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「ザカリス様。絶対にこちらよ」
リリアーナは気まずさを払拭するため、声を張って明るく振る舞う。
生垣迷路は複雑に仕分けられた壁によって行く手を阻んだ。進んでは戻り、また進んでは戻りの繰り返しで、一向に出口へ辿り着かない。
約三千本のイヌマキによる植え込みは、高さ二メートルを軽く超える。それが壁となり、通路となって、人々を楽しませた。
「そんなわけないだろ。造りから考えて、左側へ進むべきだ」
「いいえ。私の直感は当たるのです。絶対に右だわ」
「根拠もなしに言い切るな」
ずんずんと進むリリアーナについて行けば、案の定行き止まりで、ザカリスは舌打ちした。
万が一、迷って抜け出せない輩がいるとしても、屋敷のテラスから望遠鏡でジョナサンの従者が見張っているから、困っていればすぐに助け出されるのだが。
「途中で降りるなんて、俺の矜持が許さないからな」
ザカリスはムキになっている。どうあっても自力で出たいらしい。
「ザカリス様ったら、意外に子供っぽいのね」
「何だと! 」
リリアーナの失言に、ザカリスはたちまちこめかみに青筋を浮かせた。
彼が何事かを怒鳴りつけようとした、そのとき、二人の間をびゅん、と黄金色の風の塊が過った。
ギョッとして、二人同時にその風の主の方を向く。
まるで何かに取り憑かれたかのように、黄金色の髪に赤いドレスを身につけた令嬢が、脇目もふらず猛スピードで駆けていった。
「何だ。アニストン家の氷の悪女じゃないか」
ザカリスは、その髪とドレス、それから男性の平均よりも高い身長から、その令嬢が誰でもあるかすぐに見破った。
「あのご令嬢、美人なのに壁の花をしていらっしゃる方だわ」
リリアーナも彼女には覚えがある。
「ああ。ツンツンしてお高くとまってるとかで、男は皆んな、声すらかけられない」
だから、「氷の悪女」。「悪女」の単語から、相手にされない男らのやっかみが見受けられる。
「まあ、俺の好みから外れているから、最初から声なんて掛けようなどは思わないがな」
ご令嬢は、右へ左へ凄いスピードで行き来し、やがて角を曲がって見えなくなってしまった。
一体、何だったのか?
気を取り直し、リリアーナはザカリスに微笑みかけた。
「ザカリス様のお好きなタイプは、どのような方なのですか? 」
「俺か? 俺は小動物みたいに愛らしい女だな。あの氷の悪女とは真反対の」
「そうなのですね? 」
ニンマリとリリアーナが笑う。
「では、私が好みということですね」
ふと、ザカリスが動きを止めた。
「な、何だと! 」
三拍遅れで憤怒する。
「アニストン家のご令嬢と正反対の方を好まれるのでしょう? 可愛らしいのは目を瞑れど、私は背は低いし、あのご令嬢のような豊満な胸ではないし。条件には当てはまります」
図々しくも、自分をアピールする機会は逃さない。少しでも引っ掛からなければ。
「あ、厚かましいことを言うな」
ぷい、とザカリスはそっぽ向いた。
そんなことで挫けている場合ではない。
「ザカリス様ったら。もう。素直じゃないんだから」
「おい。思い込みも大概にしろ」
「嫌だわ。照れちゃって」
ザカリスはダンマリを決め込む。最早、構っている方がバカだ、とでも言いたげに。
「天邪鬼なんだから。ザカリス様は」
リリアーナは両頬に手を当てて、体をくねらせた。
「昨日の見合いの件は、不問にしますね」
これこそが言いたかった。どさくさ紛れに口にした。
改まって言えば、気まずくて仕方ないから。
が、やはりシン、と空気が静まり返る。
ずっしりと水気を含んで酸素に重みが増したかのごとく、息苦しささえ覚えた。
ザカリスは腰まで上半身を折り曲げ、リリアーナに頭を下げた。
ギョッとリリアーナがニ、三歩、踵を引く。
「……すまなかった、リリアーナ。お前の気持ちをわかっていながら。浅はかだった」
「ザカリス様? 」
いきなりザカリスが顔を上げたかと思えば、腰を屈め、右頬をずいっとリリアーナに近づけてきたのだ。
彼から距離を縮めてきたことで、いつもは攻める一方のリリアーナは怯んで身を引いた。
「お前に殴られても仕方ないことをした。遠慮なく俺を殴れ」
ザカリスはさらに距離を詰める。
「ザ、ザカリス様? ちょっと? 殴れと仰られましても? 」
「良いから、さっさと殴れ。拳で」
昨日の無礼を不問にする術らしい。
彼なりの詫びのつもりだが、リリアーナは困り果てて、浅黒く日焼けしたその頬をじっと見つめるしかない。
リリアーナは気まずさを払拭するため、声を張って明るく振る舞う。
生垣迷路は複雑に仕分けられた壁によって行く手を阻んだ。進んでは戻り、また進んでは戻りの繰り返しで、一向に出口へ辿り着かない。
約三千本のイヌマキによる植え込みは、高さ二メートルを軽く超える。それが壁となり、通路となって、人々を楽しませた。
「そんなわけないだろ。造りから考えて、左側へ進むべきだ」
「いいえ。私の直感は当たるのです。絶対に右だわ」
「根拠もなしに言い切るな」
ずんずんと進むリリアーナについて行けば、案の定行き止まりで、ザカリスは舌打ちした。
万が一、迷って抜け出せない輩がいるとしても、屋敷のテラスから望遠鏡でジョナサンの従者が見張っているから、困っていればすぐに助け出されるのだが。
「途中で降りるなんて、俺の矜持が許さないからな」
ザカリスはムキになっている。どうあっても自力で出たいらしい。
「ザカリス様ったら、意外に子供っぽいのね」
「何だと! 」
リリアーナの失言に、ザカリスはたちまちこめかみに青筋を浮かせた。
彼が何事かを怒鳴りつけようとした、そのとき、二人の間をびゅん、と黄金色の風の塊が過った。
ギョッとして、二人同時にその風の主の方を向く。
まるで何かに取り憑かれたかのように、黄金色の髪に赤いドレスを身につけた令嬢が、脇目もふらず猛スピードで駆けていった。
「何だ。アニストン家の氷の悪女じゃないか」
ザカリスは、その髪とドレス、それから男性の平均よりも高い身長から、その令嬢が誰でもあるかすぐに見破った。
「あのご令嬢、美人なのに壁の花をしていらっしゃる方だわ」
リリアーナも彼女には覚えがある。
「ああ。ツンツンしてお高くとまってるとかで、男は皆んな、声すらかけられない」
だから、「氷の悪女」。「悪女」の単語から、相手にされない男らのやっかみが見受けられる。
「まあ、俺の好みから外れているから、最初から声なんて掛けようなどは思わないがな」
ご令嬢は、右へ左へ凄いスピードで行き来し、やがて角を曲がって見えなくなってしまった。
一体、何だったのか?
気を取り直し、リリアーナはザカリスに微笑みかけた。
「ザカリス様のお好きなタイプは、どのような方なのですか? 」
「俺か? 俺は小動物みたいに愛らしい女だな。あの氷の悪女とは真反対の」
「そうなのですね? 」
ニンマリとリリアーナが笑う。
「では、私が好みということですね」
ふと、ザカリスが動きを止めた。
「な、何だと! 」
三拍遅れで憤怒する。
「アニストン家のご令嬢と正反対の方を好まれるのでしょう? 可愛らしいのは目を瞑れど、私は背は低いし、あのご令嬢のような豊満な胸ではないし。条件には当てはまります」
図々しくも、自分をアピールする機会は逃さない。少しでも引っ掛からなければ。
「あ、厚かましいことを言うな」
ぷい、とザカリスはそっぽ向いた。
そんなことで挫けている場合ではない。
「ザカリス様ったら。もう。素直じゃないんだから」
「おい。思い込みも大概にしろ」
「嫌だわ。照れちゃって」
ザカリスはダンマリを決め込む。最早、構っている方がバカだ、とでも言いたげに。
「天邪鬼なんだから。ザカリス様は」
リリアーナは両頬に手を当てて、体をくねらせた。
「昨日の見合いの件は、不問にしますね」
これこそが言いたかった。どさくさ紛れに口にした。
改まって言えば、気まずくて仕方ないから。
が、やはりシン、と空気が静まり返る。
ずっしりと水気を含んで酸素に重みが増したかのごとく、息苦しささえ覚えた。
ザカリスは腰まで上半身を折り曲げ、リリアーナに頭を下げた。
ギョッとリリアーナがニ、三歩、踵を引く。
「……すまなかった、リリアーナ。お前の気持ちをわかっていながら。浅はかだった」
「ザカリス様? 」
いきなりザカリスが顔を上げたかと思えば、腰を屈め、右頬をずいっとリリアーナに近づけてきたのだ。
彼から距離を縮めてきたことで、いつもは攻める一方のリリアーナは怯んで身を引いた。
「お前に殴られても仕方ないことをした。遠慮なく俺を殴れ」
ザカリスはさらに距離を詰める。
「ザ、ザカリス様? ちょっと? 殴れと仰られましても? 」
「良いから、さっさと殴れ。拳で」
昨日の無礼を不問にする術らしい。
彼なりの詫びのつもりだが、リリアーナは困り果てて、浅黒く日焼けしたその頬をじっと見つめるしかない。
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