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母と娘

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 アリアが真新しい靴を履きながら、広間をくるくると回っている。
 仕立てられた靴は艶々で、ステップを踏む姿はまるで絵本から飛び出した妖精のよう。
 はしゃぐ娘に、イザベラは目を細めた。
「アリアはずっと母親と買い物に行きたかったからね」
 ルミナスが目を細める。
 先日、アリアと靴を仕立てに町まで出掛けて、約束通りにライス・プティングを食べた。
 今日、そのときの靴が出来上がってきたのだ。
「見てごらん。アリアの喜びようといったら」
 イザベラの肩を引き寄せるなり、ルミナスは微笑んだ。
 が、ふと首を傾ける。
「イザベラ? 君、何だか顔色が悪いんじゃないか? 」
 イザベラは微妙な顔で頷く。
「実はこの間から食事のたびに気分が悪くて」
「そういえば、食事を残すことが多くなったね」
「何だか一日中熱っぽいし。体がだるくて」
 ルミナスは心配そうにイザベラを覗き込む。
「病の前兆かも知れない。すぐに医者を呼ぼう」
「季節の変わり目で、少し体調を崩しただけですわ」
 まるで今にもイザベラが死の淵に立たされているかのようなルミナスの悲壮な顔を前に、弱音など吐けず、イザベラは作り笑いをして誤魔化す。
 どんなときさえ、病気一つしなかったのに。贅沢な暮らしで、抵抗力が弱くなってしまったのだろうか。
「駄目だ。もし君に何かあったら」
 ルミナスは首を横に振る。
「そうよ、お母様。何かあってからでは遅いんだから」
 いつの間にかステップを踏むのを取りやめ、アリアが駆けつけてきていた。
 何だか大病を患っているようで、イザベラは苦笑するしかない。
「二人とも、大袈裟よ。これくらい、寝たら治るわ」
 イザベラは無理に頬の肉を動かす。
「駄目だ! 」
「駄目よ! 」
 父娘同時に叫んだ。



「ご懐妊です」
 にこにこしながら告げる医者を、イザベラはポカンと見つめていた。
 隣に並ぶルミナスも同様に。
 イザベラは腹部を撫でてみる。
 まだ、何の膨らみも感じられない。本当にこの中に、赤ん坊が入っているのだろうか。
 ルミナスとの子供が欲しいとは願っていたが、いざその事実を突きつけられたら、まるで別の誰かの話を聞いているかのようで、頭がふわふわしている。
「冬頃に出産予定ですよ」
 冬には、もう一人家族が増えている。
 まだ信じられなくて。脳みそは羽になって飛んで行ってしまった。


「ああ! 私、やっとお姉さんになれるのね! 」
 アリアは目を潤ませる。
 イザベラが妊娠したことを告げて一番喜んだのは、娘のアリアだ。
 彼女は何かにつけて「兄弟はいつ出来るの」だの、「メイド達から、間もなくって言われたわ。間もなくって、いつ? 」だの、繰り返していた。
 ルミナスとの偽装結婚を解消して、改めて婚姻関係を築いたあたりから、その質問が目立ってきたと思う。
「ねえ、弟? 妹? 」
「まだわからないわ」
「ベビードレスを用意しなきゃ。それから、ゆりかごも。ねえ、赤ちゃんに手紙を書いてもいい? 」
「アリア。まだ早いわよ」
 浮かれるアリアに、イザベラは苦笑する。
「さあ。それより、早く続きをしましょうね。今日は教科書を五ページは進めたいわ」
 イザベラは家庭教師の頃のように、キリッと表情を引き締めた。
 イザベラはアリアの母であり、家庭教師。 
「ねえ、今日くらいは休まない? 」
「駄目よ。そうやって、すぐサボろうとする」
「だって、嬉し過ぎて勉強が手につかないわ」
 アリアの頬は薔薇色に染まり、心の底からウキウキしていた。
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