【完結】恋愛小説家アリアの大好きな彼

氷 豹人

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悲しみのアリア

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 ケイムの笑った顔が一番好きだ。
 片手でグラスに注いだワインを揺らし、葉巻をくわえて陽気に喋っている。特に酒と競馬の話題になるといきいきしだして、垂れがちな深く青い瞳が細くなる。
 悲しみしか湧かない今、せめて何か楽しいことでも考えていようとしたら、やっぱりケイムのことしか浮かばず、泣き笑いみたいになってしまった。
「何を薄ら笑いしているんだ」
 貸し馬車の安っぽい造りにいらいらしながら、セディはムスッと言い捨てる。
 贅沢に慣れ切ったお坊っちゃまには、薄い布張りのごつごつした、ろくにクッションもない客車キャビンは耐え難いようだ。
 だからといって、勘当された身では、自由に使える金がない。手切れとして渡された金は、遊びと行きずりの女のところに転がり込んだ際のチップで、ほぼ使い果たしてしまった。
「お前はこれから、鍛冶屋結婚するんだからな」
 鍛冶屋結婚については、アリアも聞いたことがある。
 だが、それはどこか遠い国の話としてしか記憶に残っていない。
「嘘でしょ! 」
「うるさい」
「どうしてこんな目に」
 まさか自分の身に降りかかるなんて。
「泣いても誰も助けには来ない。諦めるんだな」
 セディは窮屈に脚を組むと、気だるげに壁に寄りかかった。
「これから二日後には、僕らは晴れて夫婦だ」
 つまり、逃げる猶予は二日しかない。
 いや、二日あればどうにか隙をつけるかも。
 希望がアリアに光を差す。
「こんなこと、よくないわ」
「教育者にでもなったつもりか? 」
 セディは鼻に皺を寄せて、この上ない不快となる。
 甘やかされて育った彼だから、良し悪しの判断がつかないらしい。だから、このような大ごとを平然と仕出かす。
 アリアは軽蔑し、睨みつけた。
「何だ、その目は」
 セディが拳を振り上げる。
 殴られる! 
 咄嗟に身を竦めるアリア。
 が、ガクンと車体が揺れ、二人はよろめいた。
 小石が車輌に噛んで、箱車は右へ左へと傾く。
「くそっ! 物凄い道だ。他の連中は、本当にこんな道を辿っているのか? 」
 壁によたよたと頭をぶつけ、セディはいらいらと吐き捨てた。
 王都とは違って潤沢な予算の取られていない田舎道は、窪みがそこかしこにあり、そこに車輌が入り込んで、そのたびに大きく跳ねる。
「おい。もっと上手く扱え」
 中からセディが文句を言うと、御者はせせら笑った。
「旦那。文句があるなら、もっとちゃんとした馬車を雇いな」
 金さえ積めば、豪奢で腕の立つ馬車を雇える。
 僅かな金しか出さないため、品位もそれなりだ。御者もそこのところは心得ている。
「おい。取り敢えず、ここで停めろ」
 セディは御者に命じた。
 目の前には、古びた宿屋がポツンと建っていた。木の壁は手入れが全くされておらず、ペンキが剥がれ黒っぽく変色して今にも捲れそうだ。入り口までの階段もところどころ腐食し、うっかりすると踏み抜いてしまう。
 何か別の仕事をしているついでといった感じで、あまり熱心な経営の仕方ではない。
 強引にアリアを引き摺り下ろすと、セディは御者に幾枚かの銀貨を差し出す。
「帰れ」  
 一言。 
 御者はニタニタし、後のことは知らんとばかりにさっさと帰って行った。
「こ、こんなところでどうする気? 」
「あんな道、耐えられないに決まってるだろ。今日のところは、やめだ。」
 さっさと根を上げ、セディは宿屋で休む選択を取る。 
 宿屋の主人は、客をニタニタ笑いで出迎える。このような辺鄙な場所の宿を利用するなんて、訳ありしかいない。
「部屋を一つ」
 ムッツリしながらセディは主人に命じた。 
 たちまちアリアが気色ばむ。
「なっ! 何故! 」
「これから夫婦になるんだ。当たり前だろ」
「い、いや! 」
「黙ってろ! 」
 カウンターの前での男の横柄さに、さすがの主人も眉をひそめざるを得ない。
「おいおい、旦那。あんた、まさかよからぬことしてるんじゃないだろうな」
「喧しい! 黙れ! 」
「こっちはまだ王都の管轄なんだ。警察が絡むような真似はよしてくれよ」
 まだ隣の地域にも入らないうちに、セディは悪路に弱音を吐いたのか。
「さっさと部屋を用意しろ」
 宿帳に名前を書き込む。前回の宿泊者からおよそ半年以上が開いている。どれくらい客がいないか一目瞭然だ。
 セディはアリアの襟首を掴むや、引き寄せる。
「いやあ! 」
「逃げるな! 」
 ずるずると引き摺られたアリアは、一番手前の部屋に投げ捨てられた。







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