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第4章 独身男の会社員(32歳)が長期出張から帰還するに至る長い経緯
第6話「純一の作戦」
しおりを挟む「まったくもうっ……呆れていいのやら怒っていいのやらで、落ち込んでた自分が、……貴方に会うのが怖かった自分が馬鹿らしいわ、本当に」
乾杯飛沫を顏前面に浴びた真希先輩は自分のバックに入っていたハンドタオルで顔を拭きながらそう愚痴っぽく呆れ声を出していた。
「……でも、貴方が思っているほど今の現場は簡単に立ち直りはしないわよ。だから上層部も現場リーダーを外部の人間に変えることで、現場社員から有無も言わさぬ改革を行う決心をしたのよ。それなのに貴方は自分は補佐だなんて言い出すし……」
確かに先輩の言っていることは現場改革を迅速に行う上でかなり有効な手段とされている。例えば会社全体の社風を一気に変えるには組織の長である社長を外部から呼び寄せて、トップダウン式に改革を行うのが好ましいのと同じように、現場を変えるには現場リーダーを変えるのが一般的だろう。
そして何故外部の人間が良いとされているかと言うと、仮に今まで日頃から顔を合わせている同じ支社の社員を代わりのリーダーに当てたとしたら、昔の自分をよく知られていることから、しがらみも多く、ちょっとしたことから反発されることが予想されるからだ。
つまり、殆ど知らない人から命令されたら、取り敢えずそれに従う他にないという空気がまず流れるということなのだ。
「ちなみに今回の異動で解決できなかったら、現場をチーム単位で総入れ替えすることも検討されているそうよ」
大きい会社ほど部署の異動が激しいのは、社員を同じ部署にいさせ続けるとその職場での今までのやり方というのが強く根付いてしまい、そのやり方を変えようとしても中々応じてくれないことが多いからだ。
そこで頻繁に部署を異動させて、まずは人間関係を一新させることことで、今までの甘い考えを捨てさせて心機一転新たなルールを叩き込む。
その究極が現場の総入れ替えだ。総入れ替えと言っても現実的にはチームメンバーの半数程度が変わるだけなのだが、職場の人間が半数も変わってしまうと総入れ替えと言っていいほどガラリと空気が変わってしまう。
総入れ替え当初はチーム全体が業務に慣れるまで仕事の進行がかなり遅れるのでそれなりにリスクもあるのだが、ダイナミックに改革を行うことを前提とするならば結果的には有効な手段だと認めざるを得ない。
そう……確かに認めざるを得ないのだが、俺自身はそんなこと絶対に認めたくはない。
「まあ、そうはならないと思いますよ。そうさせないために俺もそれとなく策を考えてはいるんですから」
「えっ?貴方が……」
俺がチーフをやらずに補佐をやるだなんて言ったものだから、先輩は俺が何か特別な事をするつもりはないと思っていたのだろう。
俺は自分の考えを実行する前に同じ会社の人には余り聞かれたくなかったので、真希先輩に向かって手招きをして耳を貸して貰った。
「ええと、ですね……」
「ひゃうんっ!!」
ところが耳打ちした瞬間に先輩は甲高い声を上げて、バッと顔を放す。
やべえ、ちょっとムラっときてしまった。
「もうっ!急に耳へ息を吹きかけないでっ!変な声が出ちゃったじゃないのっ!!」
息を吹きかけたつもりは無いんだけど……
俺は謝りながら、再度手招きをしてもう一度耳をこちらに向けてもらい、今度は極力息を出さずに耳打ちをする。
「えーと、……ゴニョゴニョで……ゴニョゴニョして…………」
俺がその自分がやろうとしていることを説明していくと、みるみるうちに先輩の目は大きく開いていき、まさに驚きを隠せなくなっていた様子だった。
そして粗方説明を終えたあと、体を離した彼女は改めて俺に苦言を呈す。
「あっ貴方……そんなの出来るわけないわ、非常識にも程があるわよっ!!課長も部長もそんなこと認めやしないわよ絶対!」
「今までの会社のやり方で言えば確かに常識的ではないかもしれないけど、お偉いさんたちも何としてでも現場を変えたいと思っているだろうから、最初の一手くらいは様子見してくれるんじゃないですかね?」
「様子見って、貴方そんな暢気な……」
「いきり立ってやってくるよりも、暢気な奴くらいの方がチームの皆もやりやすいでしょう。それにこの策も係長の件が本当なら自分の裁量権で自力決裁できるでしょうから、事後報告という手もありますしね」
「いやいやいや、貴方っ、管理職でもなく、現場主任すら放棄して補佐をやるって言ったばかりなのに、そのくせ係長としての裁量権を使おうだなんて思っているの!?」
「駄目って言う規則はないじゃないですか~」
「それは係長が主任補佐をやるだなんて、そんな前例がないからよっ!部長課長が知ったらすぐにそんな権限剥奪されるに決まっているわ」
「だからこそですよ。逆に言えば、課長たちにこっちから言わなきゃ最初の一手は自分の思うようにやれるってことですよね?」
そんなの理屈だ、屁理屈だと、あぅあぅしながらあーだこーだ先輩は言っていたが、俺は課長部長の支持よりもっと大切なものが取り付けなければならないのだ。
「誰が何言おうが俺は気にしません……でも、チーフである真希先輩が”良し”としてくれなければ、絶対に成功できません。俺は何もできません」
「協力して、、、くれませんか?」
俺はそう言いながら真希先輩へ手を差し出す。
そして真紀先輩は複雑という言葉では表現し難いくらい色々な表情をしながら、少し手を見せたり、引っ込めたりしてその身を震わせていた。
俺は彼女を迷わせたくなかった。
迷ってほしくなかった。
手を取ってもらいたかった。
だから、真希先輩が新人の頃に言ってくれた言葉を今更ながら彼女に返したんだ。
「俺がやろうとしていること……面白くないですか?」
一瞬だった。
俺の手のひらにもの凄い力が加わって、まるで握りつぶされるような握力。
「そんなの面白いに決まっているじゃないっ!!仕事が面白いっていうのは何よりも一番大切なことなのよ!!」
それは、本社の職場でいつも縦横無尽に駆け巡っていたあの頃の真希先輩の顔つきだった。
「店員さんっ!生大お代わり超絶大特急よっ!純一くんっ仕切り直しの準備、覚悟しておきなさいっ」
そしてあわあわと再び店員が持ってきたジョッキを持ち、何故か起立までさせられた俺に向かって、真希先輩はニコリと微笑む。
「じゃあ、改めて……純一くんっ――――――ただいまっ!!」
700ml×2のビールを全身へ盛大に浴びせられた。
「お帰りなさい、真希先輩」
九州へやって来た俺に対して『ただいま』と言った彼女が可笑しくて仕方が無かった。
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