上 下
35 / 123

ビリヤード

しおりを挟む
「ねえ。僕にもルールを教えてよ」
 ジョナサン邸の一室に設えられたビリヤード台の前で、レイモンドは目を輝かせる。
 ケイムは気前よくレイモンドにキューを差し出した。
「いいか、この白い球と色つきの球の間に線を思い浮かべるんだ。ちょうどこのあたりを」
 ケイムは丁寧にレイモンドに説明をしている。
「的球をサイドポケットに落とす。これがストレイショット」
 ケイムは手本を見せた。
 玉は軽快にポケットに落ちていく。
「わかったよ。この棒で白い玉を突いたら良いんだね」
 大人の仲間入りが出来たことに、レイモンドは上機嫌だ。
「そうだよ、レイモンド」
 まるで貴族の嗜みを教える父親のようだ。
 勉強や躾は父母からだが、遊びはジョナサンから覚えることが多い。
 幼いアリアは、この「悪いオジサマ」からあらゆる遊びを教わった。観劇にも動物園にも連れてもらったし、ボクシング観戦などしたときは、後でオジサマはイザベラからお小言を食らっていた。賭け事まで見せるなんて、子供にはまだ早いと。
 すっかり家族の一員のような顔で、叱られてしょんぼりしていたっけ。
 アリアは壁に背中をつけながら、遠巻きにぼんやりとそんなことを思い出していた。
 今日は、アリアはあくまで付き添いだ。
「ジョナサン卿は、どなたか好い人はいないの? 」
 キューの突き方を教わる合間、レイモンドは尋ねた。
「何だ、いきなり」 
 八歳の子供の一丁前な口のきき方に、ケイムは眉をひそめる。
「『ヴェリス伯爵未亡人なんて、どうですか? 素敵な方でしょう? まだ二十代だし。黒髪は艶やかだし、猫目石のような瞳は美しいし。何より男爵好みの胸の大きさ』」
 レイモンドは器用に手球を突き、的球がコロコロとサイドポケットに落ちる。
 レイモンドの髪をくしゃくしゃに撫でてから、ケイムは苦笑いする。
「おい。アークライトに言わされたな」
「彼女の名を出せと、しつこくて」
 あっさりとレイモンドは暴露した。
「俺はしばらく女はいらねえな」
 意味深にアリアをチラリと見やる。
 彼の真意が図れず、アリアは顔を背けた。
「アリアもやってみるか? 」
 キューが差し出される。
「い、いえ。私は」
 遠巻きに彼を見つめるだけで充分。アリアは顔の前で大きく左右に手を揺らした。
「お姉様、教えてもらいなよ」
「で、でも」
 彼に近寄れば、底なし沼に引き摺り込まれるのは目に見えている。だから、こうして距離を取っているというのに。
「アリア。来い」
 容赦なくケイムが踏み込んでくる。
 彼の声はアリアの否定を許さない。
 頷くしか出来なかった。


 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

女装人間

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:12

片思いの終わり

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

女公爵になるはずが、なぜこうなった?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:287

年下の夫は自分のことが嫌いらしい。

BL / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:217

「結婚するんだ」はにかむ貴方がいった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:48

蒼い海 ~女装男子の冒険~

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:404pt お気に入り:36

弱みを握られた僕が、毎日女装して男に奉仕する話

BL / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:10

処理中です...