【完結】華麗なるマチルダの密約

氷 豹人

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魔の手

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「いやああああ! 」


 マチルダは、これでもかと叫んだ。


 伯爵家の一室は、調度品に手抜かりがない。
 室内は寒色系で統一され、紺青のカーテンやペルシャ絨毯は、まるで深い海の底に潜り込んでしまった錯覚さえ起こす。
 壁に掛けられた絵画は新進気鋭の画家の作品らしい。
 黄金色の髪が腰まで波打つ人魚が、豊満な胸を揺らして、今にもその歌声で人々を惑わせるようなリアリティがあった。
 岩の上からこちらに向けた琥珀の眼差しは、妖しげな色香を漂わせている。
 どことなく、人魚が自分に似ている。
 ぼんやりとそう思ったときには、真後ろから物凄い力で押されて、マチルダの体は天蓋ベッドのスプリングで跳ね上がっていた。


「やだやだやだ! 退いて! 」
 最高級のマホガニー製のベッドは、娼館の仮眠室の安ベッドとは違って、かなり暴れても軋み一つしない。
「大人しくしろ! この女! 」
 覆い被って、酒と煙草と歯槽膿漏の混じる息をマチルダの鼻先に吹きながら、梟そっくりの男はいらいらと舌打ちした。
「紳士じゃなかったの! 」
 生臭い息に耐え切れず、首を捻じ曲げて背くマチルダ。
 自分よりも五センチは背が低いくせに、力は半端ない。マチルダの膝に体重を掛けて足の動きを封じ、両手首を掴んで拘束する。
 マチルダは身動きすら出来ない。
 かろうじて自由なのは首だけ。左右に動かして、生臭いキスを避ける。
「紳士だよ、私は。これでもメイソン伯爵家の四男だ」
「危害は加えないんでしょ! 」
「ノコノコと部屋に入って、何が危害だ! 同意したも同然だろうが! 」
「騙したわね! 」
「甘いんだよ、女! 」
 容赦なく頬をぶたれる。
 一発、二発。続けて三発目が入る直前、 マチルダは目を尖らせて男を睨みつけた。
 その眼力の圧に、男は一瞬たじろぎ、振り上げた拳を宙空で止める。
「お前はアニストン家のマチルダだろう? 男を惑わせる淫乱女め」
「ぶ、無礼な! 」
「男なら誰でも良いくせに」
「やめて! 」
 頬をぶつことを止めた手が、胸元へと伸びた。
 胸元の布地を引っ張られる。
 開き過ぎのデザインだから、呆気なくマチルダの白い乳房が晒されてしまった。


「いやあああ! 」


 男がその白くたわむ乳房の、その中央にあるピンクの突起に向けて、長い舌を突き出す。


「ロイ! 助けて! 」


 咄嗟にマチルダが叫んでいた。


「ロイ! 」


「マチルダ! 」


 蹴破られたドアが、轟音を上げた。
 あまりの勢いによって、蝶番の捻子が弾け飛ぶ。
 ロイが肩をいからせ、ハアハアと荒々しく上下させながら、仁王立ちしていた。

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