オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる

虹湖🌈

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第一章 オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる

第6話 誰が為の血

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 閃光と轟音が、思考を麻痺させる。
 爆発の衝撃で車体が大きく跳ね上がり、俺の身体はシートベルトに激しく打ち付けられた。ガラスの破片が車内に降り注ぎ、頬をかすめていく。

「きゃっ……!」

 情けない悲鳴を上げた俺とは対照的に、レオンは狼のように鋭い目で後方と周囲を睨みつけていた。
「まずい、対装甲ライフルまで持ち出しか! このまま平原を走れば、ただの的だ!」

 彼は悪態をつきながら、常人離れした運転技術で蛇行を繰り返し、直線的な射線を巧みに外していく。だが、敵の数は多く、連携も取れていた。じりじりと、しかし確実に包囲網が狭まっていくのが分かる。

「アキ!」
 レオンの鋭い声が飛ぶ。
「助手席の足元にある、赤いレバーを引け!」
「こ、これ!?」
「躊躇するな! 思い切りだ!」

 言われるがまま、震える手でレバーを掴み、渾身の力で引き倒す。直後、車両の後方から濃密な黒煙が噴射され、一瞬にして追っ手たちの視界を奪った。

「よし! この隙に岩場に逃げ込む!」

 レオンは好機を逃さなかった。煙幕に紛れて急ハンドルを切り、ゴツゴツとした岩が点在するエリアへと車両を滑り込ませる。だが、追手も手練れだった。煙幕が晴れるや否や、数台が散開して岩場を包囲し、俺たちの逃げ道を塞ぎにかかる。

「ちっ、こいつら、ただの暗殺者じゃない。どこかの国の特殊部隊か……!」

 レオンの呟きに、俺は血の気が引くのを感じた。俺という「資源」を巡る争いが、ついに牙を剥いたのだ。
 一台の敵車両が、岩を盾にしながら俺たちの側面に回り込み、機関銃の掃射を浴びせてきた。

 ダダダダダッ!

 鼓膜が破れそうなほどの金属音。装甲が悲鳴を上げ、車内にも火花が散る。今まで俺たちを守ってくれていた鉄の箱が、まるで紙細工のように蹂inされていく。
 そして、ついに。

 バギャンッ!

 ひときわ大きな破壊音と共に、俺のすぐ隣の装甲が内側へと抉れ、貫通した銃弾が車内に飛び込んできた。

「アキ、伏せろッ!!」

 レオンが絶叫した。
 次の瞬間、彼の大きな身体が、俺の上に覆いかぶさってきた。
 視界が彼の黒い軍服で覆われる。火薬の匂いと、彼の微かな匂い。そして、背中に伝わる、鈍く、湿った衝撃。

「ぐっ……ぁ……!」

 レオンの身体が、獣の呻きと共に大きく震えた。
 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。だが、俺の頬に生温かい液体がぽたりと落ちてきた時、全身の血が凍りついた。

 血だ。

 レオンは最後の力を振り絞り、敵車両に車体をぶつけて怯ませると、そのままの勢いで巨大な岩と岩の隙間に車両をねじ込んだ。追っ手は巨体な装甲車のせいで、その狭い隙間には入ってこれないらしい。やがて、諦めたようにエンジン音が遠ざかっていく。

 静寂が戻る。
 悪夢のような静寂の中、俺はゆっくりとレオンの身体の下から這い出した。

「レオンさん……? ねぇ、レオンさん……!」

 返事はない。ぐったりとハンドルに寄りかかる彼の脇腹から、夥しい量の血が溢れ出していた。分厚い軍服を、見る見るうちに濡れた闇が侵食していく。

「……はは……大したこと、ない……」
 レオンが掠れた声で、虚勢を張った。だが、その顔は蝋のように真っ青で、額には脂汗が滲んでいる。呼吸は浅く、速い。
「……油断、したな……」
「喋らないで! 傷に響くから……!」

 俺は絶叫していた。
 怖い。
 初めて、心の底から「死」を恐ろしいと思った。
 それは、自分の身に迫る死ではなかった。俺を庇い、俺のせいで傷ついた、たった一人の大切な人が、目の前から消えてしまうかもしれないという恐怖。

「いやだ……! 死なないで……! あなたが死んだら、俺は……俺は、また一人に……!」

 涙で視界がぐにゃぐにゃに歪む。
 レオンは薄れゆく意識の中、必死に俺に何かを伝えようと、血の気の引いた唇を動かした。
「アキ……北へ、行け……。そこに、仲間が……いる……。こいつを、使え……」
 彼は懐から信号発信機のようなものを取り出し、俺の手に握らせた。その手は、氷のように冷たかった。

「そんなこと言わないで! しっかりして!」

 俺はパニックになりながらも、車内の救急キットを引っ張り出した。震える手で包帯を取り出し、レオンの傷口に押し当てる。だが、血はまるで意思を持ったように、包帯を赤黒く染めて溢れ出してくる。
 どうしよう。どうすればいい?
 無菌室で育った俺に、まともな医療知識などあるはずもなかった。

(助けなきゃ)

 その時、頭の中で声がした。
(この人を、死なせちゃいけない)

 それは、生まれて初めて俺自身の内側から湧き上がってきた、誰かのための、そして何より自分のための、強烈な「生への意思」だった。
 彼を失いたくない。この温もりを、この世界で初めて俺を人間として扱ってくれた人を、失うわけにはいかない。

(薬……止血できる、何か……!)

 知識はない。けれど、諦めるという選択肢は、もう俺の中にはなかった。
 俺は意識を失いかけているレオンを後部座席に必死で引きずると、自ら運転席によじ登った。巨大な車両だ。ペダルに足が届くかさえ分からない。
 それでも、俺の瞳にはもう、絶望の色はなかった。

(レオンに、生きてほしい)

 その一つの願いだけが、俺の全身を突き動かす。
 夜明け前の、最も深い闇が広がる荒野の中、俺はギアと思しきレバーをめちゃくちゃに動かし、アクセルを踏み込んだ。
 車両が大きく揺れ、唸りを上げて、ゆっくりと前進を始める。
 どこへ向かうのか。何を探すのか。何も分からない。
 けれど、俺の本当の戦いは、確かにこの瞬間、始まったのだ。
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