70 / 186
第70話「時に、自身に反発する教師は夢想する」
しおりを挟む五月二十二日(日)十時二十四分 真希老獪人間心理専門学校・学長室
一切の音が消え、時間すらも停止したかのような重々しい空間。
部屋の中央より窓際に配置されている大きな木製の机。その上で、真希老獪は口元で指を組んで肘を突いていた。
「………なるほど。」
「ええ。以上の事から、この犯行は『パンドラの箱』の構成員、少なくとも“性癖”の所有者によって引き起こされている可能性が高いです。」
比較的真面目な面持ちで説明する下田従士。
説明中も、彼の手を広げる癖は消えていない。
「ですから、我々も早期の段階で手を打っておいた方がよろしいかと。タイミングとしても、申し分ないと思いますし。」
「“鍵”神室秀青の実戦投入、か。」
真希老獪は俯き加減に大きく息を吐く。
「まず第一に、その件は警察組織からまだ話は来ていない。根拠も薄い。確証を得られていない事件に生徒は動かしたくない。」
額に組んだ手を当て、真希老獪はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そしてなによりも重要なのが第二に、神室に実戦はまだ早い、というのが私の判断だ。彼はまだ戦えるレベルに達していない。」
息も詰まるような重厚な声音、口調。
下田従士はそれでも引かない。
「しかし時間もない。制限は今も刻一刻と迫っています。早い方が良い。神室君でしたら、梶君が約三十六時間びっしりと鍛えてくれました。彼の“性癖”も手伝って、戦闘面の基礎は出来上がっています。あとは、毎日時間をかけての鍛錬と、実戦経験を積ませていくだけだ。学長が会った時の彼とは、別人になっています。」
身を乗り出し、これでもかと熱弁する下田従士を、微動だにせずに見据える真希老獪。
「……時間がないのは、事実だな。確証を得られずとも、根拠がなくとも、お前が私に直談判をしている、その事件も、能力者によるものなのだろう。しかし……」
低いはずの声が、小さいはずの声が、学長室にはよく響く。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うが、二兎を追う者は一兎をも得ずとも言う。危険と見返りを見誤るなよ。『パンドラの箱』を潰せば私たちの勝ちではないのだ。彼ら彼女らは今、とても大切な時期だ。徒に奪ってはならない貴重な時間。青春だ。それだけは、忘れるな。」
強く鋭く光る眼光が、下田従士を捉える。
「調査は来週の日曜日。今週いっぱいは様子を見よう。少しでも異常が見つかれば、この話は即中止だ。」
「学長——」
「あと……」
下田従士の言葉を遮り、真希老獪は続ける。
「当日引率する生徒には、今日中に伝えておくように。特に神室。彼にとっては初となる任務だ。思春期の若者は特別な力を持てば、得てして万能感に浸る。その頃合いに下される指令。油断という怪物を生む条件は整っているんだ。多少大げさに脅しておけ。もしも彼に油断の兆候が見られたり、もしくは事が初任務に有り余るほど大きく膨れ上がった場合は、躊躇なく彼を任務から外せ。……再度言うが、危険と見返りを見誤るな。同じ天秤にかけた時、見返りに傾く場合のみ、彼を連れていけ。いいな?」
睨むような彼の眼力に、下田従士は大きく笑った。
「あっはっはっは。嫌だなぁ、学長。危険とか見返りとか、二兎を追うものとか。僕、そこまで賭博師じゃないですよー。」
真希老獪は目を瞑った。
「その点について、私はお前を一切信用しとらん。」
「えぇっ! ひどいなー。」
下田従士はわざとらしく仰け反った。
五月二十二日(日)十時五十一分 真希老獪人間心理専門学校・職員室
「あ~~。まったくほんとに。」
もたれかかっていた背もたれから、飛び起きるように机に体重を預ける。
あんな調子じゃあ言えないよなぁ。
『パンドラの箱』構成員が暴れ回ってる情報を、『パンドラの箱』構成員から教えてもらいました、なんてさ。
そもそも実際、学長の判断が正しいよ。
神室君はまだまだ実戦には連れていけない。
梶君にみっちり鍛えてもらったとはいえ、日が浅すぎる。
あわよくば、彼の“性癖”で強引にでも乗り切ってもらおう…って考えがちょっとでもある時点で、僕はやっぱり賭博師なんだよなぁ……。
そこも学長の言った通りだ。
それでも、やっぱり。
時間がない。
なさすぎる。
迫ってるんだ、残り時間が。
神室君には酷だけれど、神室君の為でもあるんだ。
僕だって、少しは鬼にならなきゃいけない時がある。
それが、今だと思う。
それでも、やっぱり……思い出してしまう。
過ってしまうんだ、あの時の……。
地獄。
幼き思い出。
年の離れた弟と、寄り添い生きたあの頃を。
………。
僕は、あいつらと同じことを生徒にしてしまってるんじゃないだろうか。
あんな理不尽を、あんな不条理を、生徒に同じく課してしまっているんじゃ……。
「……一体僕は、何をやっているんだ。何が、したいんだ……。」
つい口から漏れ出た言葉も、空気中を漂って霧散していく。
考えても…仕方ない、か。
「……よし。」
頭を切り替えよう。
もうすぐ授業だ、元気よく。
資料を手に、職員室を後にする。
始業の鐘の音にやや遅れを取って、教室へと到着。
生徒みんなから視線を浴びる。
元気よく……笑え。
教卓に手を置き、大きく笑顔で言葉を発そう。
「みんな、“NTR”って知ってるかい?」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる