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敵との対峙
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「イヴリン? 誰だ、そいつは? 」
ケイムは眉間に縦皺を入れた。
彼の記憶の中に、そのような女性はいない。
「ラム家にかつて入っていたメイドだ」
ルミナスが補足する。
ますますケイムの縦皺が濃くなった。
「何でメイドが俺を拉致するんだよ」
「事態は根深い」
「解雇された原因が俺のせいだって? 」
「そうだ」
「何でだよ。発端はラムのクソガキだろ」
「そうは思っていないらしいな」
「そもそも、メイドが何でそうしゃしゃり出るんだよ」
「どうやら、ラムの長男の愛人だったようだ」
ケイムはこの上なく不快な息を鼻から吐くと、ぐしゃぐしゃと前髪を掻き乱した。斜めに分けている髪が眉毛にかかり、いつにも増してボサボサに乱れる。
「ふん。ラムの長男を路頭に迷わせたのが、俺のせいだって? 」
何も置かれていない空間の土壁に、ケイムはシャツが汚れるのも構わず背中をつけ、胡座をかいた。
「逆恨みもいいとこだな」
言いながら胸元から取り出した葉巻を咥える。
と、アリアの膨れた腹を横目し、火を点ける前に再び懐に仕舞い込んだ。
そういえば、アリアが葉巻の煙でむせ込んで以来、彼はアリアの前で煙草を吸ったことがない。
「逆恨みなんて、よく言えたわね」
不意にアリアの背後から低めの女の声が上がった。
何本か白髪の混じった黒髪を腰まで伸ばした、女性の平均よりやや高めの身長の女が仁王立ちしていた。
獲物に狙いをつけた鳶のように鋭く尖った双眸で、すっと通った鼻筋や細長い顎、頬骨の際立つ輪郭、ほっそりと長い首。ドレスを身につけていてもよくわかる痩せた体は、黒無地の麻のせいで極めて強調されている。
アリアには見覚えがある。
ショコラ・ブティックですれ違った記者風の男だ。
変装して、アリアを張っていたのだ。
「お前がイヴリンか? 」
注意深くケイムは尋ねた。
「あの人は、爵位を継いだら私を迎えに行くと約束してくれたのよ」
イヴリンは質問には答えず、勝手に話し始めた。
「母が娼婦でも構わない。身分なんて気にしないと」
それは、サイラスがイヴリンを遠ざけるための方便だ。サイラスは、イヴリンの存在自体、当初、忘れていた。
「私はこの屋敷で、あの人をずっと待っていたの」
しかし、イヴリンはサイラスの本心など知らない。
彼の適当に発した言葉を信じていた。
信じて、ずっと、この廃屋で愛した男の訪れを待っていたのだ。
「それなのに。あんた達が、全てぶち壊したのよ」
イヴリンは未だに来ないサイラスが、アリア達のせいだと決めつけている。
鳶のような眼光がますます鋭さを増した。
「現実を見たまえ」
ルミナスは憐憫の眼差しをイヴリンに向けた。
アリアも同様に、ぎゅっと胸を絞られる。
サイラスと直接話をしたから、余計に、彼女の一途さが気の毒に思えてならない。
「あの人は私を迎えに来るために、奔走しているの」
「正気になりたまえ、君」
「私の母も、父と幸せになるはずだったの。父さえ死ななければ」
彼女は両親と自分の恋愛を重ねて見ていた。
確かにエイベル男爵は、イヴリンの母に心酔していただろう。
だが、イヴリンの愛する男が父と同じ思考とは限らない。
「でも、あの人は生きてる。だから、私はもうすぐ幸せになるの」
彼女は、愛する男が父と同じような一途さを持っているのだと疑わない。
「忌々しいあんた達さえいなくなればね」
ギラリ、とイヴリンの眼が光った。
ケイムは眉間に縦皺を入れた。
彼の記憶の中に、そのような女性はいない。
「ラム家にかつて入っていたメイドだ」
ルミナスが補足する。
ますますケイムの縦皺が濃くなった。
「何でメイドが俺を拉致するんだよ」
「事態は根深い」
「解雇された原因が俺のせいだって? 」
「そうだ」
「何でだよ。発端はラムのクソガキだろ」
「そうは思っていないらしいな」
「そもそも、メイドが何でそうしゃしゃり出るんだよ」
「どうやら、ラムの長男の愛人だったようだ」
ケイムはこの上なく不快な息を鼻から吐くと、ぐしゃぐしゃと前髪を掻き乱した。斜めに分けている髪が眉毛にかかり、いつにも増してボサボサに乱れる。
「ふん。ラムの長男を路頭に迷わせたのが、俺のせいだって? 」
何も置かれていない空間の土壁に、ケイムはシャツが汚れるのも構わず背中をつけ、胡座をかいた。
「逆恨みもいいとこだな」
言いながら胸元から取り出した葉巻を咥える。
と、アリアの膨れた腹を横目し、火を点ける前に再び懐に仕舞い込んだ。
そういえば、アリアが葉巻の煙でむせ込んで以来、彼はアリアの前で煙草を吸ったことがない。
「逆恨みなんて、よく言えたわね」
不意にアリアの背後から低めの女の声が上がった。
何本か白髪の混じった黒髪を腰まで伸ばした、女性の平均よりやや高めの身長の女が仁王立ちしていた。
獲物に狙いをつけた鳶のように鋭く尖った双眸で、すっと通った鼻筋や細長い顎、頬骨の際立つ輪郭、ほっそりと長い首。ドレスを身につけていてもよくわかる痩せた体は、黒無地の麻のせいで極めて強調されている。
アリアには見覚えがある。
ショコラ・ブティックですれ違った記者風の男だ。
変装して、アリアを張っていたのだ。
「お前がイヴリンか? 」
注意深くケイムは尋ねた。
「あの人は、爵位を継いだら私を迎えに行くと約束してくれたのよ」
イヴリンは質問には答えず、勝手に話し始めた。
「母が娼婦でも構わない。身分なんて気にしないと」
それは、サイラスがイヴリンを遠ざけるための方便だ。サイラスは、イヴリンの存在自体、当初、忘れていた。
「私はこの屋敷で、あの人をずっと待っていたの」
しかし、イヴリンはサイラスの本心など知らない。
彼の適当に発した言葉を信じていた。
信じて、ずっと、この廃屋で愛した男の訪れを待っていたのだ。
「それなのに。あんた達が、全てぶち壊したのよ」
イヴリンは未だに来ないサイラスが、アリア達のせいだと決めつけている。
鳶のような眼光がますます鋭さを増した。
「現実を見たまえ」
ルミナスは憐憫の眼差しをイヴリンに向けた。
アリアも同様に、ぎゅっと胸を絞られる。
サイラスと直接話をしたから、余計に、彼女の一途さが気の毒に思えてならない。
「あの人は私を迎えに来るために、奔走しているの」
「正気になりたまえ、君」
「私の母も、父と幸せになるはずだったの。父さえ死ななければ」
彼女は両親と自分の恋愛を重ねて見ていた。
確かにエイベル男爵は、イヴリンの母に心酔していただろう。
だが、イヴリンの愛する男が父と同じ思考とは限らない。
「でも、あの人は生きてる。だから、私はもうすぐ幸せになるの」
彼女は、愛する男が父と同じような一途さを持っているのだと疑わない。
「忌々しいあんた達さえいなくなればね」
ギラリ、とイヴリンの眼が光った。
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