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第161話「致死量未満の快楽⑮」
しおりを挟む六月十二日(日)十八時十七分 埼玉県大宮市・路地裏
「神室っ‼」
嵐山楓の叫び声。
少し被って、”pepper”の歓声。
「あーーーーーーーーーーーー‼ イきそーーーーーーーーーーーー‼」
「シュウ君っ‼」
やや遅れて、心音まりあも叫んだ。
(なんだこれ……急に夜になった……? 違う、真っ暗になったんだ……。 どういうことだ? ああ…もっと違った。何も感じなくなったんだ…見えないし聞こえない……。ってことは、多分匂いもわからないんだろうなぁ……。……いやいや、なんでこんな冷静なんだよ……)
倒れた神室秀青。
目は開いているが、酷く虚ろで、光を失い切っていた。
同時に、彼の世界からも光が失われていた。
五感を始めとしたあらゆる感覚が奪われていたのだ。
彼には地面にぶつかった際の痛みも、どころか、刺された時の感覚すらなかった。
それでも、死は確実に進んでいく。
神室秀青のわき腹から、血がひっそりと流れ出てきた。
(神室! 刺された! ナイフ! 毒! 即死⁉ 死んだのか⁉ 死ぬのか⁉ やばい! マズい!)
間近で目撃した嵐山楓の脈動が速くなる。
(いや、美神先輩は生きてるだろ! 死んでねぇ! 動けないだけだ! 生きてる! だったら神室も……。 ! いや、あいつが美神先輩と同じ毒をくらってる保証はねぇ! そもそも、美神先輩の時にも毒が塗ってあったかどうか……。あんだけ刺されたら毒なんて関係なしに動けねぇだろ。 ‼ 違うだろ‼ そうじゃねぇ‼)
嵐山楓の思考は圧縮され、世界を置き去りにしていく。
嵐山楓は知らない。
殺人鬼“pepper”が用いている毒は全て、彼が独自に作ったオリジナルのものだということを。
傾倒型・物質創造系“性癖“。
能力名『致死量未満の殺人』。
彼固有のこの“性癖“は、自身の左鳩尾より半径七センチの円状の範囲内に、自在に毒を生成することができる能力。
それを駆使して、毒と毒を掛け合わせ、彼はオリジナルの毒をいくつも作り出していた。
その毒は殺傷よりも、もっぱら被毒者の身動きや感覚器官を阻害する即効作用のあるものばかりだった。
ゆっくりと死にゆく人間を眺めて自慰に耽るため。
全ては彼の性欲を満たすため。
生物実験は、一応という程度にしか行われなかった。
彼は、毒の発する色、臭いのみで、その毒がどういった性質のある毒なのかを瞬時に把握できたからだ。
生まれつき何でも出来る才能。
それを彼は、毒の理解に費やしていた。
全ては彼の性欲を満たすため。
そしてそれを、嵐山楓は知らない。
知る術がなかった。
なかったけれど。
(重要なのは、神室が刺されて、その箇所から出血と同時に毒が回ってるってことだろうが‼ だから、早く‼ 速く‼ 可能性が少しでもあるのなら‼)
嵐山楓は信じた。
賭けた。
神室秀青が受けた毒が、即死性のものではないことに。
そして。
「心音っ‼」
神室秀青の名を呟き、美神𨸶から離れようとする心音まりあの名を叫んだ。
「先生来るまであと何分っ⁉」
「え……」
一瞬止まり、すぐさまスマホで時間を確認すると、心音まりあも叫んだ。
「あと、二分‼」
「わかった。」
小さく返答をし、嵐山楓は構えた。
「あと二分だな。」
彼の周囲を、風が舞った。
下田従士到着まで、残り百三十五秒———
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