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陽だまりのアトリエと、小さな麦の穂 〜守り神と育む、家族のレシピ〜
第93話 マルセルの新しい挑戦と、永遠の居場所
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王宮での公開実験という名の激しい戦いを終え、フィオナ・フォン・シルフィードは、自らの選んだ道――路地裏のパン屋「アトリエ・フィオナ」へと帰還した。
フィオナが爵位や公的な栄誉を全て辞退し、ルーカスと「いつか家族が増えるかもしれない」未来を誓い合ったことで、アトリエはこれまでになく温かい、愛と安堵の光に満ちていた。
厨房では、アルトがホズネの黄金色の毛並みを撫でながらご機嫌に遊んでおり、その温かな光景は、どんな豪華絢爛な宮殿よりもフィオナの心を安らがせていた。
「最近、アルトはホズネの尻尾からこぼれる『陽光の酵母』と、ますます仲良しですわね」
フィオナが生地を捏ねながら微笑むと、ルーカスは裏口の扉を補強する作業の手を止めた。
彼は、公開実験でフィオナが「愛と絆の力」の勝利を証明したこと、そしてフィオナが再び戦いに巻き込まれることがないよう、警戒を欠かしていない。
その一方で、店の隅では、一人の男が静かに、しかし決意に満ちた作業を進めていた。
マルセル・リヒト。
かつてヴィルヘルム公爵家の完璧な執事であり、今はこの小さなパン屋の敏腕コンサルタント兼軍師だ。
---
昼下がり。
帳簿の整理を終えたマルセルは、いつもの薄いノートではなく、分厚い革表紙の書類の束をフィオナの作業台に静かに置いた。
「お嬢様、お疲れのところ恐縮ですが、ご報告がございます」
マルセルは冷静沈着な顔つきだったが、その瞳の奥には、長年従えてきた主に別れを告げる者だけが持つ、静かな覚悟が宿っていた。
「これまで私は、お嬢様の旅や、アカデミー強硬派、美食家同盟との戦いにおいて、一定の役割を果たしてまいりました」
フィオナは頷いた。
マルセルの知恵がなければ、彼女のパン作りの情熱は、貴族社会の冷たい壁の前に折れていたかもしれない。
「しかし、この度の王宮での勝利により、最大の脅威は去りました。グレイ・ベルモンド氏も己の過ちを認め、管理下で研究を続ける道を選ばれた。『管理された秩序(科学)』と『分け合う温もり(愛)』の対立は、一旦終止符が打たれたと言ってよろしいでしょう」
そして――
「つきましては、お嬢様。私、マルセル・リヒトは、この『アトリエ・フィオナ』における執事および顧問としての職を辞したいと存じます」
裏口で作業していたルーカスの金槌が止まった。
「な、なんだとマルセル!? 今さら辞めるだと!? お前がいなかったら、この店のSWOT分析を誰がやるんだ!」
無視されたルーカスをよそに、マルセルは穏やかに微笑む。
「ご心配には及びません、ルーカス様。私は路地裏のパン屋を離れるわけではございません。ただ、私の『永遠の居場所』を見つけたというだけです」
---
マルセルが差し出した分厚い書類の束。
それは彼が長年書き溜めてきたノート、アカデミー関係者から回収した研究資料、そして王立図書館「特別研究員」の辞令だった。
「これまでは、お嬢様方を守るために知識を使ってまいりましたが、これからは『学術的貢献』のために尽くしたいと存じます」
彼が目指す新しい道――
それは「パンと人々の絆の歴史」を体系化し、研究すること。
「この記録には、ホズネ殿の生態、アルト様の能力、美食家同盟とアカデミーとの対立の経緯、そしてお嬢様のパンが『最も温かい記憶』を呼び覚ます力――その全てを記しました。題して、『路地裏に生まれた生命の記録』」
眼鏡の奥の瞳が輝いた。
「お嬢様のパンは、食とは『管理する資源』ではなく、『分け合い慈しむことで力を発揮するもの』であると証明しました。私は、この真実がいかに歴史をつないできたかを、学術として証明したいのです」
フィオナは、彼の新しい道が、彼にもっとも似合う道であると悟り、涙ぐみながら微笑んだ。
「マルセルさん……。どうぞ、あなたの道を進んでくださいませ」
フィオナの言葉に、マルセルは深く頭を下げた。
「ありがとうございます、お嬢様」
彼は最後に、いつもの仲間へ向き直る。
「王立図書館に籍を移しても、この店との関係が途切れることはございません。私は今後も、お嬢様方の生活と、アルト様の成長を最新の分析をもって見守り続けます」
「結局、毎週末パン食いに来るってことだな!」
ルーカスのツッコミに、マルセルは少し照れた表情を浮かべた。
「現場のサンプルとフィードバックは欠かせませんので」
そう言って、彼は陽だまりブレッドを一斤抱え、穏やかな足取りで路地裏を去っていった。
フィオナは、その背中が見えなくなるまで見送った。
---
夕暮れの厨房では、ホズネの新しい寝床を作る木の匂いと、エリィが煮込んでいるシチューの香りが混ざり合い、家族の温かさが満ちていた。
フィオナはそっと呟いた。
「皆、自分の道を見つけていくのね……」
ルーカスが振り返る。
夕日に照らされる彼の表情は、優しさと誇りに満ちていた。
「ああ。でもな、フィオナ。俺たちにとっても、マルセルにとっても、このアトリエ・フィオナはもう、ただのパン屋じゃねえ」
彼はアルトとホズネが丸くなっている“陽だまりの指定席”を指した。
「ここは、全ての道が帰ってくる、俺たちの『永遠の居場所』だ」
フィオナの胸に、温かく、優しい光が満ちた。
彼女の人生という名の新しいレシピは、またひとつ完成へと近づいていた。
フィオナが爵位や公的な栄誉を全て辞退し、ルーカスと「いつか家族が増えるかもしれない」未来を誓い合ったことで、アトリエはこれまでになく温かい、愛と安堵の光に満ちていた。
厨房では、アルトがホズネの黄金色の毛並みを撫でながらご機嫌に遊んでおり、その温かな光景は、どんな豪華絢爛な宮殿よりもフィオナの心を安らがせていた。
「最近、アルトはホズネの尻尾からこぼれる『陽光の酵母』と、ますます仲良しですわね」
フィオナが生地を捏ねながら微笑むと、ルーカスは裏口の扉を補強する作業の手を止めた。
彼は、公開実験でフィオナが「愛と絆の力」の勝利を証明したこと、そしてフィオナが再び戦いに巻き込まれることがないよう、警戒を欠かしていない。
その一方で、店の隅では、一人の男が静かに、しかし決意に満ちた作業を進めていた。
マルセル・リヒト。
かつてヴィルヘルム公爵家の完璧な執事であり、今はこの小さなパン屋の敏腕コンサルタント兼軍師だ。
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昼下がり。
帳簿の整理を終えたマルセルは、いつもの薄いノートではなく、分厚い革表紙の書類の束をフィオナの作業台に静かに置いた。
「お嬢様、お疲れのところ恐縮ですが、ご報告がございます」
マルセルは冷静沈着な顔つきだったが、その瞳の奥には、長年従えてきた主に別れを告げる者だけが持つ、静かな覚悟が宿っていた。
「これまで私は、お嬢様の旅や、アカデミー強硬派、美食家同盟との戦いにおいて、一定の役割を果たしてまいりました」
フィオナは頷いた。
マルセルの知恵がなければ、彼女のパン作りの情熱は、貴族社会の冷たい壁の前に折れていたかもしれない。
「しかし、この度の王宮での勝利により、最大の脅威は去りました。グレイ・ベルモンド氏も己の過ちを認め、管理下で研究を続ける道を選ばれた。『管理された秩序(科学)』と『分け合う温もり(愛)』の対立は、一旦終止符が打たれたと言ってよろしいでしょう」
そして――
「つきましては、お嬢様。私、マルセル・リヒトは、この『アトリエ・フィオナ』における執事および顧問としての職を辞したいと存じます」
裏口で作業していたルーカスの金槌が止まった。
「な、なんだとマルセル!? 今さら辞めるだと!? お前がいなかったら、この店のSWOT分析を誰がやるんだ!」
無視されたルーカスをよそに、マルセルは穏やかに微笑む。
「ご心配には及びません、ルーカス様。私は路地裏のパン屋を離れるわけではございません。ただ、私の『永遠の居場所』を見つけたというだけです」
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マルセルが差し出した分厚い書類の束。
それは彼が長年書き溜めてきたノート、アカデミー関係者から回収した研究資料、そして王立図書館「特別研究員」の辞令だった。
「これまでは、お嬢様方を守るために知識を使ってまいりましたが、これからは『学術的貢献』のために尽くしたいと存じます」
彼が目指す新しい道――
それは「パンと人々の絆の歴史」を体系化し、研究すること。
「この記録には、ホズネ殿の生態、アルト様の能力、美食家同盟とアカデミーとの対立の経緯、そしてお嬢様のパンが『最も温かい記憶』を呼び覚ます力――その全てを記しました。題して、『路地裏に生まれた生命の記録』」
眼鏡の奥の瞳が輝いた。
「お嬢様のパンは、食とは『管理する資源』ではなく、『分け合い慈しむことで力を発揮するもの』であると証明しました。私は、この真実がいかに歴史をつないできたかを、学術として証明したいのです」
フィオナは、彼の新しい道が、彼にもっとも似合う道であると悟り、涙ぐみながら微笑んだ。
「マルセルさん……。どうぞ、あなたの道を進んでくださいませ」
フィオナの言葉に、マルセルは深く頭を下げた。
「ありがとうございます、お嬢様」
彼は最後に、いつもの仲間へ向き直る。
「王立図書館に籍を移しても、この店との関係が途切れることはございません。私は今後も、お嬢様方の生活と、アルト様の成長を最新の分析をもって見守り続けます」
「結局、毎週末パン食いに来るってことだな!」
ルーカスのツッコミに、マルセルは少し照れた表情を浮かべた。
「現場のサンプルとフィードバックは欠かせませんので」
そう言って、彼は陽だまりブレッドを一斤抱え、穏やかな足取りで路地裏を去っていった。
フィオナは、その背中が見えなくなるまで見送った。
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夕暮れの厨房では、ホズネの新しい寝床を作る木の匂いと、エリィが煮込んでいるシチューの香りが混ざり合い、家族の温かさが満ちていた。
フィオナはそっと呟いた。
「皆、自分の道を見つけていくのね……」
ルーカスが振り返る。
夕日に照らされる彼の表情は、優しさと誇りに満ちていた。
「ああ。でもな、フィオナ。俺たちにとっても、マルセルにとっても、このアトリエ・フィオナはもう、ただのパン屋じゃねえ」
彼はアルトとホズネが丸くなっている“陽だまりの指定席”を指した。
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フィオナの胸に、温かく、優しい光が満ちた。
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