アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第70話「時に、自身に反発する教師は夢想する」

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  五月二十二日(日)十時二十四分 真希老獪人間心理専門学校・学長室

 一切の音が消え、時間すらも停止したかのような重々しい空間。
 部屋の中央より窓際に配置されている大きな木製の机。その上で、真希老獪は口元で指を組んで肘を突いていた。
「………なるほど。」
「ええ。以上の事から、この犯行は『パンドラの箱』の構成員、少なくとも“性癖スキル”の所有者によって引き起こされている可能性が高いです。」
 比較的真面目な面持ちで説明する下田従士。
 説明中も、彼の手を広げる癖は消えていない。
「ですから、我々も早期の段階で手を打っておいた方がよろしいかと。タイミングとしても、申し分ないと思いますし。」
「“鍵”神室秀青の実戦投入、か。」
 真希老獪は俯き加減に大きく息を吐く。
「まず第一に、その件は警察組織からまだ話は来ていない。根拠も薄い。確証を得られていない事件に生徒は動かしたくない。」
 額に組んだ手を当て、真希老獪はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そしてなによりも重要なのが第二に、神室に実戦はまだ早い、というのが私の判断だ。彼はまだ戦えるレベルに達していない。」
 息も詰まるような重厚な声音、口調。
 下田従士はそれでも引かない。
「しかし時間もない。制限リミットは今も刻一刻と迫っています。早い方が良い。神室君でしたら、梶君が約三十六時間びっしりと鍛えてくれました。彼の“性癖スキル”も手伝って、戦闘面の基礎は出来上がっています。あとは、毎日時間をかけての鍛錬と、実戦経験を積ませていくだけだ。学長が会った時の彼とは、別人になっています。」
 身を乗り出し、これでもかと熱弁する下田従士を、微動だにせずに見据える真希老獪。
「……時間がないのは、事実だな。確証を得られずとも、根拠がなくとも、お前が私に直談判をしている、その事件も、能力者によるものなのだろう。しかし……」
 低いはずの声が、小さいはずの声が、学長室にはよく響く。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うが、二兎を追う者は一兎をも得ずとも言う。危険リスク見返りリターンを見誤るなよ。『パンドラの箱奴ら』を潰せば私たちの勝ちではないのだ。彼ら彼女らは今、とても大切な時期だ。徒に奪ってはならない貴重な時間。青春だ。それだけは、忘れるな。」
 強く鋭く光る眼光が、下田従士を捉える。
「調査は来週の日曜日。今週いっぱいは様子を見よう。少しでも異常が見つかれば、この話は即中止だ。」
「学長——」
「あと……」
 下田従士の言葉を遮り、真希老獪は続ける。
「当日引率する生徒には、今日中に伝えておくように。特に神室。彼にとっては初となる任務だ。思春期の若者は特別な力を持てば、得てして万能感に浸る。その頃合いに下される指令。油断という怪物を生む条件は整っているんだ。多少大げさに脅しておけ。もしも彼に油断の兆候が見られたり、もしくは事が初任務に有り余るほど大きく膨れ上がった場合は、躊躇なく彼を任務から外せ。……再度言うが、危険リスク見返りリターンを見誤るな。同じ天秤にかけた時、見返りリターンに傾く場合のみ、彼を連れていけ。いいな?」
 睨むような彼の眼力に、下田従士は大きく笑った。
「あっはっはっは。嫌だなぁ、学長。危険リスクとか見返りリターンとか、二兎を追うものとか。僕、そこまで賭博師ギャンブラーじゃないですよー。」
 真希老獪は目を瞑った。
「その点について、私はお前を一切信用しとらん。」
「えぇっ! ひどいなー。」
 下田従士はわざとらしく仰け反った。

  五月二十二日(日)十時五十一分 真希老獪人間心理専門学校・職員室

「あ~~。まったくほんとに。」
 もたれかかっていた背もたれから、飛び起きるように机に体重を預ける。
 あんな調子じゃあ言えないよなぁ。
 『パンドラの箱』構成員が暴れ回ってる情報を、『パンドラの箱』構成員から教えてもらいました、なんてさ。
 そもそも実際、学長の判断が正しいよ。
 神室君はまだまだ実戦には連れていけない。
 梶君にみっちり鍛えてもらったとはいえ、日が浅すぎる。
 あわよくば、彼の“性癖スキル”で強引にでも乗り切ってもらおう…って考えがちょっとでもある時点で、僕はやっぱり賭博師ギャンブラーなんだよなぁ……。
 そこも学長の言った通りだ。
 それでも、やっぱり。
 時間がない。
 なさすぎる。
 迫ってるんだ、残り時間・・・・が。
 神室君には酷だけれど、神室君の為でもあるんだ。
 僕だって、少しは鬼にならなきゃいけない時がある。
 それが、今だと思う。
 それでも、やっぱり……思い出してしまう。
 過ってしまうんだ、あの時の……。
 地獄。
 幼き思い出。
 年の離れた弟と、寄り添い生きたあの頃を。
 ………。
 僕は、あいつら・・・・と同じことを生徒にしてしまってるんじゃないだろうか。
 あんな理不尽・・・・・・を、あんな不条理・・・・・・を、生徒に同じく課してしまっているんじゃ……。
「……一体僕は、何をやっているんだ。何が、したいんだ……。」
 つい口から漏れ出た言葉も、空気中を漂って霧散していく。
 考えても…仕方ない、か。
「……よし。」
 頭を切り替えよう。
 もうすぐ授業だ、元気よく。
 資料を手に、職員室を後にする。
 始業の鐘の音にやや遅れを取って、教室へと到着。
 生徒みんなから視線を浴びる。
 元気よく……笑え。
 教卓に手を置き、大きく笑顔で言葉を発そう。
「みんな、“NTR”って知ってるかい?」
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