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「わっ」
無理矢理ヘルメットを被せられたかと思えば、米俵のように肩に担がれる。平然と大男がチビを抱え上げる様に仰天した通行人が、すれ違うたびにぎょっとした目で振り返り、唖然と見送る。
馬鹿力を通り越して、化け物じみた橋本の腕力。
それでも屈してなるものか。
「降ろせ!降ろせってば!バカ!」
「黙っとれ」
「じゃあ、さっさと降ろせよ!」
四肢を滅茶苦茶に振り乱して抵抗を示すが、それを難なくかわして橋本は歩く速度を上げる。
コインパーキングに、橋本のバイクがあった。
「ご要望通り、降ろしてやるわ!」
どさっとアスファルトに放り投げられる。
「痛ってえええ!」
降ろせとは言ったが、投げろとは言ってない。
右肩は固い地面に打ちつけるわ、腕は擦りむくわ。容赦ないな。
カフェの入っているビルを斜め前方に、バイクの停めてある位置から、硝子越しに談笑する客が明瞭としている。
麗子さんの席に、店員にしては陰気臭い男が近づき、何やら揉めているのが見えた。
「あっ。麗子さんが変な男に」
「ほっとけ」
「だけど」
「笠置」
いつになく重低音。これは、沸点がとっくに超えてしまっている。
男の顔には見覚えがあったが、今いち思い出せない。
麗子さんは何事か大声を出したようで勢いよく席を立ち、肩をいからせて遠ざかっていく。
「しっかり掴まっとらんと、振り落とすからな」
ひょいっと脇を抱えられ、バイクの後ろに俺を座らせる。俺はガキじゃない。おもむろに橋本にヘルメットを被せられた。橋本も、とっくに準備している。
「ちょっと。嘘だろ」
抗議する間もなくバイクが走り出す。
「何、考えてんだよ。っていうか、あんたに何の権限があって、俺の恋を邪魔するんだよ」
「黙っとらんと、舌噛むぞ」
言葉通り、運転はいつにも増して荒っぽく、カーブに至ってはしっかり掴まっていないと振り落とされかねない勢いだった。
コインパーキングを左折し、七福市を南北に貫く踏切を越えると、車通りの多い交差点に進入する。
青信号を右折すると、一気に様相が変わった。
誰の姿もなくひっそりしている。
独身者向けのマンションの立ち並ぶ路地に出る。電柱に書かれた住所は大黒谷町の外れだった。
橋本はそのうちの真新しいマンションの屋内駐車場にバイクを停めた。七階建で、外壁は地味なグレーで塗装されている。
「ここは?」
挙動不審に目を泳がせる俺。
おい、無視かい。
橋本はさっさとエントランスに入っていく。
エレベーターの前で立ち止まると、いらついた目つきで来いと顎でしゃくった。
逆らえない雰囲気。はいはい。わかりました。行きますよ。
七階で停止したエレベーターを降りると、橋本は早足で歩き、七○三の部屋の鍵を開ける。
「さっさと入れ」
「わっ」
棒立ちだった体をどんと後ろから中に突き飛ばされた。橋本が後ろ手に扉の鍵を締めた音が耳に入る。
玄関を入ってすぐ左手にトイレや風呂らしき木製のドアがある。正面には八畳のLDK。壁や棚には不必要なものは何も置かない主義のようで、娯楽と呼べるものと言えば広い部屋に三十二インチのテレビがポツンとあるだけだ。料理は全くしないらしく、調理器具が一切見当たらず、新品同様のカウンターキッチンだ。
「言いたいことは山ほどあるけどな」
いきなり胸倉を掴まれる。
「お前、よくも俺の目え盗んで、あの女と会いやがったな」
掴みかかられた勢いのまま、リビングに敷かれた紺色のラグに押し倒された。
「痛い!」
幾らラグがクッションの役目を果たしたからといって、打ちつけられた背中は火傷が完治とはいかない。激痛が走る。
橋本は鬼の形相で、膝に馬乗りになった。
「こそこそこそこそと。俺に内緒でラインだか何だかしやがって」
「な、何故それを」
「仮眠室が同じやろうが。スマホいじりながら、へへへとか笑ってたら、バレバレなんや」
「うっ」
公私混同するなとまたネチネチされそうだったので、蒲団をすっぽり被ってこそこそしていたが、橋本にはお見通しだった。
「そもそも、何であの女のこと、名前で呼んでるんや」
「あんたには関係ないだろ」
「答えろ」
ドスのきいた橋本の一言。
いつもとは、違う。
「麗子さんがそう呼べって言うから」
「じゃあ何か。女王様って呼べ言うたら、そう呼ぶんか、お前は」
飛躍し過ぎだろ。
俺の返答にさらに憤慨し、胸を前後に激しく揺すられた。
怒りが半端ない。
答え方次第では、拳の一つや二つ覚悟しなければならないような激しさだ。
「っていうか、何であんたに文句言われるんですか」
怯んでばかりいては、橋本に押されっぱなしだ。
確実に唇は切れるだろうな、と予想する拳を浮かべながら、決死の覚悟で言い返した。
「プライベートまで干渉しないで下さい」
はっと橋本の動きが止まった。傷ついたように目が潤む。胸倉を掴んでいた手が緩み、戦慄いた。
「むかつく……俺は……」
無理矢理ヘルメットを被せられたかと思えば、米俵のように肩に担がれる。平然と大男がチビを抱え上げる様に仰天した通行人が、すれ違うたびにぎょっとした目で振り返り、唖然と見送る。
馬鹿力を通り越して、化け物じみた橋本の腕力。
それでも屈してなるものか。
「降ろせ!降ろせってば!バカ!」
「黙っとれ」
「じゃあ、さっさと降ろせよ!」
四肢を滅茶苦茶に振り乱して抵抗を示すが、それを難なくかわして橋本は歩く速度を上げる。
コインパーキングに、橋本のバイクがあった。
「ご要望通り、降ろしてやるわ!」
どさっとアスファルトに放り投げられる。
「痛ってえええ!」
降ろせとは言ったが、投げろとは言ってない。
右肩は固い地面に打ちつけるわ、腕は擦りむくわ。容赦ないな。
カフェの入っているビルを斜め前方に、バイクの停めてある位置から、硝子越しに談笑する客が明瞭としている。
麗子さんの席に、店員にしては陰気臭い男が近づき、何やら揉めているのが見えた。
「あっ。麗子さんが変な男に」
「ほっとけ」
「だけど」
「笠置」
いつになく重低音。これは、沸点がとっくに超えてしまっている。
男の顔には見覚えがあったが、今いち思い出せない。
麗子さんは何事か大声を出したようで勢いよく席を立ち、肩をいからせて遠ざかっていく。
「しっかり掴まっとらんと、振り落とすからな」
ひょいっと脇を抱えられ、バイクの後ろに俺を座らせる。俺はガキじゃない。おもむろに橋本にヘルメットを被せられた。橋本も、とっくに準備している。
「ちょっと。嘘だろ」
抗議する間もなくバイクが走り出す。
「何、考えてんだよ。っていうか、あんたに何の権限があって、俺の恋を邪魔するんだよ」
「黙っとらんと、舌噛むぞ」
言葉通り、運転はいつにも増して荒っぽく、カーブに至ってはしっかり掴まっていないと振り落とされかねない勢いだった。
コインパーキングを左折し、七福市を南北に貫く踏切を越えると、車通りの多い交差点に進入する。
青信号を右折すると、一気に様相が変わった。
誰の姿もなくひっそりしている。
独身者向けのマンションの立ち並ぶ路地に出る。電柱に書かれた住所は大黒谷町の外れだった。
橋本はそのうちの真新しいマンションの屋内駐車場にバイクを停めた。七階建で、外壁は地味なグレーで塗装されている。
「ここは?」
挙動不審に目を泳がせる俺。
おい、無視かい。
橋本はさっさとエントランスに入っていく。
エレベーターの前で立ち止まると、いらついた目つきで来いと顎でしゃくった。
逆らえない雰囲気。はいはい。わかりました。行きますよ。
七階で停止したエレベーターを降りると、橋本は早足で歩き、七○三の部屋の鍵を開ける。
「さっさと入れ」
「わっ」
棒立ちだった体をどんと後ろから中に突き飛ばされた。橋本が後ろ手に扉の鍵を締めた音が耳に入る。
玄関を入ってすぐ左手にトイレや風呂らしき木製のドアがある。正面には八畳のLDK。壁や棚には不必要なものは何も置かない主義のようで、娯楽と呼べるものと言えば広い部屋に三十二インチのテレビがポツンとあるだけだ。料理は全くしないらしく、調理器具が一切見当たらず、新品同様のカウンターキッチンだ。
「言いたいことは山ほどあるけどな」
いきなり胸倉を掴まれる。
「お前、よくも俺の目え盗んで、あの女と会いやがったな」
掴みかかられた勢いのまま、リビングに敷かれた紺色のラグに押し倒された。
「痛い!」
幾らラグがクッションの役目を果たしたからといって、打ちつけられた背中は火傷が完治とはいかない。激痛が走る。
橋本は鬼の形相で、膝に馬乗りになった。
「こそこそこそこそと。俺に内緒でラインだか何だかしやがって」
「な、何故それを」
「仮眠室が同じやろうが。スマホいじりながら、へへへとか笑ってたら、バレバレなんや」
「うっ」
公私混同するなとまたネチネチされそうだったので、蒲団をすっぽり被ってこそこそしていたが、橋本にはお見通しだった。
「そもそも、何であの女のこと、名前で呼んでるんや」
「あんたには関係ないだろ」
「答えろ」
ドスのきいた橋本の一言。
いつもとは、違う。
「麗子さんがそう呼べって言うから」
「じゃあ何か。女王様って呼べ言うたら、そう呼ぶんか、お前は」
飛躍し過ぎだろ。
俺の返答にさらに憤慨し、胸を前後に激しく揺すられた。
怒りが半端ない。
答え方次第では、拳の一つや二つ覚悟しなければならないような激しさだ。
「っていうか、何であんたに文句言われるんですか」
怯んでばかりいては、橋本に押されっぱなしだ。
確実に唇は切れるだろうな、と予想する拳を浮かべながら、決死の覚悟で言い返した。
「プライベートまで干渉しないで下さい」
はっと橋本の動きが止まった。傷ついたように目が潤む。胸倉を掴んでいた手が緩み、戦慄いた。
「むかつく……俺は……」
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