アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第46話「十三時間耐久模擬戦闘訓練」

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  五月十九日(木)十八時十九分 真希老獪人間心理専門学校・体育館

 新校舎一階に広がる、旧校舎よりも一回りほど大きいであろう体育館。
 この季節のこの時間帯なら、まだ陽は沈みきっていないものの、夕焼けに当てられた人っ子一人いない広大な空間というのは、なんともまぁ不気味なものがあった。
 その空間の脇で、梶先生は上半身をはだけて仁王立ちし、鋭く睨みつけてくる。
 改めてみると、途方もない筋肉量だ。
「いいかウジ虫、よく聞け! 俺は弱い奴が大嫌いだ! 蜘蛛の次に大嫌いだ! 故に貴様にはこれから強靭なる肉体と精神を養ってもらう! 俺がこれから指示するメニューを時間内にきっちりとこなしてもらうぞ!」
 体育館が震えるほどの圧。
 この人、消防隊員なんじゃなくて軍人なんじゃねぇのか?
 その癖蜘蛛が嫌いって……。
「まずは筋トレ! 貴様の能力は保有するエーラも相まって非常に強力だが! 能力はあくまでも己がふるうもの! 己が力量に不相応な能力を使えば、その身は捩れて八つ裂きとなるだろう! よって腕立てを五分以内に百回だ‼」
「は、はいっ!」
 声に気圧され、慌てて腕立てを開始する。
 一分に腕立て二十回でクリアできるノルマ。
 思っていたよりも優しめのメニューに感じたが、それは最初だけで、二分も経つ頃には腕立て三十六回目にして両腕が爆笑し始めた。
「遅い! 遅いぞ! 何をやっている!」
「ひぃっ」
 梶先生の激昂に、体が急いで腕立てを再開する。
 腕だけじゃなくて腰も痛くなり始めた時、ようやくギリギリのところでノルマを達成した。
「よぉし、よくやった! だが、この程度は出来て当たり前のこと! 休む暇など与えんぞ! 次は腹筋百回! これも五分以内! その次は背筋百回! 当然五分以内だ!」
「ひぇぇっ」
 次々と繰り出されるメニューの数々。
 一時間後には、全身が立てない程に悲鳴を上げていた。
「よし! 筋トレ終了! これより一時間の休憩に入る!」
 大の字に転がる俺を見下ろして、梶先生が声を張り上げる。
「やった……やっと休める……」
 この隙にオナニーへ行かねば。
 筋肉の激痛に震える右手だが、バイブよろしく新たな快感を得られるやもしれん。
 立ち上がろうと一旦座る体勢となった俺の前に、梶先生がゆっくりと腰を下ろす。
「休憩、とは言ったがあくまでそれは体を休めるだけのもの! ここからは、さっきまで十分休息を取っていた脳みそを鍛える!」
「は? え?」
 何を言い出してるんだこの人?
 脳みそを鍛えるってどういうことだよ!
 確かにこの人、脳みそまで筋肉詰まってそうだけども!
「戦闘において、一瞬の判断ミスが即座に致命傷へと変貌することなどざらだ! 正しい知識! それによる瞬発的判断力! これより一時間、それらを身につけるための座学を開始する! 俺の言葉を、しっかりとその脳髄に叩き込めぃ!」
「しえぇぇ……」
 そんなの休憩じゃねぇじゃんか!
「オナニーさせてください。」
「ならん!」
「お、おなにーさせろぉ……」
「黙れウジ虫!」
 梶先生の圧倒的迫力に押し込まれ、一時間の休憩という名の訓練が開始された。
 特定の状況下での判断力。
 それを養うためのシミュレートというのは、バトル漫画好きにとっては退屈とはならなかったものの、一時間ぶっ続けというのは流石にきついものがあった。
 せめてイラスト付きだったらなぁ。
「よし! 座学終了! なかなかの想像力だな! 流石は自慰中毒者といったところか! 誉めてやろう!」
「あ、ありがとうございます!」
 一時間が経過し、ようやく脳みそが解放される。
 頭も体も本当に限界だ。
 これでようやく休憩に入れるかと思ったが、梶先生は勢いよく立ち上がると、体を構えて俺と向き合った。
「次は実技訓練だ! 今貴様に出した複数の問いを、俺がこれから再現する! 貴様は先ほど己で導き出した解答を瞬時に判断して、行動に移せ!」
「は、はひぃ……」
 休憩……なわけなかったか。
 その後、一時間に及ぶ実技訓練は終了し、今度は戦闘時における基礎的な構え、拳の打ち方なんかを一時間みっちり教え込まれ、休む間もなく次はそれを用いた模擬戦闘訓練を行った。
 そこまでやって今度こそ、正真正銘ようやくの休憩。
 夜食として、米、肉、野菜がバランスよく、かなりの量(テレビの大食い企画とかで見るような)盛り付けられている皿が梶先生によって運ばれてきた。
 「よく噛んでゆっくり食え。」という梶先生の言葉通り、一時間近くかけてのんびり完食。
 三十分の休憩をはさんだ後(勿論オナニーした)、再び地獄の筋トレが再開された。
 体は一切ついてはこなかったものの、自慰を一度はさんだことで、食事前よりは幾分マシに動けた気がした。
 そして、時間は流れ———

  五月二十日(金)七時三十分 真希老獪人間心理専門学校・体育館

「そこまで!」
「ふああぁぁぁ……」
 梶先生の声と同時に、床に倒れこんで天井を見上げる。
 すっかりと朝日が昇る頃、過酷な修行の一日目がようやっと幕を下ろした。
 オールしたせいで日付間隔が狂ってるきらいはあるものの、一日目は一日目だ。
「そろそろ準備せねば、学校へ遅れてしまうぞ。立てるか?」
「ありがとうございます……」
 梶先生に差し出された手に、俺は素直に捕まって起き上がる。
 もう自分で立つ力すらも残されていなかった。
 こりゃあ、学校着いても爆睡だな。
 眩暈を覚えながらも出口へと向かう俺の背後から、梶先生のよく通る声が聞こえてきた。
「神室秀青。貴様は、やはり弱い。嫌なことがあるとすぐに音を上げ、文句を垂れる。貧弱で、脆弱な、俺は最も嫌いとする部類の弱さを、貴様は持っている。」
 おいおい、急にすげぇ否定してきたぞ。
 倒れそうになる体を引き戸に寄り掛からせ、ゆっくりと梶先生に振り返る。
「だが、それでも貴様はついてきた。音を上げながらも、文句を垂れながらも、貴様は今日一日、決して逃げることなく訓練を続けた。根性がないように振舞いつつも、意思ははっきりと示していた。その根源、理由に俺は興味を持つ。一体何故だ? 何故、貴様は逃げなかった?」
 ああ。
 この人、多分面倒くさい人だ。
 やっとそんなことがわかると、体を引き戸から離し、ふらふらと、おぼつかない足で体重を支える。
 俺が、逃げない理由。
 そんなのは。
「……大した理由、じゃあないんですけれどね。俺、小学四年生の時、すごく仲のいい友達がいたんですよ。明るくて優しい男の子。でも、その子、クラスのいじめっ子たちに執拗にいじめられてましてね。酷いもんだったんですけれど、俺は、見て見ぬふりしかできなかった。」
 思い出す、あの頃を。
丸坊主のテッチャン。
「小学生のいじめって残酷以外の何物でもないじゃないですか。加減を知らない。上限を知らない。だから、俺は逃げた。その子と唯一仲のよかった俺が、助けなきゃいけなかったのに。その子にも、いじめっ子にもいい顔をして、逃げた。」
「………。」
「その子がいじめに耐えかねて転校したのが、五年生の時。引っ越した後に、その事実をようやく他人から聞かされた。そこで初めて、俺は気付いたんだ。自分の保身のためだけに、俺が友達を見捨てていたことに。すごく後悔した。今でも、たまに思い出しますよ。ふとした瞬間、意識と意識の狭間で。」
 最後にテッチャンを見たのは、ボロボロになった、泥まみれで俯く姿。
「実際よくある話だと思いますし、だからってなにができるのかはわかりませんが、でも。嵐山は、こんな俺でも命懸けで助けてくれた。危険な組織に、単身立ち向かってくれた。俺が戦わずとも、これからも嵐山や他の人たちが俺を守るために戦うのなら、俺だけ逃げるわけにもいかないでしょう。」
 俺は、もう間違えたくないから。
 だから。
「だから、嫌だろうが苦しかろうが辛かろうが、俺は戦いますよ。もう、逃げない。」
 俺が戦う理由。
 もう一つの、理由。
 それを聞いて、梶先生は、不敵じゃない、優しい笑顔を見せた。
「……なるほど。貴様、少し楓に似てるな。」
「楓……?」
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