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第47話「二十四時間耐久模擬戦闘訓練①」
しおりを挟む五月二十日(金)七時三十三分 真希老獪人間心理専門学校・体育館
楓って、嵐山のことか?
なんでファーストネーム?
「楓に戦い方を教えたのは俺なんだ。」
急に静かな声量で、舞台に脱ぎ散らかしていたタンクトップを着始める梶先生。
嵐山も梶先生に師事を仰いでいたのか。
「楓も、初めてここに来たときは、貴様と同じ目をしていたよ。貴様と楓は、性格的にも、性質的にも正反対だが、それでもやはり同じものを持っている。」
タンクトップから頭を出すと、梶先生は俺を見つめてきた。
嵐山と俺が同じ……?
「いや、全然違うと思います。だってあいつ、暗いし。」
「がっはっは!」
梶先生は高笑いすると、タンクトップの裾から手を離した。
「確かに楓は暗くて貴様は明るいのかもしれんが、明るいと暗いは決してノットイコールとはならん。」
「なんで……そんなこと」
「俺がそうだからだ。」
梶先生は俯き、自身の手のひらを見つめる。
「俺も過去に、救えなかった命がある。救えたはずの命だったのにな……。今でも大いに後悔しているさ。」
「………。」
途端に声のトーンが低くなる。
一見すると豪気で豪快で豪傑そうな軍人モドキな梶先生だが、どうもどうやらこの人にも繊細な過去があるようだ。
「だから。」
少し感傷に浸っていた俺の肌を、直後に緊張の糸が張り詰めていく。
顔を上げた梶先生の表情は、既に元通りの不敵なソレに戻っていた。
「俺は貴様に妥協しないことにした。」
空気が揺さぶられる緊張感。
あろうことか、梶先生は今しがた着たばかりのタンクトップを自ら引きちぎり、地に落とした。
なにしてんだこの人⁉
「貴様には、自衛の延長程度の鍛え方で充分だと思っていたが、それではどうも不足らしいな。俺は貴様の覚悟を履き違えていた。」
自衛の延長って、あの地獄みたいな訓練でか⁉
「俺ももう間違えん! 貴様には、改めて戦闘とは、戦場とはなんたるかを叩き込んでやろう!」
再び声量が雄々しく、猛々しくなる梶先生。
地獄が、より最悪なる地獄へと化す予感。
なのに。
「……ははっ」
何故だろう。
この人の圧に当てられてなお感じるこの感覚。
今、俺はどうしようもなく嬉しく心地いい。
その正体は昨日、真希学長より受けた感情と同じ。
傲慢でなければ。
高慢でなければ。
きっとこれは、認められ、期待されているということ。
だったら。
「……そこまで言われちゃあ、俺も学校なんかに行ってる場合じゃないですね。」
出口より、再び体育館へと足を踏み入れる。
「今日の学校はサボります。どうせ、行っても爆睡決め込んでたでしょうし。」
ゆっくりと、梶先生の前へ立つ。
「先生、今日も非番だって言ってましたよね? だったら今日一日、俺の訓練に付き合ってくださいよ。どうせ暇でしょ?」
俺の言葉に、梶先生は口角を吊り上げる。
「途端に生意気になりおって! いいだろう! ならば……」
梶先生のエーラが、より強い存在感を放ち始める。
その力強さに気圧され、思わず後ずさる。
「これより模擬戦闘訓練を開始する! 貴様は今から俺に一撃食らわすまで、この体育館から外へと出ることを一切禁ずる!」
十数分前と比べても明らかに数段増した威圧感を湛える梶先生に、俺は自然と笑みがこぼれた。
「いいでしょう。さらに、俺はあなたに一発お見舞いするまで、一切のオナニーを行わないと約束しますよ。」
雰囲気に流され、余計な縛りまで己に課してしまった気がする。
だが。
「後悔するぞ?」
顎を上げ、俺を見下ろす形で梶先生は立つ。
いらんことを言った気がする。
が、もう後悔はしない。
「後悔するのは、あなたです———よっ!」
油断しきっている梶先生に、速攻飛び掛かる。
体はとっくのとうに限界を迎えているんだ。
このくらいは認めてもらおうか。
渾身の力を込めた右ストレート。
梶先生の顔面を捉えた———かに思えたが。
「ちょっと待て。」
梶先生はひらりと身を躱すと、ポケットから携帯電話を取り出した。
「下田に連絡を取る。楓と一緒に貴様を待っているだろうからな。」
勢いよく梶先生に飛び掛かった俺は、勢いそのまま豪快な顔面スライディングを披露した。
五月二十日(金)八時五十一分 時雨雨高等学校・教室(一年二組)
朝のホームルーム終了を告げるチャイムが鳴り、生徒は各々席を立ち、談笑を始めた。
不機嫌そうな面持ちで頬杖を突き、窓の外を眺める嵐山楓の周りには、最早恒例となった女生徒の壁が出来上がっていた。
各々ワントーン高い声で好き勝手に嵐山楓に話しかける中、一人の女生徒が心配そうに嵐山楓の顔を覗き込んだ。
「楓君、神室君がお休みで寂しいの?」
女生徒の言葉に激しい不快感を覚えた嵐山楓は、目を伏せてそっけなく答える。
「別に。いつも通りだよ。」
「そっか。よかった♪」
笑顔を見せる女生徒の横から、別の女生徒が割り込むように入ってきた。
「あのさ! ずっと聞きたかったんだけど、楓君と神室君ってどういう関係なわけ? 毎日一緒に登下校して、デキてるって噂もあるんだけど?」
苛立ちに変わりつつある不快感を抑え、嵐山楓は徐に席を立つ。
「そういうんじゃないよ。最近まで知らなかったけど、あいつと俺、実は親戚同士だったんだ。突然の転校で住む家が無かったから、一緒に暮らしてるだけ。登下校が一緒なのは、叔父さんがおせっかいなだけだよ。」
嵐山楓は適当なことを言って、女生徒の顔を見る。
「ところでさ。俺からも一つ、いい?」
「え? なに、かな?」
嵐山楓に見つめられた女生徒は、途端に目を逸らし顔を赤らめる。
「神室って、俺が来る前は学校でどんな奴だった?」
「ああ、なんだ……。神室君のことか……。」
神室秀青の名を聞いて、女生徒の顔からはすぐに赤みが引いた。
「えぇっと……神室君…ね。……なんていうか、普通の子、って感じ?」
周囲の女生徒たちもしきりに頷く。
「大した絡みもないけど、話すと面白いし、明るいし、別に普通、みたいな?」
女生徒は、嵐山楓の顔色を窺うように一つ一つ答えていく。
嵐山楓は変わらぬ仏頂面で女生徒を見る。
(普通……。)
「……でも、なんか不思議ね。親戚同士なのに、苗字で呼ぶんだ。神室君のこと。」
「ありがとう。」
「あ、ちょっと……」
女生徒からの鋭い追及を避け、嵐山楓は女生徒たちを押しのけて壁から外へと出る。
そのまま足を止めずに向かったのは、この学校で神室秀青と最も仲がいいと目される男。
椅子に座り、友人と談笑している金髪の男子生徒、沢木(さわき)一馬の下だった。
「なぁ、ちょっといいか?」
嵐山楓の声に、沢木一馬は談笑を止め、椅子の背に片肘を置いたまま嵐山楓を見上げる。
「よぉ、色男。神室が休みで寂しそうだな。」
沢木一馬の挨拶に、嵐山楓の苛立ちはさらに募っていった。
(……落ち着け。)
「別に、そういうんじゃない。」
「そんなに照れるなって。で、どうしたんだよ?」
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべる沢木一馬。
嵐山楓は拳を抑え、ゆっくりと息を吐く。
「……神室についてなんだが。あいつ、俺が来る前は学校でどんな感じの奴だったのかと思って。」
「やっぱり神室のことじゃん。」
吹き出す沢木一馬。
嵐山楓の怒りは頂点に達しかけた。
「だから、そういうんじゃ」
「そうだな、神室は———」
「っ……!」
嵐山楓の張り上げかけた声に被せて、沢木一馬が話し始める。
沢木一馬とはこういう男なのだ。
とにかく場を読み空気を読み、相手の怒りを躱すのが上手い男。
性格は悪くはないが、良い方かどうかも微妙な男だった。
「———あいつは、楽しい奴だな。たまに悟ったようなことを言う癖があるが、一緒に馬鹿騒ぎできるし、つるんでると面白い。まぁ、なんつうか、普通に良い奴だよ。」
「そうか……。」
(普通、か……。)
恐らくこの学校の生徒は知らないであろう神室秀青のもう一つの側面。
その部分を知っている嵐山楓は、“普通”という言葉が持つ意味を定義づけようと脳内で試みた。
自身が保有する知識のみで定義づけられた“普通”は、果たして“普通”足りえるのか。
そこまで考えたところで、無意味なことだとすぐにその思考を捨て去った。
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