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第17話「嵐山VS『パンドラの箱』②」
しおりを挟む五月十三日(金)十八時三十九分 駅北口裏通り 廃ビル前
赤茶色の四階建てビル、その屋上から黒い煙が立ち昇っていた。
街ゆく人々が次々と野次馬と化し、ビルの様子を撮影しては興奮のあまり声を上げている。
こういう場合に警察や消防隊に電話をするよりも、自らが遭遇した非日常を記録する方を優先するのが、果たして普通といえるのか。
普通とは、一体なんなのか。
そんな疑問を、嵐山楓は持ちえない。
「——もしもし、消防ですか? 今、〇×駅の近くのビルで黒い煙が上がっていまして。…ええ。…ええ。警察はまだです。…ええ。…嵐山楓です。…はい。よろしくお願いします。」
嵐山楓は携帯を切った。
五月十三日(金)十八時四十八分 駅北口裏通り・廃ビル(屋上)
「ちっ。すげぇ煙だなぁ。」
屋上への扉を開けた途端、おびただしい量の煙が風祭(かざまつり)匁にまとわりついてきた。
風祭匁は思わず腕で口元を抑え、目を瞑る。
「なにが起こってんのかわけわかんねぇが、エーラ(・・・)は感じねぇし、さっさとこいつを止めなくちゃあな。」
風祭匁は消火器を探すために、踵を返した。
五月十三日(金)十八時四十八分 駅北口裏通り・廃ビル(二階)
「! タクトっ‼」
白衣の男が叫んぶと同時に、嵐山楓は部屋へ侵入し、中央へ置かれたテーブルの上へと飛び乗った。
その体からは、先ほどまで漲っていたエネルギーが消えかけていた。
(この俺が、ここまで接近されるまで気付かないとは……)
(エーラがほとんどない……。あの民衆はミスリード——)
白衣の男は自責し、神代託人は思考する。
その場の全員の視線が一瞬、嵐山楓に注がれる。
その一瞬早く、嵐山楓は動き出した。
(これで一回。)
両手に隠し持っていた白い粉塵を撒き散らす。
粉塵は一瞬にして部屋中に拡がり、嵐山楓以外のその場の者全ての視界を奪った。
その頃には、嵐山楓は次の行動に移っていた。
テーブルから跳躍し、神室秀青の身柄を確保。
彼を脇に抱えて部屋の出口に向かって走っていた。
(目潰し? 煙幕? マズい!)
自身の思考により一瞬の判断が遅れた神代託人が叫ぶ。
「——入り口っ!」
その叫びに場の全員が反応し、白衣の男が動き出す。
わずか三文字の単語を一瞬で理解し、視覚に頼ることなく的確に嵐山楓の行く手を阻めるのは、エーラの探知力にこの場で最も秀でている彼だけであった。
「……お前、あらしやまぐっ…」
大粒の涙を流して開いた神室秀青の口を、嵐山楓は塞ぐ。
「口を閉じろ。」
声を潜める彼の行動は、今現在の自身の位置を特定されないためのものではない。
「『鍵』を置いていけ。」
入り口と嵐山楓の間に、白衣の男が立ち塞がる。
それでも嵐山楓は一瞬たりとも足を止めない。
(…インパクトの瞬間に……)
嵐山楓は極めて冷静かつ沈着に体勢を低くし、回転を加えて白衣の男に足払いをかけた。
(次の行動が早い!)
白衣の男は宙を舞い床に落ちる。
嵐山楓はそれを見向きもせずに駆ける。
ようやく視界を確保した神代託人が彼を追って部屋を出る。
古い建物。
足音は廊下中に響いていた。
その音が示すのは、上階へと通じる階段。
(声を潜めさせたのに足音が丸聞こえ——これもミスリード? 彼は上か下かの選択を迫っている——)
これが狙い。
否、ここまでは嵐山楓も想定していなかった。
何かを匂わすだけ。
気付かれぬギリギリの範疇。
司令塔の思考を揺さぶれれば儲けもの。
それだけだった。
しかし。
「みんなは一階へ急いで! 僕は上へ行く!」
しかし神代託人はその思慮深さから、嵐山楓の想定を大きく上回る誤算をしていた。
その頃、嵐山楓は四階へと進んでいた。
彼はこの一瞬の僅かな策により、大きなアドバンテージを獲得していた。
しかし、それはあくまで人数的な意味合いにしか過ぎない。
神代託人に追われることがそのアドバンテージを打ち消し得るほどの脅威であることに、しかし彼は現時点の状況を含め気付いていない。
無論、神代託人は足音を極力出さずに行動している。
今後もその事に気付けようはずもないだろう。
獲得したアドバンテージ、それを打ち消す脅威、これらに気付かない彼の現状が、吉と出るか凶と出るか。
(何人来ている? 全員か……最低四人ほど、か。)
嵐山楓が現状を推察しつつも屋上への扉を開けた。
「!」
嵐山楓が足を止めた。
屋上から舞っているはずの黒煙が消えていた。
そして。
「なんだよ、火ぃ起こってねぇじゃねぇかよ——っ!」
消火器を片手に携えて立っていた風祭匁と目が合った。
瞬間——風祭匁が動き出した。
五月十三日(金)十八時五十四分 駅北口裏通り・廃ビル(屋上)
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