浮気相手を選んだ元婚約者ざまぁ!捨てられ令嬢は隣国の王子に溺愛されています

ゆっこ

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 翌朝。まだ空気に夜の冷たさが残っている時間に、私は館の廊下を歩いていた。
 昨夜はなかなか眠れず、月明かりを見つめて思案に耽ってしまったからだ。

 ――「俺は君を守る」
 レオン殿下の言葉が、何度も頭の中に響いて離れなかった。

 その意味を、もっと知りたい。
 けれどあのとき従者が駆け込んできて、詳しく聞くことができなかった。

「エリス」

 背後から名を呼ばれ、振り返ると、朝靄を纏ったように涼やかな姿でレオン殿下が立っていた。
 寝不足で赤い目を悟られぬよう、思わず視線を逸らす。

「おはようございます、殿下。お早いのですね」
「君に会いたかったからな」

 そんな真っ直ぐな言葉をさらりと告げる人に、どう応えればいいのか。
 胸がまた大きく跳ねた。





 朝食の席。
 殿下は落ち着いた様子でパンを切り分け、私の皿に置いてくれる。

「エリス、眠れなかっただろう? 少し目が赤い」
「……っ! お分かりになられますか」
「俺は君を見ている。小さな変化も見逃さない」

 柔らかい口調だが、逃げ場を与えないほどの確信に満ちていた。
 私は観念して頷いた。

「少し、考え事をしておりましたの。殿下がおっしゃったことが気になって……」
「“守る”と誓ったことか」

 殿下の瞳が、真剣に細められる。
 胸の奥が高鳴る。

「実を言えば……君の元婚約者がこちらに接触を試みている。外交の名目でな」
「――っ!」

 驚きで手が止まった。
 アレクシス殿下が? あの男が、もう隣国に?

「まだ確定ではないが、動きはある。俺に報せが入ったのもその件だ。だから俺は誓った。君を絶対に守ると」

 その声は低く、鋼のように固かった。
 彼の中でそれはただの言葉ではなく、決して揺るがぬ決意であると分かった。

「殿下……」

 感情があふれ、目尻に熱が滲む。
 けれど彼はそっと指で涙を拭い、微笑んだ。

「泣くな。俺は君を悲しませたくない」

 そう言って、自然な動作で私の手を握る。
 温かさが心の奥深くまで染み込んできた。





 その日の午後。
 殿下は私を城下の市へ連れ出してくれた。

 石畳の大通りには色とりどりの露店が並び、人々の笑い声と楽師の音楽が絶えず響いている。
 香ばしい焼き菓子の匂いに惹かれて足を止めると、殿下がすぐに買って差し出してきた。

「はい、エリス。熱いから気をつけろ」
「ありがとうございます……あ、あつっ!」

 口に入れた瞬間、熱さに慌てる私を見て、殿下が肩を震わせて笑う。

「可愛いな。君のそういうところが堪らなく好きだ」
「す、好き……っ!? 殿下、さらりと……!」
「事実だろう?」

 当然のように言われて、言葉を失う。
 周囲の喧騒などまるで耳に入らず、ただ彼の笑顔だけが胸を支配した。





 その夜。
 滞在先の館のバルコニーに出ると、また殿下が現れた。
 金色の瞳が月光に照らされ、夜でも凛々しい姿を際立たせている。

「エリス。俺は少し強引かもしれない。だが……君を手放すつもりはない」

 低い声が夜気に溶けた。
 私は言葉を失い、ただ見つめ返す。

「君は俺にとって、かけがえのない人だ。もう誰にも傷つけさせはしない。……そのためなら、たとえ王太子だろうと敵に回す」

 その真剣な言葉に、息が詰まる。
 そして胸の奥で、何かが決壊した。

「……殿下。私……」

 言葉に詰まりながらも、どうしても伝えたかった。
 これまで誰にも言えなかった想いを。

「私は……あなたのそばにいると、心が安らぎます。こんな気持ちは初めてで……」

 殿下は瞳を見開き、そしてゆっくりと笑みを浮かべた。
 手を伸ばし、私の頬に触れる。

「ありがとう、エリス。……その言葉だけで十分だ」

 月明かりの下、彼の温もりに触れながら、私は初めて心から安堵の息をついた。





 だが、穏やかな時間は長く続かなかった。

 数日後。
 館に届けられた封書を開いたとき、私は思わず凍りついた。

――差出人はアレクシス殿下だった。

『エリス。君を失ったことで、私はようやく己の愚かさに気づいた。
 どうか一度だけ会ってほしい。君を迎えに行く』

 震える手から手紙が滑り落ちる。
 冗談ではない。彼は自ら私を切り捨て、別の女を選んだのだ。

 なのに、今さら。

 怒りと恐怖と嫌悪がないまぜになり、呼吸が乱れる。
 そのとき。

「エリス!」

 駆け込んできたレオン殿下が、私の様子を見て眉をひそめた。
 落ちた手紙を拾い上げ、素早く目を通す。

 次の瞬間、彼の瞳が鋭く光った。

「……やはり来たか、愚か者め」

 低い声に、背筋が震える。
 殿下は手紙を握り潰し、私を強く抱き寄せた。

「恐れるな、エリス。何があろうと、俺が君を守る。あの男に触れさせはしない」

 その言葉に、胸の奥の不安が少しずつ溶けていく。
 私は殿下の胸に顔を埋め、小さく頷いた。

「……信じています。殿下」

 月のない夜、強く抱きしめられながら、私は心の奥底で誓った。
 もう二度と、過去には戻らない。

 けれど――元婚約者の影は、確実にこちらへ迫ってきていた。
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