悪役令嬢のやり直しニューゲーム! ~断罪ルートは無理ゲーなので、“推し”との共闘ハッピーエンド攻略、開始します~

虹湖🌈

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第9話 鎧の隙間に、ささやく言葉

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 ローズガーデンからの帰り道は、奇妙なほど静かだった。
 夕闇が学園の輪郭をゆっくりと溶かし、薔薇の甘い香りが夜の冷たいそれに置き換わっていく。
 私の半歩後ろを歩くレオンハルト様の足音だけが、まるで心臓の鼓動のように、規則正しく響いていた。

(……個人の魂の、自由)

 彼の言葉が、頭の中で何度も反響する。
 それは、私がこの世界を「ゲーム」だと定義し、彼らを「NPC」だと割り切っていた、その土台を根底から揺るがす一言だった。
 私は今まで、彼の行動を「プログラムされたもの」として見ていた。バグに苦しむ姿も、私を監視する姿も、全てはそういう「設定」なのだと。

 でも、本当に?
 あの静かな瞳の奥で、彼は何を考え、何を感じているのだろう。
 私が仕掛ける子供じみたゲームに、彼は何を思っているのだろう。

 ちらり、と背後を盗み見る。
 夕闇に沈む彼の横顔は、彫像のように感情がなく、美しい。
 けれど、もう、私にはそれがただの無機質なオブジェクトだとは思えなかった。
 その鎧の下に、確かに一つの魂が在るのだと、認めざるを得なかった。
 それは、RTA走者である私にとって、致命的な認識の変化だった。

 †

 翌日、学園の掲示板の前は、朝から生徒たちの熱気に包まれていた。

「見ました、皆様! 今月末、建国記念祭が開催されますわ!」
「メインイベントは、最終日の『星降りの夜会(スターフォール・ボール)』ですって!」

 リナとリラが、興奮した様子で私に駆け寄ってくる。
 掲示板に張り出された羊皮紙には、優雅な文字で、伝統ある夜会の開催が告知されていた。

「まあ、アイナ様! もちろん、アルバート殿下と最初のダンスを踊られるのでしょう?」
「きっと、今年の夜会の主役は、お二人ですわね!」

 無邪気な取り巻きたちの言葉に、私の心は現実に引き戻される。
 そうだ、私はアルバート王子の婚約者。
 そんな公の場で、彼以外の男性と踊ることなど、許されるはずがない。

「アイナ! 私の愛しい薔薇よ!」
 噂をすれば、バグ王子が満面の笑みでやってきた。もちろん、彼の隣には、複雑そうな表情のエリスもいる。
「聞いたかい、星降りの夜会! 天の川の星々も、我々二人のダンスに嫉妬するだろう! 今から最高の詩を考えておかなくては!」

「……ええ、楽しみですわね、殿下」

 完璧な淑女の笑みを浮かべながら、私の心は急速に冷えていく。
(夜会……。大規模なイベント。断罪イベントの舞台は卒業パーティーだったけれど、ここで何かを仕掛けることも可能かもしれない)

 ゲーマーとしての私が、即座に分析を始める。
(警備は手薄になり、貴族たちが一堂に会す。混乱を起こすには、絶好の機会……)

 しかし、思考の片隅で、別の感情がノイズのように混じり込む。
(……ダンス、か)
 アルバート殿下の、芝居がかったエスコートを想像して、うんざりする。
 そして――脳裏に、別の光景が過った。

 もしも、背後に立つ、あの静かな騎士と踊れたなら。
 あの、大きな手を取って、ワルツの調べに乗ることができたなら。

「……っ!」
 私は自分の思考に、顔が熱くなるのを感じた。
(何を考えているの、私! これは致命的なバグよ! 感情のバグだわ!)

 †

 その夜、私は自室のバルコニーで、一人、夜風に当たっていた。
 昼間の熱気はすっかりと冷え込み、空には無数の星が瞬いている。

 ガチャリ、と背後で扉が開く音がした。
 振り返らずとも、誰かは分かる。レオンハルト様が、私の監視のため、部屋の入り口に立ったのだ。
 光を背にした彼の姿は、深い影に沈んで表情までは見えない。

 この静寂が、心地よかった。
 彼がそこにいる。ただそれだけの事実が、不思議な安心感を私に与えていた。

「……サー・ナイト」

 私は、夜空を見上げたまま、静かに語りかけた。
「夜会の日、あなた様は当然、警備任務ですわよね」

「……はい。それが私の務めです」
 影の中から、静かな返答があった。

「退屈なことですわね」
 私は、少しだけ意地悪な口調で言ってみせる。
「華やかな音楽が流れ、誰もが着飾って踊っているというのに、あなた様は、ただ壁際に立って、それを眺めているだけだなんて」

 私は、ゆっくりと彼の方へ振り返った。
 そして、まっすぐに、彼の影を見つめて、問いかけた。
 それは、今までのどんな挑発とも違う、ただの、純粋な好奇心。

「――教えてくださいませんこと? あなた様は、一度くらい、誰かと踊ってみたいと、そう思ったことは、おありにならないの?」

 それは、悪役令嬢でも、RTA走者でもない。
 ただの少女としての、あまりにも個人的で、あまりにも無防備な質問だった。

 シン、とバルコニーに夜の沈黙が満ちる。
 彼の答えを待つ、ほんの数秒が、永遠のように感じられた。
 私の心臓の音が、やけに大きく、耳の奥で響いていた。
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