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第23話「性的欲求の波動」
しおりを挟む五月十四日(土)十一時八分 国道・〇×号線
「五年前…九歳…まさか……」
背中から生温かい嫌な汗が噴き出てくる。
「察しが良いねー。そう、その少年の名は神代託人。君が昨日会った、現『パンドラの箱』のリーダーだよ。」
思い出す。
ねっとりとした、纏わりつくようなあの気配を……。
車が左折し、山の麓へ入った。
随分道が悪く、時折砂利に跳ね上げられながらも車は進んでいく。
「被害者は神代託人の両親、兄、姉、弟、妹の六名。遺体はどれも酷く損傷しており、体内から見つかった睡眠薬の成分や死亡推定時刻などから、逆算的に被害者は全員、睡眠薬を飲まされ昏睡し、目が覚めた後に両親や上の兄弟は足先から胴体へとゆっくり解体され、下の兄弟は全身の骨を砕かれて殺されたことが分かった。」
砂利道の影響でシモダさんの声が何度も跳ねる。
しかし、そんなことは気にもならない程の残虐な犯行。
まさしく、惨殺。
ただしく、虐殺。
想像しただけで胃液が喉へ駆け上がってくる。
「家の鍵が開かれていたことから当時、警察は強盗による犯行と考え、唯一の生き残りの神代託人に事情聴取を行った。」
シモダさんは構わず続ける。
「ところが、神代託人はいともたやすく犯行を認めたそうだ。「所詮両親も兄弟もみな、有象無象の集合体だった。」、それが犯行動機だったらしい。責任能力の欠如。精神疾患を疑った警察は彼を精神病院へと入院させた。そこで下された診断結果は『至って普通の九歳児』。警察は随分と頭を抱えたらしいが、その後にもっと頭を抱える事件が起こる。」
車が山道に沿ってカーブを繰り返す。
「神代託人を更生施設へ入所させて一週間後、彼は施設を脱走した。問題は脱走したことよりもその手段。監視カメラの映像には、彼が触れた瞬間にコンクリート壁が砂へと変わり、大きな穴が開く映像がしっかりと映っていたんだ。」
コンクリート壁が……砂に?
「職員はすぐに警察へと通報。施設建設に携わった建築業者への連絡、及び監視カメラの映像や使用されていたコンクリート材を何度も検証した。しかし、建築方法や使用された材料に不備は見つからず、映像からもなんらかのトリックの痕跡は見出せなかった。——神代託人は、正真正銘、己の身一つでコンクリートを砂へと変えてみせたんだよ。」
そんな……。
「そんなことって……。そんなの、まるで超能力じゃないですか!」
信じられない、というより。
「君は、身に覚えがあるんじゃないのかい?」
「っ!」
自然と、右腕を見ていた。
……信じたくない。
「信じたくない気持ちはわかるけれど、更生施設のコンクリート壁にしろ、君の右腕にしろ、実際に起こった揺ぎ無き事実であり真実であり現実なんだよ。今も君には視えているんだろ?」
シモダさんは諭すように言う。
「そして、それら超常なる現象には、君が言うところのこの『光みたいなもの』が関わっている。」
ハンドルから左手を離し、俺に見せつけてくる。
光のようなものを纏った手。
「この『光みたいなもの』を僕たちや彼らは、エーラと呼んでいる。」
エーラ……。
あのビルで、神代託人や『パンドラの箱』の連中が発していた単語だ。
「正式名称を『Eros Aura』と言ってねー。『性的欲求の波動』っていう意味なんだけれど、こいつを発している人間は、そういった超常現象を起こせるんだ。」
超常現象……。
やはり認めたくない。
「言っておくけれど、君にもこのエーラは出ているんだよー?」
「は?」
車が止まった。
どうやら、目的地に到着したようだ。
「ちょっと待ってくださいよ。そんなもの、俺の体からは見えないですよ。それに、その、超能力…みたいなものだって、今まで全然……」
「残念だけど、それが出ているんだよねー。それも、恐ろしく巨大な、ね。」
シモダさんがエンジンを止め、鍵を抜き出す。
「さ、着いたよー。降りて降りて。」
シモダさんに促され、車を降りる。
絵の前には、木造の朽ちた建物が経っていた。
二階建ての高さで、所々が腐っているのが見える。
「ここは……」
「『旧・真希老獪人間心理専門学校』。」
後ろから、扉の閉まる音と共に嵐山が答える。
「旧……?」
「さっきの質問への答えなんだけど、このエーラは一部の人間にしか発せられないんだー。特に警察の人間なんかには、ほぼほぼ不可能だ。だから、僕たちが戦っているのさ。国からの勅命だよ。」
シモダさんも車を降りる。
「例の事件の直後、『パンドラの箱』は程なくして結成され、破壊活動に勤しんでいた。国に対して、僕たちは彼らの抑止を名乗り出た。『性的少数派』と『性的多数派』の間の溝をこれ以上深めるわけにはいかなかったからねー。その後、正式に国から命を受けるのに時間はかからなかった。」
シモダさんが俺の前に移動する。
「彼らに対抗するためには、所在を掴まれてはならなかった。その結果として放棄されたのがこの『旧・真希老獪人間心理専門学校』、ってわけさ。」
木造の建物に手を差し出す。
「さて、話はエーラに戻るわけだけれどー。さっきも言ったけど、君にも出てるんだよねー、エーラ。ただ、君には自覚がないだけさ。」
シモダさんの、俺の周囲を見るような視線。
「エーラを視ればわかる。抑制すらされていない無秩序な形、色。無自覚な証拠だよ。」
俺の体からも、この光みたいなものが出ている……。
わけわかんねぇ。
「まぁ、色々駆け足で説明しちゃって、頭の中はパンク寸前だよねー。申し訳ないんだけど、もうちょっと我慢して。あまりゆっくりとしている暇は、実は今はないんだ。」
シモダさんが指先をくるくると回す。
「どういう……ことですか?」
「何度も言うけど、君はその身を狙われている。僕たちとしては、すぐにでもここではなく、今の本拠地の方へと連れていきたいんだけれど、それにはちょっとした問題があってねー。」
シモダさんが片手を広げる。
「さっきも言ったと思うけど、君のエーラは人よりも巨大なんだ。だから、まずは君にエーラの制御を覚えてもらわなければいけない。まぁ、ここからは実演を交えた説明になるから、少しは楽になると思うよ。」
エーラの…制御?
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