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真夜中の詰問
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「で、何が胎教に悪いって? 」
夕食は表向きは和やかに進んだものの、寝室に入った途端、ケイムの顔から笑顔が消えた。
「何が不安だ。言ってみろ」
洗いざらしのシーツに体を横たえるなり、ぽんぽんと空いたスペースを叩く。
昔よくしたように、添い寝したいアリアに遠慮するなと誘う仕草だ。
彼はアリアを子供扱いで宥めすかせる算段だ。
「私は子供じゃないわよ」
「それなら、順序よく話せるよな」
アリアはムスッとしたまま、その空いた場所に体を収めた。
背中に彼の鍛え抜いた胸筋が当たる。伸ばした手がアリアの重たいお腹を円く描いた。
「浮気してないの? 」
「してるわけないだろ」
即答される。
ミス・レイチェルはケイムはアリアしか見ていないと断言したが、まだエマリーヌの忠告が引っ掛かっている。
「急に何でそんな話を」
「だって、エマリーヌが」
「どうせ、妊娠中に妻とセックス出来ない夫が他の女に手え出すとか、くだらねえ話だろ」
「くだらなくはないわ」
「アリアだけだ。それから、セラフィも」
「セラフィ? もしかして、もう赤ちゃんの名前を決めたの? 」
ぎょっとアリアは目を剥き、首だけケイムに振り返る。今まで彼はそんなこと一言も口にしたことがなかった。
ケイムはいつになく優しい目をしている。
「ああ。祈りの天使から少々拝借した」
「セラフィエルね」
「ああ。お前はヴァシアリアから拝借されたんだろ」
「慈悲を司る天使? 由来なんて聞いたことないわ」
生みの母も血縁の父も、とっくに亡くなってしまったのだから。
彼は文字に携わるだけあって、想像力が豊かだ。
「セラフィ。素敵ね」
「ああ。良い名前だろ? 」
「ええ」
アリアは満足感でいっぱいになり、頷く。
同時に、彼が他の女性のことで浮ついていないことを確信した。
腹部を撫でる大きな手に、アリアは手を重ねる。温かみのある、優しい手だ。昔からこの手がアリアの不安な雲を蹴散らしてくれていた。
「どうして私をそんなに屋敷から追い出そうとするの? 」
アリアは疑問を口にする。
ぴくり、とケイムに緊張が走った。
「何が起こってるの? 」
「……別に何もねえよ」
ようやく、といった具合にケイムは否定する。だが、声の掠れは隠しようがない。
「ミス・レイチェルが言っていたわ。ケイムは仕事で恨みを買うことが多いんでしょ」
「あの女、余計なことを」
ケイムが歯軋りする。
「気にするな」
「気にするわよ」
「仕事ならありがちなことだ。大したことじゃねえよ」
言葉とは裏腹に、ケイムの体はだんだん強張っていくのがわかった。
何か良くないことが彼を取り巻いているのだ。
しかし、頑として口を割らない。
アリアを不穏から遠ざけようとしているのだ。
今までのアリアなら、ケイムに反発して自ら火中に飛び込んでいたはずだ。
しかし、今や自分だけの体ではない。
守らなければならない者がいる。
アリアはケイムの手ごと、お腹を上下に撫でた。
夕食は表向きは和やかに進んだものの、寝室に入った途端、ケイムの顔から笑顔が消えた。
「何が不安だ。言ってみろ」
洗いざらしのシーツに体を横たえるなり、ぽんぽんと空いたスペースを叩く。
昔よくしたように、添い寝したいアリアに遠慮するなと誘う仕草だ。
彼はアリアを子供扱いで宥めすかせる算段だ。
「私は子供じゃないわよ」
「それなら、順序よく話せるよな」
アリアはムスッとしたまま、その空いた場所に体を収めた。
背中に彼の鍛え抜いた胸筋が当たる。伸ばした手がアリアの重たいお腹を円く描いた。
「浮気してないの? 」
「してるわけないだろ」
即答される。
ミス・レイチェルはケイムはアリアしか見ていないと断言したが、まだエマリーヌの忠告が引っ掛かっている。
「急に何でそんな話を」
「だって、エマリーヌが」
「どうせ、妊娠中に妻とセックス出来ない夫が他の女に手え出すとか、くだらねえ話だろ」
「くだらなくはないわ」
「アリアだけだ。それから、セラフィも」
「セラフィ? もしかして、もう赤ちゃんの名前を決めたの? 」
ぎょっとアリアは目を剥き、首だけケイムに振り返る。今まで彼はそんなこと一言も口にしたことがなかった。
ケイムはいつになく優しい目をしている。
「ああ。祈りの天使から少々拝借した」
「セラフィエルね」
「ああ。お前はヴァシアリアから拝借されたんだろ」
「慈悲を司る天使? 由来なんて聞いたことないわ」
生みの母も血縁の父も、とっくに亡くなってしまったのだから。
彼は文字に携わるだけあって、想像力が豊かだ。
「セラフィ。素敵ね」
「ああ。良い名前だろ? 」
「ええ」
アリアは満足感でいっぱいになり、頷く。
同時に、彼が他の女性のことで浮ついていないことを確信した。
腹部を撫でる大きな手に、アリアは手を重ねる。温かみのある、優しい手だ。昔からこの手がアリアの不安な雲を蹴散らしてくれていた。
「どうして私をそんなに屋敷から追い出そうとするの? 」
アリアは疑問を口にする。
ぴくり、とケイムに緊張が走った。
「何が起こってるの? 」
「……別に何もねえよ」
ようやく、といった具合にケイムは否定する。だが、声の掠れは隠しようがない。
「ミス・レイチェルが言っていたわ。ケイムは仕事で恨みを買うことが多いんでしょ」
「あの女、余計なことを」
ケイムが歯軋りする。
「気にするな」
「気にするわよ」
「仕事ならありがちなことだ。大したことじゃねえよ」
言葉とは裏腹に、ケイムの体はだんだん強張っていくのがわかった。
何か良くないことが彼を取り巻いているのだ。
しかし、頑として口を割らない。
アリアを不穏から遠ざけようとしているのだ。
今までのアリアなら、ケイムに反発して自ら火中に飛び込んでいたはずだ。
しかし、今や自分だけの体ではない。
守らなければならない者がいる。
アリアはケイムの手ごと、お腹を上下に撫でた。
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