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氷の美女
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「やあ、やあ。よくぞお越しいただいた」
ジョナサン卿はニヤニヤと人を食ったような笑い方で、マチルダ姉妹を迎え入れた。
この国の男性の平均よりも高い身長。無精髭が気になるが、フロックコートを身につけていてもわかるくらいに体が鍛えられており、なかなかのハンサムだ。
アンサーという婚約者がいながら、姉はぽうっと夢見心地で男爵を見つめている。
「成程。あなたがあのブライス伯爵の三男の恋人か」
庭園の片隅に設えられたティーテーブルの前で、男爵は今しがたまで堪能していたワインよりも、マチルダに興味が移ってしまっている。
酔っ払った赤ら顔が何度もマチルダの上下を行き来する。
ムッとマチルダの眉根が寄った。
男爵の視線はあまりにも露骨だ。胸元の膨らみで三十秒ほど止まったことは、ちゃんと気づいている。
「ケイム。あまりジロジロ見るのは失礼よ」
男爵の背後から咎める声。どことなく幼い。
「いやらしわ。胸ばかり見て」
「ご、誤解だ」
「どうだか」
まだ十代らしき愛らしい女性が頬を膨らませている。一歳を越えたくらいの赤ん坊を抱っこしながら。腰まで流れる黄金色の髪と薄水色の瞳は、まるで絵本に描かれた天使のよう。
確かジョナサン男爵は、二十歳以上開きのある若い娘を娶ったとか。
かつては火遊びが過ぎる男爵だったが、今やそのような過去が嘘のように、奥様を溺愛していると専らの評判だ。壁の花に甘んじるマチルダの耳にさえ届くくらいだから、余程なのだろう。
「いや、しかしな。あの三男の恋人だろう? 」
「余計なことは口にしないで」
「わかってるさ。いや、しかしな」
顎を撫でながら、男爵はしきりに首を捻った。
ブライス伯爵家の三男とは、貧乏子爵令嬢が軽々しくお付き合い出来ないくらい、格上なのだろうか。
それとも、物凄く年寄りとか。
よぼよぼの老人の名を語るなんて、ロイは一体、何を考えているのだろうか。
「釣り合いが取れないことは承知しております」
「いやいや。そういう意味では」
男爵は慌てて顔の横でわざとらしいくらいに両手を振った。
却ってそれがマチルダの機嫌を損ねてしまっている。
「お気を悪くしたなら、ごめんなさい」
夫に代わって、若い妻が頭を下げる。
彼女は落ち着きなく目線を動かしながら、一生懸命言葉を探っていた。
「三男の方は、その、何て言うか、とても……初心な方だから……恋人だなんて、驚いてしまって」
「まさか悪役令嬢が相手だなんて……と思われたのでしょう? 」
「い、いえ。そう言うわけじゃ」
「貴族の間で自分がなんて思われているか、承知しておりますから」
マチルダは表情筋を殺して早口で言ってのけた。
困ったように夫婦は目を合わせる。
「マチルダ。早く迷路に入りましょうよ」
いい加減に痺れを切らしたのか、イメルダは妹のドレスの袖を軽く引っ張る。
マチルダは丁寧な所作で二人に頭を下げると、姉に伴われ、迷路の中へとすっと消えていった。
派手な赤いドレスは妙齢の令嬢には敬遠されがちだが、背の高さやほっそりと形の良い体のラインが相まって、マチルダの魅力を的確に表している。
実際、通りすがりの男性陣の目を引いた。
「凛とした方ね」
男爵の妻は、ほうっと感嘆する。
あのような色気は、なかなか作り物では出せない。
「男を寄せつけない氷の美女か。確かに」
ジョナサン男爵は、妻の感想に己の意見を付け加えると、同じように息を吐いた。
ジョナサン卿はニヤニヤと人を食ったような笑い方で、マチルダ姉妹を迎え入れた。
この国の男性の平均よりも高い身長。無精髭が気になるが、フロックコートを身につけていてもわかるくらいに体が鍛えられており、なかなかのハンサムだ。
アンサーという婚約者がいながら、姉はぽうっと夢見心地で男爵を見つめている。
「成程。あなたがあのブライス伯爵の三男の恋人か」
庭園の片隅に設えられたティーテーブルの前で、男爵は今しがたまで堪能していたワインよりも、マチルダに興味が移ってしまっている。
酔っ払った赤ら顔が何度もマチルダの上下を行き来する。
ムッとマチルダの眉根が寄った。
男爵の視線はあまりにも露骨だ。胸元の膨らみで三十秒ほど止まったことは、ちゃんと気づいている。
「ケイム。あまりジロジロ見るのは失礼よ」
男爵の背後から咎める声。どことなく幼い。
「いやらしわ。胸ばかり見て」
「ご、誤解だ」
「どうだか」
まだ十代らしき愛らしい女性が頬を膨らませている。一歳を越えたくらいの赤ん坊を抱っこしながら。腰まで流れる黄金色の髪と薄水色の瞳は、まるで絵本に描かれた天使のよう。
確かジョナサン男爵は、二十歳以上開きのある若い娘を娶ったとか。
かつては火遊びが過ぎる男爵だったが、今やそのような過去が嘘のように、奥様を溺愛していると専らの評判だ。壁の花に甘んじるマチルダの耳にさえ届くくらいだから、余程なのだろう。
「いや、しかしな。あの三男の恋人だろう? 」
「余計なことは口にしないで」
「わかってるさ。いや、しかしな」
顎を撫でながら、男爵はしきりに首を捻った。
ブライス伯爵家の三男とは、貧乏子爵令嬢が軽々しくお付き合い出来ないくらい、格上なのだろうか。
それとも、物凄く年寄りとか。
よぼよぼの老人の名を語るなんて、ロイは一体、何を考えているのだろうか。
「釣り合いが取れないことは承知しております」
「いやいや。そういう意味では」
男爵は慌てて顔の横でわざとらしいくらいに両手を振った。
却ってそれがマチルダの機嫌を損ねてしまっている。
「お気を悪くしたなら、ごめんなさい」
夫に代わって、若い妻が頭を下げる。
彼女は落ち着きなく目線を動かしながら、一生懸命言葉を探っていた。
「三男の方は、その、何て言うか、とても……初心な方だから……恋人だなんて、驚いてしまって」
「まさか悪役令嬢が相手だなんて……と思われたのでしょう? 」
「い、いえ。そう言うわけじゃ」
「貴族の間で自分がなんて思われているか、承知しておりますから」
マチルダは表情筋を殺して早口で言ってのけた。
困ったように夫婦は目を合わせる。
「マチルダ。早く迷路に入りましょうよ」
いい加減に痺れを切らしたのか、イメルダは妹のドレスの袖を軽く引っ張る。
マチルダは丁寧な所作で二人に頭を下げると、姉に伴われ、迷路の中へとすっと消えていった。
派手な赤いドレスは妙齢の令嬢には敬遠されがちだが、背の高さやほっそりと形の良い体のラインが相まって、マチルダの魅力を的確に表している。
実際、通りすがりの男性陣の目を引いた。
「凛とした方ね」
男爵の妻は、ほうっと感嘆する。
あのような色気は、なかなか作り物では出せない。
「男を寄せつけない氷の美女か。確かに」
ジョナサン男爵は、妻の感想に己の意見を付け加えると、同じように息を吐いた。
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