【完結】死に戻り令嬢リリアーナ・ラーナの恋愛騒動記

氷 豹人

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霧がまく

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 到着した先は、ぼろぼろの家畜小屋だった。豚が二十頭もいれば、ぎゅうぎゅう詰めになるくらいの狭さ。もう何年も使われていないことがわかるように、屋根は朽ちてところどころ抜け落ち、壁は剥がれて隙間風が吹いている。
 勿論、家畜などいない。片付け損ねた藁だけが、渦高く残されていた。
「こ、こんな場所へ招待ですって? 」
 長年使われていないのと、隙間風がひっきりなしのためか、家畜の匂いはすっかり消えているものの、仕切りはあるし、床は冷たい。日が翳っている場所には、雨漏りの水が湿って黒くなっている。
 鬱蒼とした森の中にあることに加えて、雨の多いこの国特有の湿気を含んだ曇り空であるため、内部は昼間であるものの薄暗い。
「わしの原点だ。今や貴族院議員に名を連ねるわしだが、元は貧しい肉屋の跡取り。そこから死にもの狂いで金を貯めたのだ」
 口髭を引っ張りながら、ケロッグは感慨深く唸る。
「最高の場所だと思わんかね? 」
 彼の従僕が、どこから持って来たのか一つの柵の中にテーブルを運び込み、クロスを敷いている。
 本気でこの場所でお茶を飲むらしい。
「茶葉は現在流行している緑茶だ。どこぞの侯爵夫人が広めたとかいうな」
 従僕は慣れた手つきで、緑茶を淹れる。
 濃い緑の液体がカップに注がれた。
「その、私に嫉妬する猫とやらの名前を聞く権利が私にはあってよ? 」
 カップの中で横たわる茶柱を見つめながら、リリアーナは唇を噛む。
ル・チャットの名か? まあ、良いだろう。口止めはされておらんしな」
 彼女に椅子を勧めながら、自分は腰も下ろさず、ケロッグは豚のいないそれぞれの柵を一巡した。
「レイラ・オースティン。三十路だが、脂の乗った良い体なんだ」
 リリアーナはカッと目を見開く。
「レイラですって! 」
 忘れもしないその名前。
 リリアーナを、ザカリスを銃弾に沈めた、その憎々しい名前。
「何だ、知り合いか? 」
 ケロッグの眉がヒョイと上がる。
 面識があるといえばあるが、ケロッグに理由を説明する気はさらさらない。話したところで、気が狂ったと思われるだけだ。レイラに殺され、時間が巻き戻ったなど。夢物語も甚だしい。
「レイラはあなたの愛人でしょう? 何故、ザカリス様に恋慕する彼女を戒めないの? 」
 リリアーナは疑問を口にする。
「戒める? このわしが、レイラをか? 」
 信じられない、とケロッグは大仰に目を開き髭を動かせた。
「わしはレイラのすることが、可愛くて堪らんのだよ。あれは今、そばに置いてなかなか飽きない玩具なのだ」
「玩具? 」
「ああ。彼女のやること成すことが斬新でな」
 レイラはこのを使って、リリアーナに嫌がらせをしたのだ。
 誘拐未遂がレイラの命令か、それともケロッグの自己判断かは定かではない。
 確かなのは、レイラが介入し出したということ。   
 仮面舞踏会まで後二ヶ月を切った。
 最早、愚図愚図していられない。
「ロナルドがここまで来るには、まだまだ時間はある。ゆっくりしていきたまえ」
「ど、どこへ行くつもり? 」 
「どこって? 屋敷に帰るんだよ」
「わ、私をこんな場所に残して? 」
「最高の場所、最高級の茶葉、手に入りずらい砂糖菓子を提供してやるんだ。これ以上のもてなしはないだろう? 」
 ニタリとケロッグは笑う。
 彼は本気だ。
 本気でリリアーナを置き去りにするつもりだ。
 ザカリスがいつ来るか、そもそも助けに来るかもハッキリしない状況で。
 リリアーナは呆然となった。
 頭の中に霧がまいた。

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