婚約破棄された令嬢、隣国の暴君王に溺愛されてますが?

ゆっこ

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 城の塔の上にある、誰も使わない小さな部屋。
 私は、そこに身を寄せていた。

 誰にも会いたくなくて。誰の顔も見たくなくて。
 扉を閉めて、窓辺の椅子に膝を抱えて座る。

「……私は、どうしたいんだろう」

 アルベルトの声も、レオナルドの手も、すべてが頭に残っている。
 想われているのに、苦しい。
 愛されているのに、決められない。

 選ばれるばかりの人生だった。
 “王太子妃にふさわしい”と称され、
 “美しく聡明な令嬢”と褒められ、
 何もかも、他人の期待の中で与えられてきた。

 そして今も――。

「私を“好きだ”って言ってくれるのに、どうして苦しいのかしら」

 たぶん、それが“私自身”を見ていないように感じるから。

 私の意思じゃなく、感情じゃなく、
 “自分のものにしたい”という彼らの独占欲の中で、
 私はまた、誰かの所有物になるのだと思ってしまう。

「……誰かに守られるだけじゃ、私はきっと……満たされないのね」

 小さく笑って、ため息をこぼした。

 そのとき――扉の向こうで、ノックの音がした。

「クラリス様……失礼いたします。リディアです」

 メイドの声に、私は重い足取りで扉を開ける。

「……お食事のことなら、いらないわ。今は……」

「いえ……陛下からの伝言です。“無理に会いに来なくていい”と。ですが……」

 リディアが、少し躊躇いながら言葉を続けた。

「本日、王宮にて“縁談の相手”がお見えになります」

「……縁談?」

「はい。“王妃候補として、隣国の侯爵令嬢をご紹介したい”と、王国議会の重鎮から陛下に強く申し出があったそうです」

「……っ」

 胸の奥に、ぎゅっと苦しいものが湧き上がった。

 私は、レオナルドに“選ばれている”と思っていた。
 でも、王である彼にとって、政略結婚は避けられない現実。

 王妃は、“国を守る存在”でもある。
 それがたとえ、感情を無視した縁談であっても――。

 私は、何者でもない。
 ただの、婚約破棄された元令嬢にすぎない。

 そんな私より、“王妃にふさわしい女”が現れるのは、当然のこと。

「……わかったわ。もうここにはいない方がいいのね」

「えっ、クラリス様……!?」

「レオナルド陛下に、“ありがとう”と伝えてちょうだい。あの人の甘さに、私は何度も救われたわ」

 リディアの制止を振り切り、私は部屋を飛び出した。

 このまま、誰にも見つからずに馬車でも拾って、国境を越えられたら――。
 そんな考えさえ、浮かんでいた。

 でも。

「……やっぱり、逃げるだけじゃ駄目よね」

 王宮の門の前で、私は立ち止まった。

 逃げるのは簡単。でも、それじゃ何も変わらない。
 レオナルドも、アルベルトも、きっと追ってくる。

 だったら、逃げる前に――ちゃんと見なければいけない。

 “自分の気持ち”を。



 午後の謁見の間は、いつにも増して華やかだった。

 その中心に立つのは、黒衣の王――レオナルド。

 そして、その対面に控えているのは、ひとりの令嬢。

 「……リリアーナ・フェルシュタインと申します。陛下にお目通り叶いましたこと、恐悦至極に存じます」

 栗色の髪を柔らかく巻いた、楚々とした美貌。
 華美ではないけれど上品な衣装と、落ち着いた言葉遣い。

 明らかに“王妃候補”として整えられてきた姿。

「……話は聞いた。王国議会の推薦だな?」

「はい。フェルシュタイン侯爵家は、代々この国の政務に尽くしてまいりました。どうか、陛下の御心に適うよう、努力いたします」

 レオナルドの顔に、笑みはなかった。
 けれど拒絶もせず、淡々と彼女の言葉を受け止めていた。

 そして――

「……では、その“陛下の御心”はどこにあるのかしら?」

 その声に、場の空気が一瞬で凍った。

 謁見の間の奥から、ドレス姿の私が現れた。

「クラリス様……!?」

 議会の面々がざわつく中、レオナルドの視線が私を捉えた。
 その鋭い目が、僅かに揺れる。

「……来るなと言ったはずだ」

「でも、来たの。見たかったのよ。あなたが“誰かを選ぶとき”に、私がどれだけ平気でいられるかを」

 私は、ゆっくりと歩いていく。

 リリアーナ嬢の隣まで来て、ふっと微笑んだ。

「素敵な方ね。才色兼備で、立ち居振る舞いも完璧。まさに“王妃にふさわしい女性”だわ」

「……恐縮です」

 リリアーナは目を伏せて応じた。威圧も嘲りもない。
 まっすぐな“正統派”だ。だからこそ、余計に苦しかった。

「……それでも、私は引き下がらないわ」

「クラリス……?」

「あなたの気持ちを確かめたかったの。政略でもない、名誉でもない、ただの“私”を選ぶ気があるのかを」

 私の問いに、レオナルドは一歩近づいた。

「選んでいる。最初からずっと、お前だけだ」

「だったら……どうして彼女を前に、拒まなかったの?」

「王としての務めだからだ。だが――」

 彼は、突然私の手を取り、そのまま膝をついた。

「――俺の心は、この女以外に傾いたことなど一度もない」

 謁見の間が、騒然となった。

「おい、レオナルド陛下が……!」

「膝を……ついた……!? まさか、公開での求婚……?」

 リリアーナが静かに一歩下がる。

「私は、身を引くべきかと存じます」

「……リリアーナ嬢」

「想いの強さには、勝てません」

 そう言って、彼女は一礼し、退場していった。

 残されたのは、ひざまずいた王と、戸惑う私。

「……私、まだ……返事はできない」

「返事など要らない。君の隣にいられるなら、それでいい」

「あなたは、王様なのよ? もっと……国のために生きるべきじゃ……」

「“国のため”に生きる俺が、心から選んだ女が、お前だ。これ以上、何を否定する?」

 その言葉に、胸が熱くなった。

 選ばれた。名誉でも、役目でもない“私”として。

 でも。

 それでも私は、まだ――こわい。

 この気持ちを受け入れてしまえば、もう後戻りはできないから。

 ――それでも、手は、温かかった。



 その夜。

 レオナルドの部屋の扉を、私は初めて、自分から叩いた。

 応じた彼に、小さく頭を下げる。

「お願い。少しだけ、あなたの隣にいさせて」

 言葉を口にした瞬間、彼は私を強く抱きしめた。

「……俺は、もう君なしでは生きられない」

「まだ……好きだなんて言ってないのに」

「構わない。君の心が、俺に向くまで……何度でも言ってやる」

 その夜、私は彼の腕の中で、初めて“安らぎ”を感じた。

 でも――

 その翌朝、王城の門前に、馬車が到着した。

 そこから降りてきたのは、赤いマントを翻すアルベルト王太子。

 そしてその隣には――もう一人の人物がいた。

「……あれは……?」

 レオナルドが眉をひそめる。

「“新しい聖女”よ」

 リディアの言葉に、私の鼓動が跳ねた。

 彼女の瞳が、まっすぐに私を見据えていた。

 再び始まる、もう一つの恋の戦いが――静かに幕を開けた。
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