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ビリヤード
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「ねえ。僕にもルールを教えてよ」
ジョナサン邸の一室に設えられたビリヤード台の前で、レイモンドは目を輝かせる。
ケイムは気前よくレイモンドにキューを差し出した。
「いいか、この白い球と色つきの球の間に線を思い浮かべるんだ。ちょうどこのあたりを」
ケイムは丁寧にレイモンドに説明をしている。
「的球をサイドポケットに落とす。これがストレイショット」
ケイムは手本を見せた。
玉は軽快にポケットに落ちていく。
「わかったよ。この棒で白い玉を突いたら良いんだね」
大人の仲間入りが出来たことに、レイモンドは上機嫌だ。
「そうだよ、レイモンド」
まるで貴族の嗜みを教える父親のようだ。
勉強や躾は父母からだが、遊びはジョナサンから覚えることが多い。
幼いアリアは、この「悪いオジサマ」からあらゆる遊びを教わった。観劇にも動物園にも連れてもらったし、ボクシング観戦などしたときは、後でオジサマはイザベラからお小言を食らっていた。賭け事まで見せるなんて、子供にはまだ早いと。
すっかり家族の一員のような顔で、叱られてしょんぼりしていたっけ。
アリアは壁に背中をつけながら、遠巻きにぼんやりとそんなことを思い出していた。
今日は、アリアはあくまで付き添いだ。
「ジョナサン卿は、どなたか好い人はいないの? 」
キューの突き方を教わる合間、レイモンドは尋ねた。
「何だ、いきなり」
八歳の子供の一丁前な口のきき方に、ケイムは眉をひそめる。
「『ヴェリス伯爵未亡人なんて、どうですか? 素敵な方でしょう? まだ二十代だし。黒髪は艶やかだし、猫目石のような瞳は美しいし。何より男爵好みの胸の大きさ』」
レイモンドは器用に手球を突き、的球がコロコロとサイドポケットに落ちる。
レイモンドの髪をくしゃくしゃに撫でてから、ケイムは苦笑いする。
「おい。アークライトに言わされたな」
「彼女の名を出せと、しつこくて」
あっさりとレイモンドは暴露した。
「俺はしばらく女はいらねえな」
意味深にアリアをチラリと見やる。
彼の真意が図れず、アリアは顔を背けた。
「アリアもやってみるか? 」
キューが差し出される。
「い、いえ。私は」
遠巻きに彼を見つめるだけで充分。アリアは顔の前で大きく左右に手を揺らした。
「お姉様、教えてもらいなよ」
「で、でも」
彼に近寄れば、底なし沼に引き摺り込まれるのは目に見えている。だから、こうして距離を取っているというのに。
「アリア。来い」
容赦なくケイムが踏み込んでくる。
彼の声はアリアの否定を許さない。
頷くしか出来なかった。
ジョナサン邸の一室に設えられたビリヤード台の前で、レイモンドは目を輝かせる。
ケイムは気前よくレイモンドにキューを差し出した。
「いいか、この白い球と色つきの球の間に線を思い浮かべるんだ。ちょうどこのあたりを」
ケイムは丁寧にレイモンドに説明をしている。
「的球をサイドポケットに落とす。これがストレイショット」
ケイムは手本を見せた。
玉は軽快にポケットに落ちていく。
「わかったよ。この棒で白い玉を突いたら良いんだね」
大人の仲間入りが出来たことに、レイモンドは上機嫌だ。
「そうだよ、レイモンド」
まるで貴族の嗜みを教える父親のようだ。
勉強や躾は父母からだが、遊びはジョナサンから覚えることが多い。
幼いアリアは、この「悪いオジサマ」からあらゆる遊びを教わった。観劇にも動物園にも連れてもらったし、ボクシング観戦などしたときは、後でオジサマはイザベラからお小言を食らっていた。賭け事まで見せるなんて、子供にはまだ早いと。
すっかり家族の一員のような顔で、叱られてしょんぼりしていたっけ。
アリアは壁に背中をつけながら、遠巻きにぼんやりとそんなことを思い出していた。
今日は、アリアはあくまで付き添いだ。
「ジョナサン卿は、どなたか好い人はいないの? 」
キューの突き方を教わる合間、レイモンドは尋ねた。
「何だ、いきなり」
八歳の子供の一丁前な口のきき方に、ケイムは眉をひそめる。
「『ヴェリス伯爵未亡人なんて、どうですか? 素敵な方でしょう? まだ二十代だし。黒髪は艶やかだし、猫目石のような瞳は美しいし。何より男爵好みの胸の大きさ』」
レイモンドは器用に手球を突き、的球がコロコロとサイドポケットに落ちる。
レイモンドの髪をくしゃくしゃに撫でてから、ケイムは苦笑いする。
「おい。アークライトに言わされたな」
「彼女の名を出せと、しつこくて」
あっさりとレイモンドは暴露した。
「俺はしばらく女はいらねえな」
意味深にアリアをチラリと見やる。
彼の真意が図れず、アリアは顔を背けた。
「アリアもやってみるか? 」
キューが差し出される。
「い、いえ。私は」
遠巻きに彼を見つめるだけで充分。アリアは顔の前で大きく左右に手を揺らした。
「お姉様、教えてもらいなよ」
「で、でも」
彼に近寄れば、底なし沼に引き摺り込まれるのは目に見えている。だから、こうして距離を取っているというのに。
「アリア。来い」
容赦なくケイムが踏み込んでくる。
彼の声はアリアの否定を許さない。
頷くしか出来なかった。
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