浮気相手を選んだ元婚約者ざまぁ!捨てられ令嬢は隣国の王子に溺愛されています

ゆっこ

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 あの舞踏会の夜から、私の毎日は少しずつ変わり始めた。

 人々の視線が、私を通り過ぎるだけのものから、興味と憧れを含んだものに変わったのだ。
 「リヒャルト殿下の隣にいた女性」――そう囁かれ、時には羨望の眼差しで見られる。
 かつて王都で「婚約破棄された惨めな令嬢」と嘲笑された私と同じ人間だとは、とても思えないほどに。

 ……けれど、慣れるのは簡単ではなかった。

 「お慕い申し上げます」
 「ぜひお友達に……!」

 舞踏会のあと、令嬢方から贈り物や招待状が次々と届く。
 彼女たちが私に向ける笑顔は表面上華やかで、けれど奥底には探りや嫉妬が渦巻いているのが分かる。

 ――私が彼女たちの憧れの殿下に近い存在だから。

 正直、怖かった。
 それでも、逃げてばかりではいけない。
 ここで立ち止まってしまえば、また過去の弱い自分に戻ってしまう。

 私は覚悟を決め、招待のひとつを受けることにした。





 その日、私は小さな茶会に出席した。
 同じように婚約者を持つ令嬢方が数人集まる、穏やかな場――のはずだった。

 「まあ……あなたが噂の方なのね」
 「隣国の王子様に見初められるなんて、運が良いこと」

 柔らかい言葉に、ほんのわずかな毒が混ざっているのを感じる。
 私は笑顔を保ちながら、丁寧に言葉を返すしかなかった。

 けれど、その中の一人がふと漏らした言葉が、私の心を抉った。

 「でも……元の婚約者様に未練はないのかしら?」

 ――未練。

 胸がちくりと痛む。
 確かに、あの瞬間まで私はアルノルト殿下を慕っていた。
 彼が浮気相手を選んで私を捨てた日、心が粉々に砕けた。
 それは決して簡単に消えるものではない。

 「……もう、未練はありません」
 私は静かにそう答えた。
 震えそうになる声を抑え、紅茶を口に含む。

 ――未練なんて、残ってはいけない。
 今の私は、リヒャルト殿下の隣にいるのだから。




 茶会が終わり、部屋に戻ったとき。
 そこにはリヒャルト殿下が待っていた。

 「……顔色が優れないな」

 彼はすぐに私の異変を察し、心配そうに覗き込む。
 私は思わず弱音を吐き出してしまった。

 「……私、本当に殿下の隣にいていいのか、不安になるのです」

 「どうして?」

 「私は……一度、婚約者に捨てられた身です。周囲の人々はきっと、それを忘れてはくれないでしょう」

 言葉にしながら、自分の弱さを突きつけられる。
 けれど、殿下は少しも動じなかった。

 「君は過去を気にしているのだな。だが――」

 彼は私の手を取り、真っ直ぐに言った。

 「君がどんな過去を持っていようと、今の君を大切に思う気持ちは変わらない。私の隣に立つ資格があるのは、君だけだ」

 その真剣な瞳に、私は胸を締めつけられる。
 涙がにじみそうになりながらも、どうにか笑みを返した。

 「……ありがとうございます」

 その夜、私は彼の言葉に救われて眠りについた。





 数日後。

 王城に衝撃の知らせが届いた。
 「ラーヴェルト王国からの使者が到着した」と。

 ラーヴェルト――。
 それは、私がかつて暮らしていた祖国であり、そしてアルノルト殿下がいる国。

 心臓が凍りつく。
 どうして今、この国に?

 「外交のためだと説明されているが……」
 リヒャルト殿下は眉をひそめ、私の肩に手を置いた。
 「君に会いに来る可能性もある。心しておいてほしい」

 「……はい」

 予感は的中した。

 謁見の間に並ぶ使者の列の中に、私は見覚えのある顔を見つけてしまったのだ。

 ――アルノルト殿下。

 金髪を整え、取り繕った笑顔を浮かべながら、彼は隣国の王とその王子に恭しく頭を下げている。
 けれどその視線がちらりとこちらをかすめたとき、確かに目が見開かれた。

 「……あれは」
 彼がかすかに口を動かしたのが分かった。

 そう、私だ。
 捨てられたはずの令嬢が、隣国の王子の隣にいる。
 その事実が、彼にどんな衝撃を与えたのか――想像に難くなかった。




 夜。

 私は王城の廊下を歩いていた。
 すると、不意に背後から声を掛けられる。

 「……エリーゼ!」

 振り返ると、そこにはアルノルト殿下が立っていた。
 動揺を隠しきれない顔で、彼は私に歩み寄る。

 「な、なぜここに……!? いや、それよりも……!」

 彼は焦燥した様子で言葉を続けた。

 「エリーゼ、戻ってきてくれ! 私は間違っていた。あんな女を選んだのは誤りだったんだ!」

 ――あんな女。
 浮気相手に夢中になり、私を切り捨てたときの甘ったるい態度とは打って変わって、彼は悔しさと苛立ちを滲ませていた。

 私は静かに息を吸い込み、そして言った。

 「お断りします」

 アルノルト殿下の顔が固まった。

 「な、なんだと……?」
 「私はもう、あなたにとっての『捨てられ令嬢』ではありません」

 背筋を伸ばし、毅然と告げる。
 かつて彼にすがり、涙を流した私とは違う。

 「私は今、リヒャルト殿下に守られ、隣に立っています。もう二度と、あなたに振り回されることはありません」

 その言葉に、アルノルト殿下の顔がみるみる青ざめていく。

 ――ざまぁ。

 心の奥底で、ようやくその言葉を実感する瞬間だった。





 「君を困らせていないだろうな」

 その夜、私の部屋を訪ねてきたリヒャルト殿下がそう言った。
 私は苦笑しつつ、正直に答える。

 「少し……ですが、もう大丈夫です」

 「本当に?」

 心配そうな眼差しが、胸に沁みる。
 私は小さく頷き、彼に微笑みかけた。

 「だって、私は殿下の隣にいるのですから」

 その言葉に、彼は一瞬驚いたように目を見開き、やがて深い笑みを浮かべて私を抱き寄せた。

 「……その言葉が聞けて嬉しい」

 彼の腕の中は温かくて、安心できて――。
 私は心の底から思うのだ。

 過去の傷は消えないかもしれない。
 けれど今、私には未来がある。
 リヒャルト殿下と共に歩む、新しい未来が。



 その未来が、やがてどんな困難を呼び寄せるのか。
 そしてアルノルト殿下と、その浮気相手の女がどんな末路を辿るのか。

 それは、まだ誰も知らない。
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