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続編 愛くらい語らせろ
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帰りの道中、重い空気で車内が押し潰されてしまいそうになりながら、さっきから変わり映えしない窓の景色を目で追っている。
日浦も美希も、口を引き結んだきり。
夏に近づくに連れて三割り増しに濃くなったような緑の木々を眺めながら、ぼんやりとした考えがずっと頭の中を浮遊していた。
光円教の施設を見学して、言葉を失った。
それまでのイメージとしては、金儲けの悪どい、上の立場にいるやつらが私腹を肥やしているものだと。
だけど、実際この目で確かめた連中は、イメージと百八十度真逆の、むしろ、自分らの財産を惜しみなく分け与えていた善人だ。
それとも、全ては偽りで裏で良からぬことをしているカムフラージュとか。
良からぬことって、何だ?
連続放火と何か関連が?
そもそも、美希の疑い通りに、放火なのか?失火でなくて?
ああ!もう、わけわかんねえ!
おい、日浦!
叫ばないだけマシだと思え!
いきなりガシガシ頭を掻いて首を左右に振る俺を一瞥しただけで、無視するんじゃねえよ!
なんて、日浦に八つ当たりしても仕方ないけどよ。何か言えよ。運転に集中してるんだろうが。
美希は美希で、何やら考え込み、ぶつぶつ呟いているし。
っていうか、俺達、踏み込んじゃいけないものに関わろうとしてないか?
俺は三枝のゾッとする目つきを反芻した。
結局、車内では始終、誰も口を開かなかった。
美希を自宅に送り届けてから俺達が向かったのは、我が家ではなかった。
駅前のコインパーキングに車が停まる。
どこに行くつもりかはおおよそ見当はついたが、取り敢えず聞いてみる。目的は不明だし。
「どこ行くつもりだ?」
無視かよ。
日浦は黙って運転席から降りた。仕方ないから、続けて俺も降りる。
コインパーキングから交差点を渡り、右に曲がって、無言のまま歩く。道沿いの居酒屋の提灯は赤く灯り、光に吸い寄せられる蛾のごとく、仕事帰りの中堅っぽい会社員がふらふら暖簾を潜って入って行った。
そいつらの脇を過り、歩くこと五分。
焼き魚と串揚げの匂いがぷんと嗅覚を刺激し、歩くたびにますます匂いが増していく。
到着したのは予想通り、先日、一軒が火事に見舞われた、天神商店街だ。
駅前とは違い、こっちは大学生っぽい連中がウロウロしている。
居酒屋しおんは、すでにKEEP OUTと書かれた黄色いテープが剥がされていたものの、中は真っ黒に焦げ、ガランと空虚だ。人が住めたもんじゃない。
「そこは、もう閉めるみたいよ」
ぼんやりと大正建築の前で佇んでいたら、お節介そうなコロッケ屋のおばさんが声を掛けてきた。
「しおんの店の方は、今は」
おばさんの店のメンチカツを二個購入し、釣り銭を受け取りながら、さりげなく日浦は尋ねている。
「あー。それが、ねえ」
おばさんは言いにくそうに口をもごもごさせた。
「確か二十代の息子と、母親の二人暮らしでしたよね」
小銭をポケットに仕舞いながら、日浦は思い出したふうを装う。
「あー、うん。そう。母親は今は入院中。でも、そのうち障害者施設に入るみたいよ」
「息子は?」
「それが、ねえ」
言いかけて、おばさんは辺りをキョロキョロ見渡した。首を伸ばして何度も何度も周りを確かめて。ちょっと警戒し過ぎてねえかってくらい。
「何か、妙な宗教団体に入信したみたいで。あれきり、行方知れずなのよ」
おいおいおいおい。こんな簡単に言いふらしちゃ駄目な話だろ、それは。守秘義務くらい遵守しろよ。
なんて下世話に、おばさんの口の軽さを詰っているものの、やはり動揺は抑えられそうにない。
とんでもない内容だぞ、これは。
妙な宗教団体イコール光円教に頭がすぐさま直結させる。いや、日本にはおよそ十八万以上の宗教団体があるんだ。何も、光円教に入信したと確定したわけじゃない。
「そうですか」
あれこれ考えて脳味噌がはち切れそうになっている俺をよそに、日浦はたった一言で済ませ、早々に会話を切り上げた。
日浦も美希も、口を引き結んだきり。
夏に近づくに連れて三割り増しに濃くなったような緑の木々を眺めながら、ぼんやりとした考えがずっと頭の中を浮遊していた。
光円教の施設を見学して、言葉を失った。
それまでのイメージとしては、金儲けの悪どい、上の立場にいるやつらが私腹を肥やしているものだと。
だけど、実際この目で確かめた連中は、イメージと百八十度真逆の、むしろ、自分らの財産を惜しみなく分け与えていた善人だ。
それとも、全ては偽りで裏で良からぬことをしているカムフラージュとか。
良からぬことって、何だ?
連続放火と何か関連が?
そもそも、美希の疑い通りに、放火なのか?失火でなくて?
ああ!もう、わけわかんねえ!
おい、日浦!
叫ばないだけマシだと思え!
いきなりガシガシ頭を掻いて首を左右に振る俺を一瞥しただけで、無視するんじゃねえよ!
なんて、日浦に八つ当たりしても仕方ないけどよ。何か言えよ。運転に集中してるんだろうが。
美希は美希で、何やら考え込み、ぶつぶつ呟いているし。
っていうか、俺達、踏み込んじゃいけないものに関わろうとしてないか?
俺は三枝のゾッとする目つきを反芻した。
結局、車内では始終、誰も口を開かなかった。
美希を自宅に送り届けてから俺達が向かったのは、我が家ではなかった。
駅前のコインパーキングに車が停まる。
どこに行くつもりかはおおよそ見当はついたが、取り敢えず聞いてみる。目的は不明だし。
「どこ行くつもりだ?」
無視かよ。
日浦は黙って運転席から降りた。仕方ないから、続けて俺も降りる。
コインパーキングから交差点を渡り、右に曲がって、無言のまま歩く。道沿いの居酒屋の提灯は赤く灯り、光に吸い寄せられる蛾のごとく、仕事帰りの中堅っぽい会社員がふらふら暖簾を潜って入って行った。
そいつらの脇を過り、歩くこと五分。
焼き魚と串揚げの匂いがぷんと嗅覚を刺激し、歩くたびにますます匂いが増していく。
到着したのは予想通り、先日、一軒が火事に見舞われた、天神商店街だ。
駅前とは違い、こっちは大学生っぽい連中がウロウロしている。
居酒屋しおんは、すでにKEEP OUTと書かれた黄色いテープが剥がされていたものの、中は真っ黒に焦げ、ガランと空虚だ。人が住めたもんじゃない。
「そこは、もう閉めるみたいよ」
ぼんやりと大正建築の前で佇んでいたら、お節介そうなコロッケ屋のおばさんが声を掛けてきた。
「しおんの店の方は、今は」
おばさんの店のメンチカツを二個購入し、釣り銭を受け取りながら、さりげなく日浦は尋ねている。
「あー。それが、ねえ」
おばさんは言いにくそうに口をもごもごさせた。
「確か二十代の息子と、母親の二人暮らしでしたよね」
小銭をポケットに仕舞いながら、日浦は思い出したふうを装う。
「あー、うん。そう。母親は今は入院中。でも、そのうち障害者施設に入るみたいよ」
「息子は?」
「それが、ねえ」
言いかけて、おばさんは辺りをキョロキョロ見渡した。首を伸ばして何度も何度も周りを確かめて。ちょっと警戒し過ぎてねえかってくらい。
「何か、妙な宗教団体に入信したみたいで。あれきり、行方知れずなのよ」
おいおいおいおい。こんな簡単に言いふらしちゃ駄目な話だろ、それは。守秘義務くらい遵守しろよ。
なんて下世話に、おばさんの口の軽さを詰っているものの、やはり動揺は抑えられそうにない。
とんでもない内容だぞ、これは。
妙な宗教団体イコール光円教に頭がすぐさま直結させる。いや、日本にはおよそ十八万以上の宗教団体があるんだ。何も、光円教に入信したと確定したわけじゃない。
「そうですか」
あれこれ考えて脳味噌がはち切れそうになっている俺をよそに、日浦はたった一言で済ませ、早々に会話を切り上げた。
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