【完結】鳥籠の中で義理の兄は弟から溺愛され、連続殺人から守られる

氷 豹人

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第一章

挑発 

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 とはいったものの、離れにある森雪の部屋まで来るとすっかり頭も冷え、これは大変なことになったぞと、眩暈がしてきた。
 借りて来た猫のようにすっかりおとなしくなって、蒲団の上で正座する吉森。
 余所行きの中折れ帽と外套はすでに取り払ってはいるものの、あくまでそれは外出を取りやめたからに過ぎない。
 決して、この後の展開を期待したからとかでは、断じてない。
 体の弱い森雪には、元々、母屋の玄関から突き当たりの部屋を宛がわれていたが、父が亡くなって覇権が吉森にうつるとなるや、使用人総出で森雪の部屋を移した。
 毎朝早くから深夜にまで家中を喧しく行き来する男の怒鳴り声を聞いていたら、治る病気も下手に長引くといった理由だ。
「そんなに怯えなくても。取って食いやしませんよ」
 森雪は半纏の袖を抜きながら、喉を鳴らした。
「誰が怯えてるって」
 実際はそうだが、吉森は認めない。
 病弱を恥じるどころか、悲劇の主役を気取って、しかも妾の子供に店を乗っ取られるなどと世間一般の同情を買い、汗水垂らして吉森が稼いだ金を我が物顔で使い込む。特に松子は大っぴらに悪口を吹聴するものの、唄だ華だと自分の都合に忙しく、店に立つことは清右衛門が健在の頃よりなかった。
 憎みこそすれ、森雪に怯えるなど。有り得ない。
「さあ、肩の力を抜いて」
 いつの間にか背後に回り込んでいた森雪は、唇を吉森の耳朶に触れるか触れないかぎりぎりまで近付けると、吐息に声を混じらせた。
 油断していた吉森の肩が、びくっと跳ね上がる。
 その隙をついて、森雪は吉森の袂に手を差し入れた。
「うっ」
 思わず声を出してしまったのは、その手が氷のように冷たかったからだ。
 細長い指先で胸板を丸く描き、焦らすように乳首の先を突いたり指の腹でなぞったりする。
 商売女ならともかく、一介の病人にしては、あまりにも手馴れた動作だ。
 吉森が驚愕し過ぎて、動くことすら出来ずにいるのをいいことに、氷の手はだんだん下って、仕舞に臍の下にある柔らかい毛を軽く引っ張った。
 森雪はさらに手を下へと伸ばす。
「すっかり萎えてしまいましたね」
 痛いくらいに張り詰めていたそこは、今はすっかり項垂れ、森雪の失笑を買った。
 その段になって、ようやく、吉森の金縛りが解けた。
 いかがわしい白い手を着物から引き抜くや、ジロリと睨みつけるのを忘れず、吉森は立ち上がった。
「もう戻る。寄るな」
「ここまで来て、何もせずに帰る気ですか」
「必要なくなったんだ。他に何がある」
「僕はどうすればいいんですかね」
 裾を引っ張られるや、勢いのままに引き戻される。がくりと膝が折れ、どすんと蒲団の上に尻持ちをついてしまった。
 柳のようだと馬鹿にしていたが、森雪はなかなかに力がある。とても伏せっているとは思えない。
 やや長めの前髪から覗く切れ長の瞳は抜け目なく爛々と光っている。
 そこに凶悪な色を確かに見た吉森は、ぞくりと背筋に震えを走らせた。
「そんなもん、自分でどうにかしろ」
「相変わらず、勝手な人だ」
 ふっと形の良い口の端が吊り上がったと思えば、押し倒されていた。
 あっと出した言葉が吸い込まれてしまう。重なり合ったものが森雪の唇であると理解する頃には、すでに舌先が引き結びを割って入り、歯列を舐っていた。生温かく柔らかい感触が粘膜を縦横無尽に巡って、喉の奥まで進もうとする。かと思えばすぐさま引いて、舌先が絡んだ。だんだん荒くなっていく息のせいで呼吸がままならず、飲み損ねた唾液が口端から糸を引く。
「は……ああ……んん」
 丸きり女のような喘ぎだ。
 それが出たのが自分の喉からであることに、吉森は我がことながら嫌な気分になった。
 ぞっとする。
「んっ……あ……」
 後頭部を掴まれ、引き寄せられて、接吻がより深みを増す。
 脳味噌に張った霞はなかなか晴れず、角度を変えてより繋がりを求める相手のなすがままだ。わざと煽っているのか、絡み合うたびに、ぴちゃぴちゃと卑猥な水音が立つ。
 それは吉森の意思をどんどん奪い、一旦は落ち着いたはずのものを再び屹立させた。
「ん……森雪。もう、いい加減に」
 なけなしの理性を総動員させて抗議すれば、ようやく苦悶から解放された。
 しかし、森雪が力を緩めたのは、次の段階へ進むためだ。
「な、何を」
 起き上ろうとしたのに、太腿に圧しかったままの森雪に体重を掛けられて、身動きがとれない。吉森が不審な目つきとなったのは、相手が萌黄の着物の裾を捲ってきたからだ。
「決まっているでしょう」
 綺麗な顔を下種っぽく歪めて、ニタリと森雪は笑う。
「俺にはそういった趣味はない」
「好きなくせに」
 裾から内へと入った手が太腿を上下する。
「それとも、気付いてないだけですか」
「離せ」
「嫌なら、振り払って逃げればいいでしょう」
 太腿の表面を滑っていた手は、そのうちに内股の方を向き、ついに脚の付け根へと進む。愛人以外に触れさせたことのない場所に、何のためらいもなく行き着いた。
「あっ」
 びくっと内腿が痙攣する。
「悪い人ですね。仮にも弟にこんな真似をさせて」
 森雪は垂れ下がった髪一筋を耳にかけると、おもむろに吉森の秘部に口づけを落とす。
「くっ……」
 堪らず苦悶の声を上げると、彼はそれを楽しむように、先程よりも強めに吸いついた。
 言い出したのは吉森だが、何もこうなることを望んでいたわけではない。
 恥じ入った森雪が部屋に引っ込むようにと、仕向けただけだ。
 なのに、森雪はいとも容易く立場を逆転させ、吉森への報復に転じる。
 生真面目なやつに冗談は通じない。
 吉森は身をもって知った。
「くそっ」
 丁寧に筋を舐めたり、先端の窪みを突いたり、含んだりを繰り返されるうちに、下半身が全くの別物に変化していく気がする。
 相手はさすが男としか言いようがなく、女のそれよりも吸引力は半端ない。このままでは、とんでもない事態が生じる。
「観念した方がいいですよ。でないと、うっかり噛み千切ってしまう」
 逃れようと身を捩った吉森に、森雪は警告を発した。ぎらっと覗いた八重歯が、あながち脅しではないことを語っている。
「俺はお前とは頭の出来が違うんだ」
 吉森は両掌を瞼に押し付けると、吐き捨てた。
「どんなに悪ぶってても、学生の頃は成績が良かったんだ。甲ばかりが並んでた。お前は、あったとしても一つか二つだ」
「そうでしたね。兄さんには敵いませんでした」
「尤も、お前は病気ばかりやって、まともに通ったことなかったな」
「あなたの方が上の立場にあると仰りたいのですか」
「ああ。だからお前は、こんなことを俺にしていいわけがない」
 森雪はそうですか、と鼻で笑う。
 気を逸らしていないと、いつ絶頂を迎えてしまうかわからない。
 それすら、森雪には筒抜けだった。
「あっ」
 軽く歯を立てられた刺激で、危うく出しかけた。
「我慢なさらずとも、そのまま吐き出してしまいなさい。全部飲んであげますよ」
 怖いことを平然と言ってのける。そのようなこと、商売女にさえさせたことはない。
「い、嫌だ。誰が、お前なんかに」
「そろそろ限界でしょう」
 言うなり先端を強く吸われ、根元を擦られる。乱暴な仕草が吉森を切羽詰まらせた。腹の内側がジンジンと熱く痺れる。痛みさえ伴うそれを何とか必死に抑え込もうとすれども、すでに限界の域に達している。少しでも歯を立てられたならば、もう無理だ。
「あっ……」
 森雪は吉森がしてほしくなかったことをいとも容易くやってのけた。含んだまま甘噛みしたのだ。
 瞬間、吉森の体が弛緩する。
 攣りそうなくらいに爪先がぴんと伸び、やがて窮屈そうに丸まった。獣のような唸り声を洩らし、ついに吉森は陥落した。
「ああ、もう皆が起き出す時間ですね」
 雨戸の隙間から差し込んだ光は、いつの間にか白くなっている。
 呟いた森雪の口端には雫が光っていた。
 彼は言葉通りに実行し、一滴も残らず吉森の体内から漏れ出たものを呑み下したのだ。
 信じられない。
 吉森は息を詰まらせた。
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