはずのチョコレートが、いつになく苦々しく感じた。
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