75 / 110
幕間1 回想録 姫ちゃんが渡辺純一を好きになるに至る長い経緯―――姫紀side
第10話「時は来たりて 中編 委ねたもの」
しおりを挟む彼の反応が怖かった。
これは奇遇でもなんでもない。もしそれらのことがバレて警戒心を持たれてしまうと全て水の泡と化す。
んっ?といったような彼の表情からは何も読み取れない。
「あっ、吉沢先生。こんなところで本当に奇遇ですね。ひょっとしてお一人で?」
ひとり!?
ひとり?、ひとり、お一人……これはしくじったのかもしれない。
もし、このような場所へ一人で来るのは極めて非常識であって、何かしらの疑いを持たれても仕方がない状況だったとしたら……
私は頭のなかが整理されないまま、とにかく何か言わなくてはと焦る。
「悪い?一人で飲みたい時もあるの……よ……、ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ」
開き直って返答したものの、流石に無理があるかもと不安になり、言葉尻は窄みながら言い訳染みたものになってしまった。
「いえいえ、俺も一人ですから」
彼がサラッとそう答える。
え?
って貴方も一人なんじゃないですか!?焦った私が馬鹿だった。
でも、そのおかげで自分の中で何かが吹っ切れたような気がした。
その後は直樹から調教を受けた新しい私に徹して、とにかくごり押しで攻める。
たしか、仕事終わりのサラリーマンは『取り敢えずビール』で良かったはず。
彼に多少戸惑う感じもあったけれど、自分のペースに持ち込むことが肝要で決して相手のペースに合わせてはいけない。
そうだ話題!話題、話題。20代OLの話題といえば、確か職場の愚痴!
そう思って口を開いて捲し立ててみたものの、駄目だ教頭くらいしか出てこない。物理のババアとも言ってしまったけれど、在校している物理教諭に至っては実のところ穏やかな初老の方であって、女性ですらなかった。
それなのに焦りつつも無我夢中で喋っていたそんな私に、渡辺さんは……
「それは大変ですね」
その時の返答が、まるで今まで吉沢で生かされたきたことへの苦悩や辛さに対する理解と慈愛の言葉に聞こえた。
それが錯覚だということは言われるまでもなく解っているが、頭ではなく私の体が無意識に『彼を信じてみたい』と告げているのだ。
その後も直樹直伝のちょっとエッチな話題や何気ない会話もきちんと聞いてくれて、嫌な顔一つせず丁寧に答えを返してくれる。
人と話すのがこんなに楽しいと感じたことは初めてだった。
「あっ、渡辺さんグラスが空だわ!もちろんお代わりするわよねっ」
「あー、ビール以外で何か良さげなものがありましたら……」
「ならアツカンⅠ号にしなさい。私はさっきⅡ号を飲んだのだけれど、中々の味よっ!あっ、ひょっとしたらⅢ号もあるかもしれないわ!」
「……え~と、吉沢先生。1合とか2合とかってお酒の分量の名前だってわかってます?なので味は一緒で変わらないと―――痛い、痛いイタイッ」
勘違いしてたことに気づいた私が急に恥ずかしくなって照れ隠しに彼の腕を抓ってしまったのだけれど、するとこの人は店主と思われる店の方を呼びつけて在りもしないであろう注文を取ろうとする。
「この方に、アツカンⅦ号改良版コードネーム”サンダーボルトMAX”バージョン2を―――――あ?……無いなら今から速攻で開発して持ってこんかい!吉沢先生のご所望であらせられるぞっ!」
暫くして持ってきた日本酒はほんのり梅の味がして堪らなく美味しかった。
それと、合間合間にその店の方がスマートフォンで私たちの写真を撮っているみたいだったので、何かの記念撮影サービスかと思いピースサインとかしてみたりしたのだけれど、どうも違ったようだ。
「アレは無視していいです。後で強制的に消させますんで」
初めての居酒屋でルールもマナーも常識すらもわからない私に、呆れもせずに付き合ってくれて、今までの人生で一番と思えるような楽しい時間を与えてくれた彼。
そんなひとときだったからこそ、打算や目算によらず私は酔い潰れた。
予定無くして私はこの人に全てを委ねてしまった。
この日、私の記憶はそこで途切れた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…
senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。
地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。
クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。
彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。
しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。
悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。
――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。
謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。
ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。
この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。
陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる