アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第91話「愚者のハンドワーク⑩」

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  五月二十九日(日)十五時十八分 池袋駅・いけふくろう前

「啓蒙だって? 一体てめぇのどこに正しさがあるんだよ?」
「頭おかしいんじゃないの? 誰が痴漢野郎なんかの言うこと聞くってのよ。」
 嵐山と木梨さん、二人が痴漢野郎に食って掛かる。
 そして、不敵に笑う痴漢野郎の後ろの二人。
 この感じ、どうやらそのモウとやらをわかってないのは俺だけらしい(それとも陰毛いんもう?)。
 シリアスな空気になってきたのに、ここにきて俺の馬鹿がでてきてしまうとは……。
 なんとかバレないよに努めねば。
 二人に倣って、顔をしゅっとした感じにキリっとさせてみる。
 とりあえずわかった感じで黙っておこう。
「………。」
「………ん?」
「っ!」
 ふと、痴漢野郎と目が合い、そのまま俺の顔を凝視してくる。
 な、なんだよこの野郎。
「……なぁ、お前は俺に文句とかねぇのか?」
 なぜだか少し肩を震わせ、痴漢野郎がそんなことを訊いてくる。
「え…えぇっと……」
 横目で嵐山たちに助けを求める。
 なんとかしてくれよ。
「神室、お前からも言ってやれ。」
「神室っち、しっかり!」
 二人から勇気づけられてしまった。
 こんな時ばっか応援してくんじゃねぇ!
 くそっ、こうなったら……。
 息を整え、意を決する。
 それっぽいデタラメ並べてこの場を乗り切ってやる。
 もうそれしかない。
 目を見開き、痴漢野郎を睨む。
「おい、この痴漢野郎! てめぇの陰毛がどんな形だろうが、こちとら興味ねぇんだよ! 痴漢なんてくだらねぇ真似、今すぐやめやがれ!」
 精一杯の啖呵を切る。
 やり遂げた。
 清々しい達成感すら込み上げてきた。
 こんくらい言っとけばとりあえず大丈夫だろ。
「………くく……」
 改めて前を向くと、痴漢野郎が顔を隠して震えている。
 あれ? 言い過ぎたか?
 泣かしちゃったか?
 僅かに浸り始めた優越感。
 しかし、直後に奴から放たれた一言で、俺は奈落の底へと突き落とされる。
「……お、おま…さ……」
 震えながらも、必死に言葉を振り絞る痴漢野郎。
 なんだよ、降参の言葉なら泣き止んでからでもいいぞ。
 なぁ?
 振り返り、嵐山と木梨さんを見る。
 なぜか二人とも、あさっての方向を向いていて、目を合わせてくれない。
 痴漢野郎はひとしきり震えた後、ようやく落ち着きを取り戻して、涙目で俺を見てきた。
 おいおい、俺そんなに怖かったかよ?
「お前さ……」
 少し口元を震わせながら、痴漢野郎がしゃべり出す。
「今、誰も陰毛の話なんてしてねぇぞ?」
「は?」
 何言ってんだ?
 言ったじゃねぇかよ、陰毛。
「俺が言ったのは啓蒙だ。ケ・イ・モ・ウ。意味、わかるか?」
「えっ」
 な、なんだ?
 バレたのか?
 まずいぞ。
 今、知ったかぶりしてたのがバレるのは。
 だって、すごく恥ずかしいもん。
 ここは、もう当てに行くしかない!
「し、知ってらい! あ、あれだろ? あの、こう、捩れていい感じにアルファベットの「K」に形がそっくりなチン毛のことだろ?」
 瞬間、笑いが巻き起こる。
「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ! だから誰も陰毛の話なんかしてねぇっての! なんだよ、「K」みたいな形のチン毛って!」
 痴漢野郎の後ろにいる奴らまで腹を抱えて大笑いしてやがる。
「ぐぬぬ……」
 く、悔しい!
 許せない! 馬鹿にしやがって!
 なぁ、嵐山?
 嵐山に振り返ろうとした時、先に嵐山に肩を叩かれた。
 おぉ、なんだ? 慰めてくれんのか?
 今度こそ振り返ると、嵐山の呆れ果てた目が視界に飛び込んできた。
「神室…こっちまで恥ずかしくなるから……もうやめてくれ。」
「神室っち。悪いんだけど、少しの間黙ってて。」
「なっ!」
 ひ、ひどい……。
 二人から責められた!
 仲間なのに!
「おい、天変地異馬鹿! 無知なお前に教えてやんよ!」
 大粒の涙を流し、良い笑顔で痴漢野郎は言ってくる。
 く……このヤロォ……。
「いいか? 啓蒙ってのはなぁ? 正しい知識を持つ人間が、人々をその知識で導くことを言うんだよ!」
「は?」
 何言ってんだ、こいつ?
「馬鹿はてめぇだ! お前がやってんのは結局ただの痴漢行為じゃねぇか! それのどこが正しいってんだ? 誰がお前についてくって? てめぇだけ導かれ」
「あー……。その辺のくだりはさっき俺たちでやっといたから、お前はもう何も喋んなくていいんだぞ?」
 嫌に優しい目で見てくる嵐山。
 ふざけんなよ、てめぇ。
 しまいにはいじけるゾ。
「まぁ、馬鹿はほっといて、話を続けようか。」
 俺には目もくれず、痴漢野郎が話を進める。
 俺と話したいとか言ってたのはてめぇの方じゃねぇか!
「そもそもなんで痴漢なんてもんが存在するのか、って話だ。」
 痴漢野郎はしゃがみ込み、こっちを見上げる。
「モテない男が性欲発散させるのに必死になって倫理観が破綻するからでしょ? あんたみたいにね。」
 すかさず、木梨さんが冷めた口調で言い放つ。
「全くその通りだ。」
 目を閉じ笑う痴漢野郎。
「モテねぇのはわかる。ムラムラすんのも仕方ねぇ。だがよ、だったら見知らぬ女を非合意に身勝手に触るんじゃなくて、風俗行けよ。それが嫌ならモテる努力をしろ。」
 嵐山も一歩前に出て反論する。
 ごもっともだ。
 ごもっともだが、しかし。
「ああ。お前の言い分もごもっともだよ。」
 痴漢野郎が素早く立ち上がる。
「だが、それは如何にもモテる奴の言い分だな。お前はなにもわかっちゃいねぇよ、クールビューティー男。……確かに風俗へ行けば解決する問題なのかもしれない。だがな、それじゃあ駄目なんだよ。」
 ………。
「例えば、今目の前にいる女が自分の理想そのものを体現したような女だったらどうする? しかも、舞台は電車。次に会える確証なんか、まずない。そして、自分はモテない。今まで女と上手くいった試しなんかない。故に、その想いを上手に伝える術を知らない。そして、世の中にはいくら努力しようがどうしようもなくモテない男ってのがいるんだ。」
「だから触るっていうの? そんな」
「身勝手だよ。」
 木梨さんの反論に被せて、痴漢野郎は続ける。
「だが、お前がそれを言っていいのか?」
「え?」
 眉をひそめる木梨さんを、痴漢野郎が指さす。
「お前の今の格好を見てみろよ。出した肩。短いスカート。明らかに男を挑発している格好だ。」
「………。」
 自分のスカート丈を確認し、押し黙る木梨さん。
「お前みたいな目立つ女が肌を曝け出してる。それを見て欲情すんなってのは、男にしてみればまず無理な話だ。にもかかわらず。男を挑発するだけしておいて、触られたら文句を言う。どっちが身勝手だよ。え? 触られたくなきゃそんな恰好してくんなってんだ。まぁ、ファッションは個人の自由だ。そこをとやかく言う権利は誰にだってない。変えるべきなのは、個人ではなくシステムの方さ。」
 痴漢野郎は徐に両手を広げた。

「だから俺は提唱する。これからの時代は、電車を男性専用車両と女性専用車両に分けるべきだと。」

 天を仰ぎ、声を上げる。
 痴漢野郎の演説が始まった。
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