寡黙な消防士でも恋はする

氷 豹人

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続編 愛くらい語らせろ

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 倒壊の危険性あり。
 言った側から、ステンドグラスの嵌め込まれた窓枠がぼろぼろと剥がれ落ちてきた。
「ひえええ」
 情けない声を上げ、笠置は、パラパラと肩に降り落ちた木枠の屑を大袈裟に手で払っている。
 そのうち外壁も落ちそうだ。
 とか何とか危惧してるうちに、ごそっと壁が剥がれた。
「危ない!」
 反射神経で真後ろに逃げたが、何故か右腕を掴まれ引かれ、そのまま右方向へ横倒しになる。ずざざ、と右頬を硬いアスファルトが擦り、斜めに幾つもの筋が入る。
 間髪開けずに劈く爆音。
「ひっ」
 嘘だろ。
 今しがたまでいた場所に落下した一メートル四方の壁の一部。弾みで破片が砕けて散った。あのまま真後ろに逃げていたら、間違いなく潰されていた。
「気をつけろ、堂島」
 命の恩人は難なく立ち上がり、もう目線は真上だ。二次、三次被害にならないか、目視している。さすが、隊長の命令に従い他の隊員に指示を出す一番員。
「即時侵入する!倒壊の危険があるから、最短時間で!」
 隊長が拡声器で指示を出す。大黒さんではなく般若面の隊長は、野太い声を張り上げた。
 ニ五ニは、この倒壊の中だ。
「ひええ。嘘だろぉ」
 馬鹿正直な笠置は、心の内をそのまま吐き出す。健康的に日焼けした顔は、今や血の気が引いて白く変化していた。
 ジロリと横目で睨んで気合いを入れてやったものの、余計に萎縮させてしまった。笠置の気持ちはわからなくもない。いつ、瓦礫の下敷きになるかといった不安からは、どうしたって逃れられない。俺だって、日浦がいなけりゃどうなっていたか。
「尻込みしてる場合じゃねえだろ」
 だが、やらなければならないんだ。
 筋肉質な尻に一発、平手を入れてやる。
 ぎゃっ、となかなか可愛らしい悲鳴を上げ、数センチ飛び上がった。
「行くぞ!」
 隊長の声が合図となる。画像探索機、音響探知機等を担ぎ、中へと入る。
 ガス爆発による衝撃で、元々の脆い天井はガラガラと崩れて落下し、小さな破片がヘルメットに跳ねた。
「救助隊です!」
「澤田さん!」
「救助隊です!」
 本部からの情報では、二五二は澤田咲子さん、五十八歳。二十代の息子と店を切り盛りし、店舗二階の住居で暮らしていたが、一年前に脳梗塞を発症し半身不随となって、今は店舗奥の居住スペースに介護ベッドを置いて、一日を過ごしているとのこと。
 半身不随なら自力での避難は困難。店舗奥の居住スペース近くにいると踏んでいる。
 声を張り上げながら、ずんずんと奥を目指す。
 ふと、防火靴の爪先で何かを蹴飛ばした。瓶だ。茶色い小瓶。蓋は黒いプラスチック製で、白いラベルが巻きついている。横倒しになり、ごろごろと転がっていった。
 柑橘系のベルガモットと英字で書かれているそれは、アロマオイルだ。
 英字なのに、高校の英語は常に赤点の俺が簡単に読めた理由は、別れた嫁が寝る前に愛用していたからだ。俺との息詰まる結婚生活の唯一の癒しだったんだと、後から暴露されたっけ。
 って、今は小瓶になんか構ってる暇はない。
「いたぞ!」
 日浦が叫んだ。
 要救助者は、ごっそり落ちた天井のコンクリートの下に埋まっていた。左側臥位で、コンクリートにつっかえ、引っ張り出すのは困難だ。左手首がチラリと隙間から覗く。指先が微かに動いた。生きている!
 枕木を挿入し、空気式ジャッキを入れ、重量を少しづつ持ち上げる。ゆっくり隙間が出来上がる。
 邪魔なコンクリートやら壊れた家具片やらを手渡しで排除しながら、どんどん要救助者の姿が露になっていく。
「もう少しだ!」
「今、助けるからな!」
 二五二に向けた言葉でもあり、自分達に発破を掛ける意味でもある。
 取り出した瓦礫の屑が舞い上がり、空気を澱ませた。粉塵の舞い散りは劣悪だ。
「もう少しだ」
 最初こそ指先を僅かに動かした反応を見せていたが、救助が進むうちに疲弊してきたのか、二五二の反応は薄い。早くしないと。
「焦るな、堂島」
 ピシャリ、と日浦に嗜められる。
 やはり、こいつには何もかも見透かされる。感情が表に出ないはずなのに、筒抜けだ。
 十五時二十八分、生存者の体を確実に確保。
 救急車まで担架で搬送し、救助活動は終了した。
 

 


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