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「ん?」
ざわざわする待合室で、つまらなさそうに足をばたつかせる少女が目に入った。少女は一人きりで、テレビ画面のニュース映像を見ている。
「君、もしかして小沢亜里沙ちゃん?」
彼女の隣の空席に腰を下ろす。
そりゃ、胡散臭いわな。思い切り不審者を見る目つきだ。制服を着ていなければ、ただの怪しいお兄さんだ。
「覚えてる?俺、大黒谷第三小学校に来た消防署の」
「ちゃんと覚えてるよ、消防士さん」
彼女が正しく記憶してくれていたことに、ほっと胸を撫で下ろす。もし知らないと言われれば、間違いなく通報されていただろう。
だったら、何でそんな目で見た?いいけどさ。
「今日は診察?」
「うん。お医者様はもう大丈夫だって」
退院はしても経過観察がある。良好なことに、良かった良かった。
亜里沙の視線は会計をする女性の後ろ姿にある。
誰だ?女性を目を凝らして注意深く見つめる。
スカートから覗くむっちりした白い脚。見覚えあるぞ。エナメルのヒールがこつこつと床を小さく叩く。
「桜庭先生が付き添ってくれたの。パパ、火事の片付けやお店を新しくすることで忙しいから」
母親の存在はまるで初めからないような言い方だ。
それぞれの家庭の事情に首を突っ込んで根掘り葉掘り聞くほど野暮ではなく、ふうんと何の気なしの返事しか出来ない。
先生が釣り銭を財布に戻したことを見て、亜里沙は勢いよく跳びはねて立ち上がる。
「じゃあね、消防士さん」
相変わらず笑顔一つ見せない暗い表情だが、心なしか声のトーンが高くなっている。
亜里沙は真後ろから桜庭先生のワンピースの裾を引っ張って自分の存在を知らせ、一瞬驚きはしたものの、桜庭先生も微笑を返して応えた。
まるで母子そのもののような光景であり、とても担任と生徒の関係とは思えない。
桜庭先生は私服の俺にはまるで気付かず、亜里沙と手を繋いでエスカレーターを下って行った。
俺の価値って、やっぱり制服ありきか?
明日からの本格的な復帰に向けて、まずは前日に挨拶に伺った。
久々の職場の面々を前にすると、何だか照れ臭いな。
「ご心配かけしました」
「おお。無事でなによりだ」
藤田隊長は巨体を揺すって近づくと、おもむろに俺の髪をぐしゃぐしゃ乱して歓迎した。相変わらず、子供扱いかよ。
日浦さんは自分の分の豆大福を取り分け、堂島はすでに煎茶の葉を急須に入れている。
温めのお湯を薬缶から急須に移し替える水音に気を取られる振りをしてるけど、視線はちゃんと感じてるぞ。
チラリ、と確認する。やっぱり。斜め前のスチール椅子に腰掛ける、仏頂面。垂れ目が垂れてないってことは、まだご立腹だ。
「よかった、よかった。なあ、橋本」
菓子皿を差し出し、日浦さんはニヤニヤと人の悪い笑みを寄越す。
見舞いでの一件以来、何度か橋本に連絡を入れてはみたものの、そのどれもが不発だった。すっかり機嫌を損ねてしまったらしいというのは、再会した現在の表情で明らかだ。
入院中に日浦から聞いた、橋本が取り乱して仕方がないといった暴露話が、今となっては単に担がれただけではなかろうかとの確信に傾いている。
日浦さんは、人をからかうことに喜びを見出す節がある。
橋本は話を振られても無視を決め込み、あくまで俺と目を合わさない腹積もりだ。
「あの、橋本さん」
せめて見舞いの礼だけでも言わせろよ。
「うっ!」
名前を呼んだ途端、胸元に物凄い風圧を受けた。鍛えているはずの腹が衝撃でくの字に曲がった。
「この、ドアホ!平然と戻ってきやがって。俺がどれほど」
大男にすっぽり包まれる。心なしか涙声だ。生温かい周りの目を気にしろよ。手のやり場に困るし。
まさか抱きついてくるとは予想もしていなかった。
俺が躊躇しているうちに、橋本は腰に手まで回して己の元へ引き寄せ、余計に体を密着させる。
「す、すみません。でも、あの」
どう始末をつけたものか。途方に暮れていると、日浦さんはニタニタと口元をいやらしく歪ませた。
「仲良いことに越したことはない。気の済むまでやってろ」
「ちょっと、日浦さ~ん」
どうにかしろよ。がっちりホールドされて、動けないんだよ。
「邪魔者は先に訓練行ってるからな。さっさと来いよ、橋本」
隊長まで、やれやれと首を竦める始末。しかもこいつを放置し、部下を連れてさっさと行ってしまう。
どうしたものか。もう溜め息をつくしかない。
俺の全身にヤモリのようにぴったり張り付いて離れようとしない。
手の持って行き場所がなくて、取り敢えず恐る恐る目線の上にある髪の毛を撫でてみる。
何らかの反応があるかと身構えたが、何の反応もない。再び毛先を指先で掬い取ってみる。さらさらとした指通りの綺麗な髪だ。
「ずっと、俺からの電話避けてたくせに」
「それは、何かめっちゃ、むかついたし……お前の容態が急変したとか、連絡が入るのが怖かったし……」
「不吉なこと言わないでください」
縁起でもない。
「そうやな」
ようやく顔を上げた橋本は笑っていた。
涙声は空耳ではなく、確かに睫毛には濡れた痕がある。
思った以上に心配をかけてしまっんだな。ぎゅうっと胸を鷲掴みされた。
マル4を出してしまったトラウマは、橋本の中でかなり根深い。
「というわけで、お前も復帰したことやし。ビシバシ行くで」
いきなり橋本の声色が変わった。
つい先程までのしおらしさはどこいった?
ざわざわする待合室で、つまらなさそうに足をばたつかせる少女が目に入った。少女は一人きりで、テレビ画面のニュース映像を見ている。
「君、もしかして小沢亜里沙ちゃん?」
彼女の隣の空席に腰を下ろす。
そりゃ、胡散臭いわな。思い切り不審者を見る目つきだ。制服を着ていなければ、ただの怪しいお兄さんだ。
「覚えてる?俺、大黒谷第三小学校に来た消防署の」
「ちゃんと覚えてるよ、消防士さん」
彼女が正しく記憶してくれていたことに、ほっと胸を撫で下ろす。もし知らないと言われれば、間違いなく通報されていただろう。
だったら、何でそんな目で見た?いいけどさ。
「今日は診察?」
「うん。お医者様はもう大丈夫だって」
退院はしても経過観察がある。良好なことに、良かった良かった。
亜里沙の視線は会計をする女性の後ろ姿にある。
誰だ?女性を目を凝らして注意深く見つめる。
スカートから覗くむっちりした白い脚。見覚えあるぞ。エナメルのヒールがこつこつと床を小さく叩く。
「桜庭先生が付き添ってくれたの。パパ、火事の片付けやお店を新しくすることで忙しいから」
母親の存在はまるで初めからないような言い方だ。
それぞれの家庭の事情に首を突っ込んで根掘り葉掘り聞くほど野暮ではなく、ふうんと何の気なしの返事しか出来ない。
先生が釣り銭を財布に戻したことを見て、亜里沙は勢いよく跳びはねて立ち上がる。
「じゃあね、消防士さん」
相変わらず笑顔一つ見せない暗い表情だが、心なしか声のトーンが高くなっている。
亜里沙は真後ろから桜庭先生のワンピースの裾を引っ張って自分の存在を知らせ、一瞬驚きはしたものの、桜庭先生も微笑を返して応えた。
まるで母子そのもののような光景であり、とても担任と生徒の関係とは思えない。
桜庭先生は私服の俺にはまるで気付かず、亜里沙と手を繋いでエスカレーターを下って行った。
俺の価値って、やっぱり制服ありきか?
明日からの本格的な復帰に向けて、まずは前日に挨拶に伺った。
久々の職場の面々を前にすると、何だか照れ臭いな。
「ご心配かけしました」
「おお。無事でなによりだ」
藤田隊長は巨体を揺すって近づくと、おもむろに俺の髪をぐしゃぐしゃ乱して歓迎した。相変わらず、子供扱いかよ。
日浦さんは自分の分の豆大福を取り分け、堂島はすでに煎茶の葉を急須に入れている。
温めのお湯を薬缶から急須に移し替える水音に気を取られる振りをしてるけど、視線はちゃんと感じてるぞ。
チラリ、と確認する。やっぱり。斜め前のスチール椅子に腰掛ける、仏頂面。垂れ目が垂れてないってことは、まだご立腹だ。
「よかった、よかった。なあ、橋本」
菓子皿を差し出し、日浦さんはニヤニヤと人の悪い笑みを寄越す。
見舞いでの一件以来、何度か橋本に連絡を入れてはみたものの、そのどれもが不発だった。すっかり機嫌を損ねてしまったらしいというのは、再会した現在の表情で明らかだ。
入院中に日浦から聞いた、橋本が取り乱して仕方がないといった暴露話が、今となっては単に担がれただけではなかろうかとの確信に傾いている。
日浦さんは、人をからかうことに喜びを見出す節がある。
橋本は話を振られても無視を決め込み、あくまで俺と目を合わさない腹積もりだ。
「あの、橋本さん」
せめて見舞いの礼だけでも言わせろよ。
「うっ!」
名前を呼んだ途端、胸元に物凄い風圧を受けた。鍛えているはずの腹が衝撃でくの字に曲がった。
「この、ドアホ!平然と戻ってきやがって。俺がどれほど」
大男にすっぽり包まれる。心なしか涙声だ。生温かい周りの目を気にしろよ。手のやり場に困るし。
まさか抱きついてくるとは予想もしていなかった。
俺が躊躇しているうちに、橋本は腰に手まで回して己の元へ引き寄せ、余計に体を密着させる。
「す、すみません。でも、あの」
どう始末をつけたものか。途方に暮れていると、日浦さんはニタニタと口元をいやらしく歪ませた。
「仲良いことに越したことはない。気の済むまでやってろ」
「ちょっと、日浦さ~ん」
どうにかしろよ。がっちりホールドされて、動けないんだよ。
「邪魔者は先に訓練行ってるからな。さっさと来いよ、橋本」
隊長まで、やれやれと首を竦める始末。しかもこいつを放置し、部下を連れてさっさと行ってしまう。
どうしたものか。もう溜め息をつくしかない。
俺の全身にヤモリのようにぴったり張り付いて離れようとしない。
手の持って行き場所がなくて、取り敢えず恐る恐る目線の上にある髪の毛を撫でてみる。
何らかの反応があるかと身構えたが、何の反応もない。再び毛先を指先で掬い取ってみる。さらさらとした指通りの綺麗な髪だ。
「ずっと、俺からの電話避けてたくせに」
「それは、何かめっちゃ、むかついたし……お前の容態が急変したとか、連絡が入るのが怖かったし……」
「不吉なこと言わないでください」
縁起でもない。
「そうやな」
ようやく顔を上げた橋本は笑っていた。
涙声は空耳ではなく、確かに睫毛には濡れた痕がある。
思った以上に心配をかけてしまっんだな。ぎゅうっと胸を鷲掴みされた。
マル4を出してしまったトラウマは、橋本の中でかなり根深い。
「というわけで、お前も復帰したことやし。ビシバシ行くで」
いきなり橋本の声色が変わった。
つい先程までのしおらしさはどこいった?
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