独身男の会社員(32歳)が女子高生と家族になるに至る長い経緯

あさかん

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第2章 独身男の会社員(32歳)が過労で倒れるに至る長い経緯

第13話「吉沢家と神海の真相②」

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 本日屋上での直樹との会話のあと、始業時刻前に会社を早退することに決めた俺は現在吉沢本家本宅の前にいる。

「本当にデカい屋敷だな。ラストダンジョンにピッタリだ」

 俺は門に付いていたインターフォンを鳴らす。

 すると、女性の声で『どのようなご用件でしょうか?』とスピーカーから聞こえて来たので『吉沢先生を出してくれ』と言ったんだが、『アポイントメントはお持ちですか?事前のご連絡がございませんとお取次ぎ致しかねます』とかなんとか抜かしてきやがった。

「そういうのはいいから、早く姫ちゃんを出しやがれ」

 俺がスピーカーに向かって再度そう言いながら、チャイムボタンをツンツンしていると、今度は屋敷の方から男の使用人らしき人物がやってきた。

「姫紀様―――ご当主様はこちらにはおられません」

 嘘つけ、さっきの姉ちゃん音声はそんなこと一言もいってなかったじゃねえか。

「じゃあ、居なくてもいいから中に入れてくれ」

 俺もなかなか強引なことを言う。しかし屋敷に入ってしまえばこっちのもんだ。仮にいなかったとしても、何か手掛かりは掴めるはずだ。

「承知いたしかねます」

 俺より背の高い使用人が門の前に仁王立ちして動かない。

 そうか、それならば。

 俺はスゥと大きく息を吸った。

「どうでもいいから、早く出てこい!!吉沢姫紀!!」 

 俺は出来うる最大限の大声で屋敷の方へ叫んでみるが、目の前の男は微動だにしない。

「これ以上騒がれますと、然るべき対応をさせていただきます」

 勝手に警察でもなんでも呼びやがれ、こっちにもそれくらいの覚悟はある。

 そして俺がもう一度大きく息を吸い込んでいると、さっきスピーカー越しで対応していた女性だろうか?屋敷から女性の使用人らしき人が小走りでやってきた。

「ご当主様が中でお待ちです。どうぞお入り下さいませ」



「お久しぶり……と言っても1週間くらいかしら?渡辺さん」

 やたら高そうな掛け軸や壺などが飾られている応接室で待ち構えていた姫ちゃんの第一声。

「今までは頻繁にウチで顔を合わせていたんだ、それからすると久しぶりでも間違っちゃいないな」

 姫ちゃんは『確かにそうですわね』と言って、ソファーへ手のひらを向ける。

「来客を立たせているうちは私も腰を落ち着けられませんので、どうぞお座りなさって」
 
 誰が座るか。高級ソファーなんぞに座ったら俺の尻が拒絶反応を起こすからな。先のバーで経験済みだ。

 どうしても座れってんなら、床の絨毯へ胡坐を掻いてやる。

「ウチで肉やら酒やら勝手に飲み食いしてる奴が今更妙な気を使わんでいい。元々そんなタマでもないだろ」

 お互い主導権を譲らない。

「そう。……で、私がここに居ることを知っているってことは直樹から何か話を聞いたのね」

 結局俺たちは立ったままで話を進めている。

「ああ、アンタについては概ね全部聞いたな。恭子との関係についても、な」

「そこまで聞いているなら、もう私に用はないはずよ」

「いや、違う。そこまで聞いたからこそ、アンタに確認しなくちゃいけないことがあるんだよ」

 正直俺は姫ちゃんが学園の教師という立場を放棄しようが、辞めてしまおうがそれは本人の意思の尊重で構わないと思う。

 しかし、その件に恭子が絡められているとすれば、それはスルーできない案件だ。

「吉沢本家のラスボスの地位当主の座を受け継いだのか。……ここの爺さん元当主死んだんだってな」

 直樹の言った通りだった。


 会社の屋上における直樹との会話から今現在に至るまでまだ多少の続きがあった。



※ ※ ※ ※ ※ ※

―――およそ1時間前(会社屋上での続き)


「だから、姫ネェは恐らく今も亡霊と戦ってるんじゃないかって思うんですよ」

 直樹が敵はもういないと言った。敵とは吉沢の爺さんのことで間違いないだろう。

 それまでの話をぶった切るような流れだが、”姫ちゃんが亡霊と戦っている”と続いてしまえば、オチはひとつしかない。

「吉沢の爺さんは既に死んでいるんだな?」

「ええ、そうです。恭子ちゃんがこっちに来てすぐのことでしたね」

 なるほど。これであの日帰り際にバーで姫ちゃんが言った”贖罪による反逆”という言葉の意味がなんとなくわかった。

 贖罪とは恭子のこと、恐らく植松の家に引き取られたまま助け出せなかったことだろう。

 そして反逆とは死んだからこそようやく当主の爺さんの意に反した行いが出来たということだ。

 そう考えれば辻褄は合うのだが、どうも腹に落ちてこない。

 しっくりこない。

「今更、死んだ爺さんに立てつくような素振りを見せてどうなるというんだ?」

「それは……、実は俺と姫ネェもそれほど付き合いは長くないんですよ。ウチは分家でも反吉沢ですし、じいさんの監視のせいで姫ネェ自身も友達なんてつくれなかったみたいです」

「俺と姫ネェはほんと偶然ネットで知り合っただけでして、吉沢本家の人間ってわかったのもそれからずっと後でした」

「今だからこそ、多少は俺が力になることもできますし、相談相手にもなれます。でも、それまで姫ネェはずっと一人だった。心を許せるのは離れて傍にいない咲子サンくらいでしょう」

「そんな中で、ずっと爺さんの横暴に怯えていたんです。いくら死んだとはいえ簡単にそれを受け入れられるようなもんでもないでしょうよ。実際はじいさんも死ぬ数ヶ月前から危篤が続いていたんです。もうわかっていたことなのに、それでも姫ネェはどこか焦っていたんですよ」

 老いてもなお他者に有無を言わさない程の権力を維持してきた爺さんの亡き陰に今も怯えている。

 確かに直樹がそう感じることに対して違和感はない。

 それでも、何故か俺には都合のいい部分だけを組み合わせて作った感想文にしか思えないんだ。

「今まではじいさんに怯えながら恭子ちゃんを心配していたんですよ。今はじいさんは死んで、恭子ちゃんはナベさんの下で幸せに暮らしていることを実感できた。気を張っていたものがプッツリと切れて情緒不安定になってんじゃないでしょうかね」

 情緒不安定か。

 母親同様に相当な扱い虐待を受けていたのだろうから、それも理解はできる。

 ん?虐待と言えば世継ぎ作りに関してはどうだったんだろう?

「姫ちゃんは吉沢の爺さんから人工授精を命じられなかったのか?」

「あ、はい。それについては1年以上前にとうとう言われたみたいなんですけど、それからすぐ恭子ちゃんの両親が亡くなった報を聞いて、じいさんの興味は完全に恭子ちゃんへ移ったみたいです」

「ん?つまり、代わりに恭子に世継ぎを産ませるから姫ちゃんは用無しになったってことか?」

「まあ、ざっくり言うとそうなるんでしょうかね。それ以来一度も子作りについては言われなかったようですから、とりあえずは用無しになったともとれますね」

 ちょっと待て……

 姫ちゃんが用無し。

 爺さんにから用無しに思われたことは一旦置いて、姫ちゃん自身が恭子から用無しになったと感じたならばどうだろう?

 恭子と関わる必要がなくなった。
 
 恭子との接点である学園去れば、もう恭子とは関わらずに済む。

 後は形式上の後見人である植松さえ排除してしまえば気掛かりはもはやないといっていいだろう。

 だから奴は俺と恭子を結婚させるなんて馬鹿げた話を出してきたんだ。

 姫ちゃんは恭子の憂いをなくしたところで自分がフェードアウトしたいと思っているのではないか?

 そう考えると姫ちゃんの行動も腑に落ちる。

 それならば、疑念は一点に絞られたといってもいい。

「脅威が去った今、姫ちゃんは何故恭子を引き取ろうとしなかったんだ?」

 直樹が目を細める。

「確かにそれなんですよね。俺も引っかかってはいたんですが、恭子ちゃんにはもう2度と吉沢の家には関わらせず、すべてはナベさんに任せて自分は身を引くって考えたのかもしれません」

 彼女はある種の現実主義者リアリストだ。姉夫婦師匠たちと恭子を守るために爺さんから悪辣な境遇を受け続けてまで本家からも逃げ出さなかったのに、今更なぜ簡単に引き下がろうとしているのか?

「恭子にとって爺さん以外に、本家には厄介な人物はいないのか?」

「それは勿論です。吉沢のじいさんが死んでホッとしていない人はいないでしょうね。完全にワンマンでしたから。まあ、じいさんの残した金に関してはあわよくばかすめ取ろうとしている人くらいはいるでしょうけれど」

 仮にまだ本家にある程度の不逞を働く輩が残っていたとしても、彼女にはそれから恭子を守るくらいの器量があるのは間違いない。

 今にして姫ちゃんが恭子から引き離れたいのには何かしら他に訳があるはずだ。


 恭子だけでなく師匠たちも含めて考えてみたらどうなるだろうか?

「そうだ、咲子さんは姫ちゃんが爺さんに子作りを命じられたことを知ってたのか?」

「まあ、情報が入っていてもおかしくはありませんね」

 それなら、咲子さんも師匠も相当焦ったことだろう。元々妹を本家から助け出したいという意思が強かったらしいからな。

 ―――

 俺はその言葉と同時にある風景がフラッシュバックした。

 師匠たちが亡くなった事故現場だ。

 師匠たちは都市高速に乗るバイパスの間の交差点で事故が起きた。

 師匠たちは恭子を連れてどこへ向かっていたんだ?


 まさかとは思うが、嫌な予感が拭えない。


「すまん直樹、今から姫ちゃんに直接会ってどうしても確認しなければいけないことができた」

「姫ネェがどこにいるかわかるんですかい?」

「姫ちゃんは爺さんから当主ラスボスの座を受け継いだんだろう?それなら、ラスボスはラストダンジョンに居るって相場が決まっているさ。住所だけ教えてくれれば助かる」

 直樹は「なるほど」と言って、メモ用紙に住所を書いて俺に寄こす。

「それじゃあ、今日の仕事後は頼んだ」

「アイアイサ。ナベさん、姫ネェのことよろしくお願いします」

 直樹は敬礼をして、快く本日の俺の仕事を引き継いでくれた。



 こうして俺は吉沢本家の本宅へ向かうことになったんだが、その前にひとつ確認しておかねばならないことがあった。

 スラックスのポケットからスマホを取り出した俺は、恭子に電話をかける。

 本来なら授業中だが、今日は自由登校で学園祭の準備だと言っていたので出られるかもしれない。

 7コールほどで通話が繋がった。

『もしもし、おじさん、どうしたんですか?』

「ああ、恭子。今電話大丈夫か?」

『はい、大丈夫です』

「あのさ、とても言いづらいことなんだけど……」

 俺が言おうとしていることは、恭子にとって思い出したくないに違わないだろう。

「その、……つまり、師匠たちが亡くなったときのことなんだけど、あのとき恭子たちは車で何処に向かっていたんだ?」

『えっ?……あの……その……それは』

 スマホから聞こえる恭子の声のトーンが徐々に下がっていくのがわかる。

「……ゴメン恭子。やっぱり無神経だった。無理に思い出さなくてもいい」

『いえ、だ、大丈夫です!!おじさん、私大丈夫ですから……』

『ええと……ええと……』

 恭子は辛いにも関わらず必死に思い出してくれている様子が目に見えるようだった。

『あ。……大切な人。そうです、お母さんの大切な人に会いに行くから私も一緒に来て欲しいって、そう言っていました。……その大切な人が誰かは会ったときに紹介するって言ってたと思います。場所は聞いてませんでしたが、確か2~3時間で着くって話してたような気がします』

「あ、ああ。そう、か。そうだったか。思い出すのも辛いだろうに……済まなかった」

 俺は絞り出すようにそう答えるので精一杯だった。


 嫌な予感のそのすべてが的中したようだ。


 これじゃ姫ちゃんにとっちゃ最悪のシナリオじゃねえか。
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