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雌犬の咆哮1

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 結局のところ、シェルビーは非道にはなれない。
 アレクサンドラを破滅させる男なのに。
 ザクシスはシェルビーの拳銃を取り上げるなり、すぐさまそれを床へと滑らせた。拳銃は引っ張られるようにドアの前へと流れていく。
「は、離せ」
 武器を取り上げたというのに、ザクシスはシェルビーの手首を掴んだままだ。
「離してほしければ、膝蹴りでもしたらいいだろ」
 挑発的な眼差し。
 シェルビーは膝を折り曲げた。
「くっ……」
 が、膝頭はついにザクシスの鳩尾には入らなかった。
 やはり抵抗出来ない。
 シェルビーの本心は、ザクシスに組み敷かれることを待ち望んでいる。
 代わって、涙がみるみるうちに眦に溜まり、零れ落ちた。
「泣かないで…シェルビー」
 ザクシスは口を近づけるなり、舌先で涙を掬い取る。
「僕はあなたと添い遂げるつもりで、あなたを抱くんだよ」
 禁止薬物を嗅いだかのごとく、頭がくらくらして、思考が回らない。鼓膜を震わせるザクシスの声はまさに悪魔の囁き。
「私は悪事に加担する気はない」
 血が滲むくらい奥歯を噛み締めていないと、つい、首を縦に振ってしまいかねない。
「ましてや、アレハンドラの皆んなを傷つける野郎なんか」
「傷つけないよ。何か誤解しているね」
 ザクシスは可笑しそうに声を揺すった。
「金で権利を買おうって持ち掛けてるんだよ」
 つまり、この町全体を買収しようとしているのだ。
 ますますシェルビーの眼光が鋭くなる。
「ある程度は、そちらの言い値に従う。勿論、坑夫は今まで通り、うちの会社で雇うよ」
 彼は営業マンのように、舌先を滑らかに話を進める。
 またしても頷きかけて、慌ててシェルビーは首を横に振った。
「せっかく機関車の駅があるんだ。いづれは観光にも力を入れて。そうなると、より町は活気づく」
 今の段階では、いつまでたっても鉱山を掘るしか生きていく道がない。痛いところを突かれる。
「賑やかになれば、保安官も配置されるだろう。治安もぐっと良くなる」
 町を悩ませる件も解決策を提案された。
「ね? 悪い話じゃないだろ? 」
「う、裏があるはずだ。そんな、いい話ばっかり聞かされても」
 騙されるもんか。シェルビーは奥歯を噛んで踏みとどまる。
「頑固だな」
 やれやれ、とザクシスが肩を竦める。
「そ、それに。また勝手にいなくなる気だろ」
 言ってしまってから、これが自分を意固地にさせている原因であるとシェルビーは自覚した。
「私がどんな気持ちで、この十日間を過ごしたか」
 これがザクシスに一番言いたかった言葉だ。
 取り残された孤独。
 そんな気持ちに寄り添いもしない彼。
 なんて自分勝手な男だろう。
 再会の喜びよりも、非難がどんどん溢れて、ダムが崩壊するように我慢していた涙がどっと流れて顔をぐしゃぐしゃに濡らす。
「ああ。泣かないで、シェルビー。ごめんよ。だけど、仕方なかったんだ。あの後、すぐにスペンサーの遣いが迎えに来て」
 真っ赤になり、涙で目が開けられず、鼻水まで垂れて、お芝居のような美しい泣き顔なんてものじゃない。醜くくしゃくしゃになった顔だ。
 それなのに、ザクシスは愛おしそうに眦にキスを落とす。
「決してあなたを放っておいたつもりはない」
 囁く声は甘くて、愛を語っているとすら錯覚してしまう。





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