寡黙な消防士でも恋はする

氷 豹人

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続編 愛くらい語らせろ

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「俺が四ノ宮美希に協力したのは、お前がふらふらしないようにするためだからな」
 真上にある日浦の顔は昏く翳り、背筋がぞくりと粟立つ。
「間違っても、俺の隙を狙って四ノ宮に連絡なんか取るなよ」
 凛々しい薄い唇が、俺の首筋へと落ちた。
「今後は俺を通せ」
 頸動脈を這う、ねっとりした感触。くすぐったくもあるし、下腹部がもぞもぞと落ち着かなくもあるし。油断すればどんどん上がる息をどうにか保とうと、俺はひとまず深呼吸してみる。
「……そんなに嫉妬深いやつだったか?」
 何とか返した言葉は、どうやらお気に召さなかったらしい。
「誰がそうさせてるんだ」
 たちまち日浦の双眸が尖った。
「四ノ宮はどうも見抜いてるみたいだが。まだ油断ならないからな。目を光らせておかないと」
「何言ってるか、わかんねえよ」
「わからなくていい」
「い、痛てぇ」
 いきなり頸動脈に歯を立てられた。手加減なしかよ。
 眠気が飛んだ。
 あんまり気は進まないものの、日浦の方のマンションは嘘か真かまだ点検中だとかで、俺んちに戻って来たのは、今から一時間前だ。
 当番明けのくせに宗教団体を訪問して、そこの代表と腹を探り合い、結果追い返され、火事のあった居酒屋跡に寄り道したり、なかなか衝撃的な話をコロッケ屋のおばちゃんから聞いたりと、今日一日でぐったり。
 出前のピザとコロッケ屋のメンチカツで腹拵えの後は、何となくダラダラとテレビの旅番組を眺めて気を緩みっぱなしにしているうちに、案の定と言うべきか強烈な眠気に襲われて、そのまま瞼を閉じた。
 誰かに話しかけられて、うとうとしつつ、寝室のベッド上で大の字になっていることに気づいたのが、現在。
 日浦に首筋に歯を立てられ、眠っていた思考が活発になる。
「おい!」
 何で上半身裸だ?いつ脱がされた?通りで背筋がぞくぞくするはずだ。暦の上では夏に入るところだろうと、今年は例年より気温は低め、夜になるにつれて肌寒くなっていく。つーか、そもそも、意識ないやつに覆い被さってくるか、フツー?
 などなど、山ほど言いたいことはあるものの、喉奥で言葉が喧嘩しててまず何から喋って良いのやら。
 牙を剥いて唸る俺に、日浦はおキレイな顔を台無しにして、この上なく不機嫌に口元を歪めて舌打ちする。
「市局の女どもも、ついにお前に気がついたからな」
「は?俺、だいぶ前から顔は知られてるけど?」
 鉄仮面て不名誉な称号を与えられて、ぷっと吹き出されてるんだよ、こっちは。
「そういう意味じゃない」
 またしても舌打ち。何なんだよ。
「最近、鉄仮面が剥がれてるそうだな」
 顎先を掴まれ、無理に上を向けさせられる。
 目が合って、絶句。何て目ぇしてやがる。血走って真っ赤じゃねえか。
「ポンプ隊の瀬戸が、きゃあきゃあ騒いでたぞ」
「だから何のことだよ?」
「資料の詰まったダンボールを運んでやったんだって?」
 署内の女とは連絡事項以外に口きいた覚えはない。と言いたいところだが、一つ、ごく最近の出来事が脳味噌に残されていた。
 自分の視界を阻むくらいに山積みされた、会議で使う資料を両手で抱えながら、廊下を右にふらふら、左にふらふら。擦れ違うやつらも遠慮して腹を引っ込めて通り過ぎて行くくらいだ。
 仕舞いに書類を廊下中にぶちまかしかねないな。横着してないで、台車使えよ。って、もう手遅れか。しゃあねーな。
 ってな感じで、資料運びを手伝ってやったことがある。
「そんなの当たり前だろ。目の前をふらふら歩かれちゃあ」
「しかも、『気にしなくていいよ』ニコッて」
 俺、そんな低音ボイスで気障ったらしい言い方はしてねえし。しかも、最後のニコッは、いらねえだろ。白い歯見せて、前髪まで掻き上げて、どこのアイドルだ。
「早速、瀬戸に目をつけられたみたいだな」
「アホらし」
 わざと片目を閉じて三文役者みたいに肩を竦めてやる。
 ポンプ隊の瀬戸は、ただのミーハーだろ。この間まで、笠置のこと「かわいいぃ」って騒いでたし。
 言いたかないけど、そもそもてめえの元カノだろうが。自分のこと棚に上げるな。

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