婚約破棄された悪役令嬢、なぜかモテ期が来た件

ゆっこ

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──王立アカデミー、卒業舞踏会の日。

わたくし、エリザベート・フォン・ローデンベルクは、生まれてこのかた最大の屈辱を味わっていた。

「エリザベート・フォン・ローデンベルク嬢。貴女との婚約を、ここに破棄させていただく!」

婚約者である第二王子・アレクシス殿下の高らかな声が、大広間に響き渡る。

わたくしのドレスの裾が揺れる。会場がざわめくのがわかる。アレクシス殿下の隣には、庶民出身の転入生、ミリア・スノウ嬢が寄り添っている。

──なるほど、噂は本当だったというわけね。

「理由をお聞かせ願えますか、殿下?」

わたくしは静かに問いかけた。感情を抑えて、声が震えないように。

「君は……他人を見下し、婚約者としての品位を欠いた。特にミリア嬢に対する態度は、目に余るものがあった」

あらそう。いつわたくしがそんなことを?

彼の言葉は、会場にいた他の貴族たちの同情と軽蔑を誘った。だが、わたくしは泣き喚いたり、地団駄を踏んだりはしなかった。そんなことをしても、殿下が戻ってくるわけでも、失った名誉が回復するわけでもない。

「……承知いたしました」

それだけ言って、わたくしは会場を後にした。

それが、すべての始まりだった。




「エリザベート様、本当に婚約を破棄されたのですか?」

次の日、馬車で領地に帰ろうとしていたわたくしの元に、親友のマリアンヌが駆け寄ってきた。

彼女は侯爵令嬢で、学院では数少ない、わたくしを“悪役”と決めつけずに接してくれた貴重な友人だ。

「ええ。公的な手続きもすぐになされるでしょう」

「……本当に、ミリア嬢のせいだと思いますか?」

「いいえ。殿下が、わたくしと共に歩む覚悟を持っていなかっただけ。そういうことよ」

マリアンヌは黙り込んだ。その目には、複雑な感情が浮かんでいた。

わたくしは笑った。心からではないけれど、強くあろうとするために。

「大丈夫よ、マリアンヌ。わたくしには、これからの人生があるのだから」




領地に戻って数日後。

驚いたことに、屋敷には毎日のように貴族の若者たちからの手紙や訪問の申し出が届くようになった。

「エリザベート様、今日だけで文が十通……いえ、十一通でございます」

メイドのクラリッサが困惑した様子で言う。内容のほとんどが、こうだ。

──舞踏会でのご決断、感銘を受けました。ぜひ一度お会いしたく。

──殿下の態度は許しがたい。あなた様こそ、真の令嬢でございます。

──他の誰かに奪われる前に、せめてお茶でもご一緒させてください。

わたくしは唖然とした。

婚約を破棄された令嬢は、普通なら“訳あり”とされ、社交界で冷遇される。それなのに、なぜこんなにも人が寄ってくるのか。

しかも、ただの賛辞や同情ではなかった。

訪ねてくる男性の中には、名家の御曹司や騎士団の若き隊長、魔法省の研究員といった、社交界でも注目される人物が多く含まれていたのだ。

その中で特に印象に残ったのが、第一王子・ジークフリート殿下だった。




「エリザベート嬢。少しお時間をいただけますか?」

ある日、思いがけず彼が屋敷に現れた。

「第一王子、ジークフリート殿下が……ここに?」

わたくしは一瞬耳を疑った。彼は弟のアレクシス殿下とは違い、冷静で聡明、軍務と政務の両面で国王陛下からの信頼も厚い。

そんな方が、なぜ──?

「単刀直入に申します。弟が無礼を働いたこと、兄として、国の皇族として謝罪いたします」

「そんな、おやめくださいませ。殿下が謝罪されることでは……」

「しかし、あなたが受けた損失は小さくない。私は、あなたに改めて申し上げたいのです。あなたの品位と理性に、心から敬意を抱いていると」

ジークフリート殿下の金の瞳が、まっすぐにわたくしを見つめていた。

まるで、王宮の冷たい空気とはまったく別の世界のような、温かさを帯びた視線だった。

「そして……願わくば、これからもお会いすることを許していただければ」

「…………」

なんということか。

これは、まさか、本当に──モテ期というやつでは?



「ふふふ……エリザベート様、すごい勢いですね!」

「何が“すごい”のよ、クラリッサ……わたくしはただ、静かに余生を過ごしたかっただけなのに……」

「まだ二十歳になられたばかりで“余生”は早すぎます」

確かにそうかもしれない。

けれど、人生の一大転機を迎えて、いま、わたくしの周りの世界は回り始めている。

婚約破棄で終わったはずの人生が、今や新たな出会いと選択に満ちている。

その中で、わたくしは誰の手を取るのか。

それとも、誰の手も取らず、我が道を往くのか──

答えは、まだ出ていない。

けれど、一つだけ確かなのは……

「──これからが面白くなりそうね」

わたくしは、鏡の中の自分に笑みを向けた。

そして、今宵もまた、新たな来訪者の名を記した手紙を手に取るのだった。
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