アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第28話「美しき男は自身の美貌に酔い痴れる」

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  五月十四日(土)十二時一分 旧・真希老獪人間心理専門学校(教室)

 倒れたシモダさんの後頭部から血と、なにやら出てはいけない白っぽいものが滲み出ていた。
 それを見下ろすように、血の滴った金属製のバットを肩に置く男が立っている。
 百八十センチを下らないであろう高身長な男で、全体的に細い体格だが軽々とバットを扱う様子から決して貧相な体ではないことが窺える。
 その長い手足もさることながら、サラサラな金髪がよく似合う爽やかな顔立ちは、たとえモデルかアイドルだと言われても決して疑うことはないだろう。
 およそ顔の左半分を覆う、多量の返り血がなければ、だが。
「な……な……」
 なんだこいつ⁉
 バットでシモダさんを殴った!
 いきなり!
 敵か⁉
 脳裏に浮かぶあの少年。
 『パンドラの箱』。
 ヤバいヤバいヤバいヤバい‼
 なんでここがバレた⁉
 俺のエーラを辿って⁉
 とにかく逃げないと……いや、シモダさんが倒れて……。
「どうした少年?」
 男がこちらへ歩み寄る。
 あまりのことに体が動かない。
「なぜそんな固まって……ああ。」
 男はなにかに気が付いたように止まる。
「いや、いいんだ少年。言うな、わかっている。確かに、俺のあまりの美しさは、初見だと言葉を失ってしまうよな。まったく、なんたる罪深き男なんだ、俺は。」
 自身の胸に手を当て、もう片方の手のひらをこちらに向けてくる。
 なにを言ってるんだ? こいつは。
 自分に酔ってる?
 わけがわかんない。
「いや……シモダさん……血……」
 なにか反論しようと思ったが、言葉が上手く出てこない。
「血?」
 男はポーズを解き、顔同様返り血が染みている白いワイシャツの胸ポケットから小さな手鏡を取り出して、自らの顔を見る。
「ふむ……」
 そのままの体勢で数秒間、鏡を凝視していたかと思うと、突然。
「あぁっ!」
「⁉」
男は叫んでバットを放り投げ、膝から崩れ落ちると、顔を両手で覆い天を仰ぎ見る。
「なんという…なんということだ! 返り血などという本来畏怖の対象に過ぎんものを顔に浴びただけで、こうも…こうも美しさを増してしまうだなんて! なんて…なんて深い業を背負わされし男! 天はなぜこんな宿命を俺に宿したんだ! 俺が一体なにをしたというんだ!」
 目から涙を流し、天に向かって手を伸ばす。
 危なすぎる。
「こんなヤバい奴に関わってられるか! 俺は帰るぞ!」
 振り返り、教室の出口に向かってダッシュ。
 しようとしたところを、嵐山に肩を掴まれる。
「待て。あの人は確かに危ない人だが、敵ではない。」
「敵じゃ、ない? でも、シモダさんは」
「やー。相変わらず容赦ないねー。」
 背後からのシモダさんの声。
 振り返った先では、シモダさんが膝の埃を払って立っていた。
 いつもの笑顔を浮かべている。
「え、え? どういうこと?」
「驚かせちゃってごめんねー。僕は全然平気だよーん。」
 そう言って、シモダさんはこちらに背を向け、後頭部の髪を、固まり切っていない血ごと掻き分ける。
 傷など一切ない、至って綺麗な頭皮がそこにはあった。
「………。」
 バットで殴られた男が、血を噴き出して倒れる。
 しかし、その男がいとも容易く立ち上がったかと思えば、その身に受けた一切の傷すらも消えてなくなっていた。
 まるで、あの時の俺の右腕のように。
「これで『性癖スキル』の実在を信じてもらえたかなー。」
 シモダさんが振り向き、笑顔を浮かべる。
「……ここまでされたら、信じるしかないですね。」
 この目で見た、唐突な復活劇。
 全ては真実でしかなかった。
「うん、よかったよかった。やっぱ視覚的衝撃の方が説得力あるねー。」
 一人頷くシモダさんに、嵐山が突っかかる。
「にしても、事前予告くらいしてくださいよ。俺も驚きましたよ。」
 シモダさんは両手を広げる。
「いやいやー。こういうのってサプライズが大事だと思うんだよねー。」
「そのサプライズの為だけに、この美しき俺を呼び出すとは…先生もなかなか罪な男ですね。」
 涙を拭って、男が立ちあがる。
「ああだが確かに、俺ほどサプライズに相応しい男はいないがな。俺という男は、存在しているだけで既にこの地上に対するサプライズとなってしまっているから…」
 胸に手を当て、サラッと髪を掻き上げる。
「……なんなんだこの人?」
 嵐山に訊くと、嵐山はいかにも不服そうな表情を浮かべる。
「真希老獪人間心理専門学校の生徒だよ。三年生の美神みかみ𨸶なる先輩。俺たちの二つ上にあたる人だ。」
 げ。
 こんな危ない人までいるのか、その学校は。
「そうそう。彼は我が校の誇るべき生徒の一人なんだー。湖に移る自分に恋をして、キスしようとしたら溺死しかけたという伝説の持ち主なんだよー。」
 ナルキッソスか!
 横目で見たミカミさんは手鏡に映した自分を見て、恍惚の表情を浮かべていた。
 ああ、ナルキッソスか。
「そんなわけで美神君、自分に酔い痴れてるところ悪いんだけど、実は君を呼んだのはサプライズの為だけじゃないんだよねー。」
 シモダさんはミカミさんに振り向く。
 ミカミさんは手鏡をポケットに仕舞うと、また髪を掻き上げた。
「まったく、イケメン遣いの荒い人ですね、下田先生。美しき僕に、次は一体なにをやらせるんです?」
「その話の続きもしながら、ひとまずお昼にしよっか。丁度いい時間だしねー。」
 シモダさんは手をポンと叩くと、「ちょっと待っててー。」と言って教室を出て行った。
「僕を待たせるだなんて、神に抗う大罪ですよ、先生。」
「いい加減、顔の返り血拭いてきたらどうですか? 先輩。」
 ポージングを決めるミカミさんに、嵐山が冷たく言い放った。
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