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大広間には、まばゆいシャンデリアと華やかな音楽が溢れていた。
けれども、その中心で立たされている私――公爵令嬢リディア・フォン・エルノートは、吐き気がするほどの冷たい視線を浴びていた。
「リディア・フォン・エルノート!」
威圧的な声で名を呼んだのは、この国の第一王子アルベルト殿下。
本来なら私の婚約者であり、この夜会で正式に結婚が発表されるはずだった。
だが、彼の隣に立つのは私ではなく――甘ったるい笑みを浮かべる、男爵家の娘クラリッサ。
「お前はクラリッサを虐げ、陰湿な嫌がらせを繰り返してきた。そんな悪辣な令嬢を、この場で断罪する!」
「――はぁ?」
思わず間抜けな声が漏れた。
虐げた? 嫌がらせ? 私が?
いやいや、逆でしょ。クラリッサにドレスを汚されたり、招待状をすり替えられたり、散々な目に遭ったのは私なんだけど。
だが、周囲の貴族令嬢たちは「やっぱりね」「怖い人だと思ってたのよ」と囁き合い、もう既成事実のように受け入れている。
完全に仕組まれた茶番劇。
「……冗談はおやめくださいませ、殿下。証拠もなしに私を悪役に仕立てるなど」
「証拠ならある!」
クラリッサが涙ながらに告げ、ハンカチで目元を押さえる。
「リディア様は……わたくしが殿下と話しているとき、いつも侮辱の言葉を……それに、この傷も……」
彼女がドレスの袖をまくると、そこには赤い痕。まるで誰かに掴まれたような跡がついていた。
もちろん私の仕業じゃない。だが、状況証拠としては最悪だ。
「……っ」
声が詰まる。
この場で言い返しても「悪あがき」として処理されるだろう。
最初から、私を断罪するために仕組まれた舞台なのだから。
――そう、ここはゲームの断罪イベントそのもの。
思い出す。
かつて私は、この世界が乙女ゲームだと気づいた。
私はその中で、悪役令嬢としてヒロインを虐げ、最後には破滅を迎える役。
「リディア! これ以上、クラリッサを苦しめるのはやめろ!」
アルベルトの声が高らかに響く。
ああ、そう。
これは「断罪イベント」。
普通なら、ここで私は地位を失い、国外追放か処刑ルートに落ちる。
だけど――おかしい。
ゲームの筋書きなら、攻略対象たちは全員クラリッサを庇うはず。
なのに。
「……殿下」
柔らかい声が割って入った。
二人目の攻略対象、宰相補佐の才子ルーファスだ。
冷静沈着な彼は、場を見渡してから、すっと私の前に跪いた。
「私はリディア様こそが、この国に必要なお方だと考えています。あなた以外ありえません」
「……は?」
周囲がざわめいた。
何を言い出すの、この人は。
さらに。
「同感だ」
力強い声を響かせたのは、騎士団長の息子であり剣の天才、レオンハルト。
「リディア様を罪人扱いするなど、断じて許さない。俺はあなたを守ると誓ったはずだ」
彼まで跪き、私の手を取る。
「な、なにを……!」
青ざめたのはアルベルトだ。
続いて、三人目の攻略対象――神殿所属の聖職者ユリアンまでもが前に出た。
柔らかな微笑みを浮かべながら、私の足元にひざまずく。
「女神の御心はリディア様にあります。彼女を断罪することこそ、神への冒涜でしょう」
「ちょっと待って。どういう状況なの、これ……」
私の呟きは誰にも届かない。
場内は大混乱だった。
さらに極めつけは、隣国から留学中の第二王子、シリル。
本来なら隠し攻略キャラであり、めったにルート入りしない彼までが口を開く。
「私もリディア嬢を支持する。むしろ――妻に迎えたいくらいだ」
その言葉に、クラリッサが悲鳴をあげた。
「な、なんで!? わたくしはヒロインで……! 殿下、みなさん、どうしてそんな女に……!」
「……っ」
アルベルトは顔を真っ赤にして、言葉を失っている。
まさかの事態に、彼の筋書きは完全に崩壊していた。
私はといえば――。
「……いや、ほんとにどういうこと?」
完全に混乱していた。
だって、断罪イベントのはずなのに。
なぜ攻略対象全員が私に跪いて「君以外ありえない」なんて言ってくるの?
頭の中に、ゲームの記憶がフラッシュバックする。
――確かに私は悪役令嬢だったはず。
――彼らはヒロインを庇うはず。
なのに、なぜ。
私の未来は破滅どころか、なぜか溺愛エンドに突入しようとしていた。
「リディア様」
私の手を取ったまま、ルーファスが真剣な眼差しを向けてくる。
「どうか、この場からお下がりください。あなたを守るのが私の使命です」
「俺も行く」
レオンハルトが即答する。
「絶対に傷一つつけさせない」
「神もあなたを選んでいます」
ユリアンが続ける。
「……」
シリルは何も言わずに私の髪を撫で、ただ微笑んでいた。
全員の視線が、私一人に集中している。
息苦しいほどの熱。
断罪どころか、求婚ラッシュ。
「…………いや、だから」
私は思わず叫んだ。
「誰か状況を説明してっ!」
けれども、その中心で立たされている私――公爵令嬢リディア・フォン・エルノートは、吐き気がするほどの冷たい視線を浴びていた。
「リディア・フォン・エルノート!」
威圧的な声で名を呼んだのは、この国の第一王子アルベルト殿下。
本来なら私の婚約者であり、この夜会で正式に結婚が発表されるはずだった。
だが、彼の隣に立つのは私ではなく――甘ったるい笑みを浮かべる、男爵家の娘クラリッサ。
「お前はクラリッサを虐げ、陰湿な嫌がらせを繰り返してきた。そんな悪辣な令嬢を、この場で断罪する!」
「――はぁ?」
思わず間抜けな声が漏れた。
虐げた? 嫌がらせ? 私が?
いやいや、逆でしょ。クラリッサにドレスを汚されたり、招待状をすり替えられたり、散々な目に遭ったのは私なんだけど。
だが、周囲の貴族令嬢たちは「やっぱりね」「怖い人だと思ってたのよ」と囁き合い、もう既成事実のように受け入れている。
完全に仕組まれた茶番劇。
「……冗談はおやめくださいませ、殿下。証拠もなしに私を悪役に仕立てるなど」
「証拠ならある!」
クラリッサが涙ながらに告げ、ハンカチで目元を押さえる。
「リディア様は……わたくしが殿下と話しているとき、いつも侮辱の言葉を……それに、この傷も……」
彼女がドレスの袖をまくると、そこには赤い痕。まるで誰かに掴まれたような跡がついていた。
もちろん私の仕業じゃない。だが、状況証拠としては最悪だ。
「……っ」
声が詰まる。
この場で言い返しても「悪あがき」として処理されるだろう。
最初から、私を断罪するために仕組まれた舞台なのだから。
――そう、ここはゲームの断罪イベントそのもの。
思い出す。
かつて私は、この世界が乙女ゲームだと気づいた。
私はその中で、悪役令嬢としてヒロインを虐げ、最後には破滅を迎える役。
「リディア! これ以上、クラリッサを苦しめるのはやめろ!」
アルベルトの声が高らかに響く。
ああ、そう。
これは「断罪イベント」。
普通なら、ここで私は地位を失い、国外追放か処刑ルートに落ちる。
だけど――おかしい。
ゲームの筋書きなら、攻略対象たちは全員クラリッサを庇うはず。
なのに。
「……殿下」
柔らかい声が割って入った。
二人目の攻略対象、宰相補佐の才子ルーファスだ。
冷静沈着な彼は、場を見渡してから、すっと私の前に跪いた。
「私はリディア様こそが、この国に必要なお方だと考えています。あなた以外ありえません」
「……は?」
周囲がざわめいた。
何を言い出すの、この人は。
さらに。
「同感だ」
力強い声を響かせたのは、騎士団長の息子であり剣の天才、レオンハルト。
「リディア様を罪人扱いするなど、断じて許さない。俺はあなたを守ると誓ったはずだ」
彼まで跪き、私の手を取る。
「な、なにを……!」
青ざめたのはアルベルトだ。
続いて、三人目の攻略対象――神殿所属の聖職者ユリアンまでもが前に出た。
柔らかな微笑みを浮かべながら、私の足元にひざまずく。
「女神の御心はリディア様にあります。彼女を断罪することこそ、神への冒涜でしょう」
「ちょっと待って。どういう状況なの、これ……」
私の呟きは誰にも届かない。
場内は大混乱だった。
さらに極めつけは、隣国から留学中の第二王子、シリル。
本来なら隠し攻略キャラであり、めったにルート入りしない彼までが口を開く。
「私もリディア嬢を支持する。むしろ――妻に迎えたいくらいだ」
その言葉に、クラリッサが悲鳴をあげた。
「な、なんで!? わたくしはヒロインで……! 殿下、みなさん、どうしてそんな女に……!」
「……っ」
アルベルトは顔を真っ赤にして、言葉を失っている。
まさかの事態に、彼の筋書きは完全に崩壊していた。
私はといえば――。
「……いや、ほんとにどういうこと?」
完全に混乱していた。
だって、断罪イベントのはずなのに。
なぜ攻略対象全員が私に跪いて「君以外ありえない」なんて言ってくるの?
頭の中に、ゲームの記憶がフラッシュバックする。
――確かに私は悪役令嬢だったはず。
――彼らはヒロインを庇うはず。
なのに、なぜ。
私の未来は破滅どころか、なぜか溺愛エンドに突入しようとしていた。
「リディア様」
私の手を取ったまま、ルーファスが真剣な眼差しを向けてくる。
「どうか、この場からお下がりください。あなたを守るのが私の使命です」
「俺も行く」
レオンハルトが即答する。
「絶対に傷一つつけさせない」
「神もあなたを選んでいます」
ユリアンが続ける。
「……」
シリルは何も言わずに私の髪を撫で、ただ微笑んでいた。
全員の視線が、私一人に集中している。
息苦しいほどの熱。
断罪どころか、求婚ラッシュ。
「…………いや、だから」
私は思わず叫んだ。
「誰か状況を説明してっ!」
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