アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

文字の大きさ
17 / 186

第17話「嵐山VS『パンドラの箱』②」

しおりを挟む

  五月十三日(金)十八時三十九分 駅北口裏通り 廃ビル前

 赤茶色の四階建てビル、その屋上から黒い煙が立ち昇っていた。
 街ゆく人々が次々と野次馬と化し、ビルの様子を撮影しては興奮のあまり声を上げている。
 こういう場合に警察や消防隊に電話をするよりも、自らが遭遇した非日常を記録する方を優先するのが、果たして普通といえるのか。
 普通とは、一体なんなのか。
 そんな疑問を、嵐山楓は持ちえない。
「——もしもし、消防ですか? 今、〇×駅の近くのビルで黒い煙が上がっていまして。…ええ。…ええ。警察はまだです。…ええ。…嵐山楓です。…はい。よろしくお願いします。」
 嵐山楓は携帯を切った。

  五月十三日(金)十八時四十八分 駅北口裏通り・廃ビル(屋上)

「ちっ。すげぇ煙だなぁ。」
 屋上への扉を開けた途端、おびただしい量の煙が風祭(かざまつり)匁にまとわりついてきた。
 風祭匁は思わず腕で口元を抑え、目を瞑る。
「なにが起こってんのかわけわかんねぇが、エーラ(・・・)は感じねぇし、さっさとこいつを止めなくちゃあな。」
 風祭匁は消火器を探すために、踵を返した。

  五月十三日(金)十八時四十八分 駅北口裏通り・廃ビル(二階)

「! タクトっ‼」
 白衣の男が叫んぶと同時に、嵐山楓は部屋へ侵入し、中央へ置かれたテーブルの上へと飛び乗った。
 その体からは、先ほどまで漲っていたエネルギーが消えかけていた。
 (この俺が、ここまで接近されるまで気付かないとは……)
 (エーラ・・・がほとんどない……。あの民衆はミスリード——)
 白衣の男は自責し、神代託人は思考する。
 その場の全員の視線が一瞬、嵐山楓に注がれる。
 その一瞬早く、嵐山楓は動き出した。
 (これで一回。)
 両手に隠し持っていた白い粉塵を撒き散らす。
 粉塵は一瞬にして部屋中に拡がり、嵐山楓以外の・・・その場の者全ての視界を奪った。
 その頃には、嵐山楓は次の行動に移っていた。
 テーブルから跳躍し、神室秀青の身柄を確保。
 彼を脇に抱えて部屋の出口に向かって走っていた。
 (目潰し? 煙幕? マズい!)
 自身の思考により一瞬の判断が遅れた神代託人が叫ぶ。
「——入り口っ!」
 その叫びに場の全員が反応し、白衣の男が動き出す。
 わずか三文字の単語を一瞬で理解し、視覚に頼ることなく的確に嵐山楓の行く手を阻めるのは、エーラ・・・の探知力にこの場で最も秀でている彼だけであった。
「……お前、あらしやまぐっ…」
 大粒の涙を流して開いた神室秀青の口を、嵐山楓は塞ぐ。
「口を閉じろ。」
 声を潜める彼の行動は、今現在の自身の位置を特定されないためのものではない。
「『鍵』を置いていけ。」
 入り口と嵐山楓の間に、白衣の男が立ち塞がる。
 それでも嵐山楓は一瞬たりとも足を止めない。
 (…インパクトの瞬間に……)
 嵐山楓は極めて冷静かつ沈着に体勢を低くし、回転を加えて白衣の男に足払いをかけた。
 (次の行動が早い!)
 白衣の男は宙を舞い床に落ちる。
 嵐山楓はそれを見向きもせずに駆ける。
 ようやく視界を確保した神代託人が彼を追って部屋を出る。
 古い建物。
 足音は廊下中に響いていた。
 その音が示すのは、上階へと通じる階段。
 (声を潜めさせたのに足音が丸聞こえ——これもミスリード? 彼は上か下かの選択を迫っている——)
 これが狙い。
 否、ここまでは嵐山楓も想定していなかった。
 何かを匂わすだけ。
 気付かれぬギリギリの範疇。
 司令塔の思考を揺さぶれれば儲けもの。
 それだけだった。
 しかし。
「みんなは一階へ急いで! 僕は上へ行く!」
 しかし神代託人はその思慮深さから、嵐山楓の想定を大きく上回る誤算をしていた。
 その頃、嵐山楓は四階へと進んでいた。
 彼はこの一瞬の僅かな策により、大きなアドバンテージを獲得していた。
 しかし、それはあくまで人数的な意味合いにしか過ぎない。
 神代託人に追われることがそのアドバンテージを打ち消し得るほどの脅威であることに、しかし彼は現時点の状況を含め気付いていない。
 無論、神代託人は足音を極力出さずに行動している。
 今後もその事に気付けようはずもないだろう。
 獲得したアドバンテージ、それを打ち消す脅威、これらに気付かない彼の現状が、吉と出るか凶と出るか。
 (何人来ている? 全員か……最低四人ほど、か。)
 嵐山楓が現状を推察しつつも屋上への扉を開けた。
「!」
 嵐山楓が足を止めた。
 屋上から舞っているはずの黒煙が消えていた。
 そして。
「なんだよ、火ぃ起こってねぇじゃねぇかよ——っ!」
 消火器を片手に携えて立っていた風祭匁と目が合った。
 瞬間——風祭匁が動き出した。

  五月十三日(金)十八時五十四分 駅北口裏通り・廃ビル(屋上)
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...