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第2章 独身男の会社員(32歳)が過労で倒れるに至る長い経緯
第16話「救済と代償」
しおりを挟む正直に言おう。
結構ヤバい。いや、結構というよりも、かなりヤバい。
何がヤバいのか?というと、それは仕事の進行状況だ。
というのも、俺がしっかりチェック出来ていれば修正などしなくてもよかったんだが、姫ちゃんの一件などで仕事を抜けたり、直樹に丸投げしたりしてしまった結果、確認不足からの大量修正が発生してしまった。
ちょっと直樹のせいにするような言い方をしてしまったが、申し送りを十分にしていなかったことが原因なので落ち度は俺にある。
本来なら大詰めに入っていなければいけない段階なのに、ぶっちゃけ終わりが見えていない状態だ。
九州案件のリミットまで残り5日しかない。
この5日で全ての作業を終えないと、会社的損害では莫大な違約金が発生する。そして個人的損害でいえば……期日内に案件作業が終わらなければ九州へ呼ばれることになっているため恭子の学園祭に行けなくなる。
前者はまだ俺が腹でも切って責任を取れば済む話だが、後者はいかんせん俺にとって耐え難きペナルティなのだ。
「ナベさん、姫ネェのその後はどうですかい?」
修正箇所の洗い出しが終わるまで全体の作業を停止させる必要があったので、部下たちにとっては本日が最後の定時上がりだ。
直樹に俺のサポートをさせているので、残業しているのは俺たち2人だけ。
「ああ、いい傾向だと思う。恭子やとっつぁんが言うには情緒不安定のように学園でも急に泣いたり笑ったりする姫ちゃんに生徒たちは戸惑っているみたいだけどな」
「ようやく一人の女の子としての一面を取り戻したってことっすかね。今までが異様すぎたんだ。……スンマセン、俺がもっと早くに気づいてあげていれば姫ネェもここまで自分を追い詰めずにすんでいたかもしれません」
俺と直樹は会話しつつも、その手を高速に動かしていて作業に滞りはない。
「いいや、それでも今まで姫ちゃんがギリギリ精神を保っていられたのは咲子さんとお前がいたからだよ」
「そう言ってもらえると、多少は気が楽になりますわ。精神を保つと言えば、……知ってました?ナベさんの踊ったハッピーバルーンや学園祭で恭子ちゃんが踊るベストフレンズプレミアムは姫ちゃんが作った曲だってこと」
「ああ、恭子から聞いたよ。化け猫Pという名前でネット上の投稿サイトに発表していたらしいな」
そしてその化け猫Pはサイト上でかなりの人気があるみたいだ。
「俺が化け猫Pの曲を聴いてファンになったことが姫ネェとの偶然の出会いだったんです。もちろんその時は化け猫Pが吉沢の人間だなんて知らなかったんですが、ファンになった俺はコミュニティとかまで追っかけて個人的に化け猫Pと色々やり取りができるようになったんすよ」
「そこで作った曲の背景なんかを教えてもらったんです。ハピバルは子供のときに屋敷の中で孤独に暮らしていた姫ネェが死んだ母親と離れて暮らす姉の”家族”を想って作った曲なんですって」
俺の作業の手が一瞬停止する。
―――家族。
「だから、俺が恭子へ贈る踊りにあの曲を選んだのか」
「もうアレしかないって思いましたよ」
「化け猫Pは孤独のなかで曲へ想いを紡ぐことだけが、自分が自分でいられる術だったと言っていました。正直にいうと俺は化け猫Pとしての姫ネェと出会う前にその相手が吉沢の人間だと知っていれば仲良くなることなんて絶対になかったと思います」
直樹が反吉沢の家の子供なので、最初から吉沢に対して嫌悪感を植え付けられていたからだろう。
「だから、ハピバルって色んな意味で奇跡の曲なんですよね」
「そして、恭子ちゃんが踊るべスフレは姫ネェが友達や仲間を作ることを許されなかった学生時代に”まだ見ぬ友、達”へ”約束された出会い”を夢見て作った曲なんです」
「ナベさん絶対に学園祭で見てあげてください。それは親友が振付けを考えて恭子ちゃんが踊る姫ネェの想いそのものなんですから」
直樹は『ラスト5日は俺、全部泊まり込みますよ』と意気込んでいる。
正直、現作業の期日内完了を諦めて大日程を組み直すという選択肢も頭にチラついていたが、このとき俺は決意した。
最終手段を使うしかない。
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