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最高の演者
食事会の後、父はさらに経営に関しての話が聞きたいとロイを引き留めた。
父はロイに対して、かなり興味を持ったようだ。厄介な。
談話室にて、ロイと向き合いながら父は熱心に話を聞いている。目を輝かせて、うんうんと頷きながら。
「仕事なんかの話の何が面白いんだか」
ロイらと離れたテーブルで、アンサーはつまらなさそうに紅茶を啜る。
見習いという建前を与えられているアンサーだが、実質は用意された椅子に腰掛けるだけで、何の学びもしていない。
「不自由がなければ、何だって良いわ」
イメルダは寛大に頷く。彼女は未来の夫の仕事には口出しないスタンスらしい。
ロイと父、イメルダとアンサー。そんな正反対の二組を、マチルダは窓辺から遠巻きに眺めていた。
不意にロイがマチルダを手招きする。
眉間を寄せるマチルダに、ロイは彼女にだけわかるように「早く来い」と目つきを鋭くさせた。
何なのよ。マチルダは渋々と彼に近寄る。
「これは今夜、彼女へ贈ろうとしたものです」
言いながらロイは己のポケットをまさぐった。
「マチルダ。後ろを向いて」
命じられてそれに従うより早く、マチルダの体はロイによってくるりと反転させられていた。背中に刺さる彼の視線が艶めかしい。ゾクゾクと肌が粟立つ。
「まあ。素敵」
父と並んでいた母がうっとりした声を上げた。
「何と見事な金細工」
感嘆する父。
「桜と名の品種だそうですよ」
ロイが穏やかに言葉を繋いだ。
後ろで纏めた髪に、何やら刺されたのは感覚でわかる。それが一体何であるか。後ろを向いたままのマチルダにはわからない。
「ほら、見て」
あくまで好青年ぶりを装うロイは、穏やかに微笑したまま手鏡を差し出してきた。
「まあ、綺麗」
マチルダの頬がたちまち紅潮する。
金の細長い棒の先から、花びらが幾つも重なり合って垂れたデザイン。動くたびにシャラシャラと微かな音を立てる。異国の職人特有の繊細な細工は、この国ではまだ一度も目にしたことがない。
「かんざしと言って、女性の髪を束ねる装飾品だよ」
鏡の中に映り込んだロイの目が細くなる。
あらかじめメイドに手鏡まで用意させて、タイミングを見計らって己の価値を披露する。なんて周到な男だろう。さすが、高級娼館の主人。演出が上手い。
「向こうには、このような飾り細工の職人が大勢いるそうですよ」
「こういった品が、富裕層に出回っているのか」
すっかり父は、ロイが伯爵家の一員であると信じ込んでいた。
「染色の技術も素晴らしい。土産にいただいた反物も、金と銀の刺繍が繊細だった」
「かの国の民族衣装に用いられていますよ」
「それに、浮世絵とかいう鑑賞品も」
「もう一枚は、皆が寝静まってから」
「ああ、勿論だ」
男同士、ニタニタと何やらいやらしく笑っている。
マチルダはロイの服の裾を引っ張った。
やや腰を屈め、ロイはマチルダの口元に耳を寄せた。
「お父様に何をお渡したの? 」
「春画だ」
「何、それ」
「君が知るにはまだ早い」
ロイは思わせぶりにウィンクしてみせた。
「ねえ、アンサー様。私もマチルダと同じ物が欲しいわ」
マチルダらを遠巻きに見ていたイメルダは、アンサーの胸にしなだれかかるなり、甘えた吐息を首筋に吹きかけた。
アンサーは困ったように眉根を下げると、大袈裟なくらい両手を左右に振る。
「う、うちは東の国とは取引はしていないんだよ」
「あなたのお父様のお力で、どうにかならない? 」
「うん、その」
「アンサー様。お願いしますね」
「父さんに聞いてみるよ」
誤魔化すように鼻の頭をかき、早口で答える。
期待は薄そうだ。
イメルダは肩で大きく息をつくと、再度マチルダに視線を流した。
「マチルダは、いつの間にあのような素敵な方と知り合ったのかしら? 」
イメルダの記憶では、マチルダに近寄る挑戦者など一人として現れたことがなかったのに。
「夜会ではいつもムスッとして、壁の花だったのよ、あの子」
男性に囲まれるイメルダを、壁にピッタリ背中をつけて眺めていただけ。確かに艶然とした美人ではあるが、社交界に出回る噂もあって、却ってそれが男性を近寄り堅くさせている。
「しかも、うちより格上の伯爵家」
「だけど、たかだか三男だろ」
ムスッとアンサーは反論する。
「海運業の経営者でしょう」
価値の高い代物を易々と贈るのだから、儲けが半端ないのは瞭然だ。
イメルダが張り合えるのは、最早、婚約者の財力くらい。
「ねえ、アンサー様はいつ会社を引き継ぐの? 」
「さ、さあ? 」
アンサーの父は若々しく、引退などまだ程遠い。しかもアンサーは仕事に携わろうともしない。会社を引き継ぐなんて、遥か彼方の話だ。
イメルダはそのような内情など気にもせず、きらきらと期待する眼差しで婚約者を見つめた。
父はロイに対して、かなり興味を持ったようだ。厄介な。
談話室にて、ロイと向き合いながら父は熱心に話を聞いている。目を輝かせて、うんうんと頷きながら。
「仕事なんかの話の何が面白いんだか」
ロイらと離れたテーブルで、アンサーはつまらなさそうに紅茶を啜る。
見習いという建前を与えられているアンサーだが、実質は用意された椅子に腰掛けるだけで、何の学びもしていない。
「不自由がなければ、何だって良いわ」
イメルダは寛大に頷く。彼女は未来の夫の仕事には口出しないスタンスらしい。
ロイと父、イメルダとアンサー。そんな正反対の二組を、マチルダは窓辺から遠巻きに眺めていた。
不意にロイがマチルダを手招きする。
眉間を寄せるマチルダに、ロイは彼女にだけわかるように「早く来い」と目つきを鋭くさせた。
何なのよ。マチルダは渋々と彼に近寄る。
「これは今夜、彼女へ贈ろうとしたものです」
言いながらロイは己のポケットをまさぐった。
「マチルダ。後ろを向いて」
命じられてそれに従うより早く、マチルダの体はロイによってくるりと反転させられていた。背中に刺さる彼の視線が艶めかしい。ゾクゾクと肌が粟立つ。
「まあ。素敵」
父と並んでいた母がうっとりした声を上げた。
「何と見事な金細工」
感嘆する父。
「桜と名の品種だそうですよ」
ロイが穏やかに言葉を繋いだ。
後ろで纏めた髪に、何やら刺されたのは感覚でわかる。それが一体何であるか。後ろを向いたままのマチルダにはわからない。
「ほら、見て」
あくまで好青年ぶりを装うロイは、穏やかに微笑したまま手鏡を差し出してきた。
「まあ、綺麗」
マチルダの頬がたちまち紅潮する。
金の細長い棒の先から、花びらが幾つも重なり合って垂れたデザイン。動くたびにシャラシャラと微かな音を立てる。異国の職人特有の繊細な細工は、この国ではまだ一度も目にしたことがない。
「かんざしと言って、女性の髪を束ねる装飾品だよ」
鏡の中に映り込んだロイの目が細くなる。
あらかじめメイドに手鏡まで用意させて、タイミングを見計らって己の価値を披露する。なんて周到な男だろう。さすが、高級娼館の主人。演出が上手い。
「向こうには、このような飾り細工の職人が大勢いるそうですよ」
「こういった品が、富裕層に出回っているのか」
すっかり父は、ロイが伯爵家の一員であると信じ込んでいた。
「染色の技術も素晴らしい。土産にいただいた反物も、金と銀の刺繍が繊細だった」
「かの国の民族衣装に用いられていますよ」
「それに、浮世絵とかいう鑑賞品も」
「もう一枚は、皆が寝静まってから」
「ああ、勿論だ」
男同士、ニタニタと何やらいやらしく笑っている。
マチルダはロイの服の裾を引っ張った。
やや腰を屈め、ロイはマチルダの口元に耳を寄せた。
「お父様に何をお渡したの? 」
「春画だ」
「何、それ」
「君が知るにはまだ早い」
ロイは思わせぶりにウィンクしてみせた。
「ねえ、アンサー様。私もマチルダと同じ物が欲しいわ」
マチルダらを遠巻きに見ていたイメルダは、アンサーの胸にしなだれかかるなり、甘えた吐息を首筋に吹きかけた。
アンサーは困ったように眉根を下げると、大袈裟なくらい両手を左右に振る。
「う、うちは東の国とは取引はしていないんだよ」
「あなたのお父様のお力で、どうにかならない? 」
「うん、その」
「アンサー様。お願いしますね」
「父さんに聞いてみるよ」
誤魔化すように鼻の頭をかき、早口で答える。
期待は薄そうだ。
イメルダは肩で大きく息をつくと、再度マチルダに視線を流した。
「マチルダは、いつの間にあのような素敵な方と知り合ったのかしら? 」
イメルダの記憶では、マチルダに近寄る挑戦者など一人として現れたことがなかったのに。
「夜会ではいつもムスッとして、壁の花だったのよ、あの子」
男性に囲まれるイメルダを、壁にピッタリ背中をつけて眺めていただけ。確かに艶然とした美人ではあるが、社交界に出回る噂もあって、却ってそれが男性を近寄り堅くさせている。
「しかも、うちより格上の伯爵家」
「だけど、たかだか三男だろ」
ムスッとアンサーは反論する。
「海運業の経営者でしょう」
価値の高い代物を易々と贈るのだから、儲けが半端ないのは瞭然だ。
イメルダが張り合えるのは、最早、婚約者の財力くらい。
「ねえ、アンサー様はいつ会社を引き継ぐの? 」
「さ、さあ? 」
アンサーの父は若々しく、引退などまだ程遠い。しかもアンサーは仕事に携わろうともしない。会社を引き継ぐなんて、遥か彼方の話だ。
イメルダはそのような内情など気にもせず、きらきらと期待する眼差しで婚約者を見つめた。
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