独身男の会社員(32歳)が女子高生と家族になるに至る長い経緯

あさかん

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幕間1 回想録 姫ちゃんが渡辺純一を好きになるに至る長い経緯―――姫紀side

第14話「急転。私は恭ちゃんの何を見ていたのだろう」

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 彼女の誕生日プレゼントであるオーダーメイドの水着のレイアウト資料もブランドメーカーから貰い、加えて恭子ちゃんが以前に家族と住んでいた家の売却先をうまくこちらで抑られそうなことから、まさにルンルン気分で迎えた直樹との定期的な会合。

「どう?直樹、いいでしょっ。この水着のカタチ」

 印刷したものをテーブルに並べ、まるで宝物のように自慢する。

「ああ……。恭子ちゃんに似合いそうだ」

 いつもなら『うひょー、コレを着た恭子ちゃんを見てぇ!』などとエロ目線で喰い付いてくるはずなのだが、ちょっと調子の崩れた直樹の反応が気になってしまう。

「ん?どうしたの?今日はやけに大人しいじゃない」

「えっ?ああ、……なんつーか、その」

 やけに歯切れが悪い。

 恭ちゃん絡みのことで何かトラブルがあったとしたら、と思うとこっちも不安になってくる。直樹自身の悩みであったとしても、もちろん私は全力で協力させてもらうつもり。

 この子とビッチ先生にはそれだけの恩がある。

「ちゃんと言いなさい。私たちの中には隠し事はナシと決めたはずよ」

 直樹は斜め下へ目を逸らして暫くの間、床を見つめていたが、表情をハッとさせると視線をまっすぐに私の方へ向けて来た。

「姫ネェ、恭子ちゃんがダンスが好きだったってこと知ってた?」

 直樹のその言葉は瞬時にして、私の脳内はかつて彼女の幼稚園へ演劇を見に行ったときのことに繋げた。

『恭子はね、ダンスもとっても大好きなのよ』

 あの時に小声でそっとお姉ちゃんが教えてくれたこと。

 高校生だった私はその事を聞いてから同じようにダンスに興味を持つようになり、インターネットを介して時間の許す限りそれに没頭するようになっていた。

 吉沢の家では決して踊るといった目立つことはできなかったから、その代わりに踊りをイメージしながらパソコンでひっそり作曲することが、私の唯一の心の支えだったのだ。

 だから結果的には作曲を介した直樹との出会いも、恭ちゃんのダンス好きから始まったようなもの。

「ええ。今も尚、恭ちゃんがダンスを好きなのかはわからないけれど、一度だけでいいから見てみたかったわ」

 自分でもわかる私の柔らかな顔に対して、その時の直樹はガツンと音が聞こえるかのように険しく表情を変化させていた。

「この前、ナベさんに頼まれて恭子ちゃんが前に住んでいた売却された家から家具や小物の一切全部を運びだした時に聞いたんだ」

「当時のクラスメートやあの叔母本人から……彼女は植松の家での暴力によって、唯一の心の支えだった踊りができなくなったって。……ナベさんが言うには心の問題だろうって」

 暫しの静寂が2人の間を流れる。

 バコン!!

 テーブルに叩きつけた私の手のひらが大きな音を鳴らし、その衝撃でひっくり返ったグラスのワインが水着の資料を赤く染め上げた。

「姫ネェ、落ち着け」

 ダン、ダン、ダン!!

 三度みたびテーブルを鳴らすと、ガチャンと床に落ちて割れたワイングラスの音がそれに重なる。

「報告書にはそんなことは一切書かれていなかった!!」

「姫ネェ!落ち着いてくれっ。暴力行為についてはちゃんと記述してあった、それに対する心の問題まで調査させるなんて無理からぬことだ」

 極限状態だった恭ちゃんをギリギリ支えていたであろう大好きなダンスまで奪われたのだとしたら、想像は容易。

 もし、私から作曲を奪われていたらと思うと居てもたってもいられずに椅子から立ち上がる私。

「一体どこに行くってんだ!?姫ネェ」

「会わなくちゃ!すぐにでも恭ちゃんに会ってあの子をはやく解放してあげないとっ!!」

「落ち着け、落ち着け、落ち着いてくれ!!今では植松から離れた恭子ちゃんに対して何から解放するつもりなんだよっ!姫ネェ」

「わかんないわよっ!!そんなこと!!でも、何もせずにはいられないわっ」

 興奮して取り乱した私を我に戻したのはその後の彼の姿だった。

 グラスの破片が飛び散る床に両手をついて深く頭を下げた直樹。

「ナベさんが何とかするって言ったんだ。……だから、この件はあの人を信じて任せてやっては貰えないだろうか。少なくとも恭子ちゃんの誕生日までは」


 直樹の手の周りの床に零れたワインがより赤く染まっていく様をみて、私は自分の心を無理やりにグッと抑えつけた。


 私は、恭ちゃんの誕生日まではこの子と渡辺さんを信じて任せる。
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