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──アルゼンド旧遺跡。
黒い空の下、霧が濃く立ち込める谷底に、古の石門が静かに姿を現していた。エリザベート=ローデンベルクは深いマントの裾を持ち上げながら、足元の苔むした階段を下りていく。
そのすぐ背後を、ルディウス・アルステルが無言でついてくる。彼の手には、魔力で発光する杖があり、その淡い青の光が二人の道を照らしていた。
「……不気味な場所ですわね。何かが、眠っているというより、“待っている”ような……」
「そう。これが、“選ばれた者”しか辿り着けない場所。……私も、ここに来るのは初めてだ」
ルディウスが言った。
遺跡の入口に描かれた紋章は、確かにエリザベートがこれまでの人生で目にしたことがあるものだった。
──母の部屋の奥、飾られていた古びたタペストリー。そこに刺繍されていた“赤い羽根と三日月”の紋。
自分が誰の血を引いていたか、すべてがつながった瞬間だった。
「この中に、“鍵”があるのでしょう?」
「はい。……それと、貴女の祖先に関する記録、あるいは力が」
エリザベートは石扉に触れた。
すると、扉は魔力に反応したのか、音もなく開いた。
その奥は、まるで時の止まった神殿だった。
天井の高い回廊、壁一面に描かれた古代語の文様。祭壇のような台座の上には、ひとつの黒い宝玉が浮かんでいた。
「これは……?」
「“記憶の宝珠”です。血縁者が触れることで、過去の記録を呼び出すことができる。……貴女の、母の母、そのまた母へと連なる者たちの記憶が、ここに刻まれています」
「記憶を……?」
「触れてください、エリザベート嬢。これが、“鍵”です」
エリザベートは躊躇わなかった。
手袋を外し、素肌で黒い宝玉に触れる──
その瞬間、意識が深く沈み込んだ。
──記憶の中の光景は、意外にも柔らかい春の野原だった。
一人の女性が、赤子を抱えている。その女性の顔には見覚えがあった。母、ミレーヌ・ローデンベルク。
だが、その顔は今よりも遥かに若く、そして瞳には深い悲しみが宿っていた。
「この子を、普通の人生に……普通の令嬢として生きさせてあげたい」
そう呟いた声が、エリザベートの胸に響く。
「この国にはもう、“灰の血”を受け入れる土壌などない。だから私は……自分の記憶も力も封じ、この子にはすべてを忘れてもらうわ」
その言葉とともに、光が弾ける。
次に現れたのは、別の女性。おそらくさらに先祖にあたる人物。
「この国が、魔導を正しく恐れ、正しく使う日が来るならば。その時、“鍵”を開ける者が現れる」
そして最後に見えたのは、深い闇の中に浮かぶ、“選択”という言葉。
──エリザベートは、記憶の世界から現実に引き戻された。
宝珠の光が、ゆっくりと彼女の中に吸い込まれていく。
「どうやら……鍵は開いたようですわね」
「……はい。貴女は今、この国の“旧き魔導”と“新しき統治”を繋ぐ存在になった」
ルディウスが言った。
「ですが、問題はこれからです。王都では、貴女がこの遺跡に向かったと知り、第一王子派が兵を動かし始めました。……もう、引き返すことはできません」
エリザベートは、静かにうなずいた。
「分かっております。……ならば、わたくしも“動く”とき」
彼女はドレスの裾を払い、堂々と石の床を踏みしめた。
「王都へ戻りましょう、ルディウス。わたくしの居場所は、やはり“舞台の中心”ですから」
──王都・王宮前広場。
数日後、エリザベートは群衆の前に姿を現した。
王宮では、第一王子・レオンハルトが“次期王”として正式に支持を得たという発表がなされた直後だった。しかし、その声明に反して、空気は騒然としていた。
「……ローデンベルク嬢だ!」「戻ってきたのか!?」「まさか……!」
馬車から降りたエリザベートの姿は、以前とはまるで違っていた。
貴族らしい優雅さはそのままに、しかしその瞳は王宮の誰よりも強く、確信に満ちていた。
彼女は王宮の門前に立つと、高らかに声を上げた。
「この国の皆様──わたくし、エリザベート=ローデンベルクは、ここに宣言いたします」
「“第三の計画”──それは、王族による専制でも、旧き貴族制度でもない。“魔導と民意”による、新たな統治の形ですわ!」
騒然とする中、門内から姿を現したのは、ジークフリート王子だった。
「ローデンベルク嬢。……その意志、受け取りました。貴女が“鍵”を開けたことで、もはや後戻りはできません」
彼の手には、正式な任命書があった。
「貴女を、“魔導院”の初代長官に任命する。この国の新たな柱として──共に歩んでほしい」
エリザベートはその書簡を受け取った。
「光栄に存じますわ、殿下」
その瞬間、王都に集まった貴族たちの中から、誰かが呟いた。
「“悪役令嬢”と呼ばれていたあの娘が……」
「もはや、悪役などではない。“英雄”だ」
群衆の中に立っていたカイル・ラウベルの姿が、少しだけ微笑んでいた。
「君は……僕が見抜けなかったほどの強さを持っていたんだね」
その声は届かなかったが、エリザベートの瞳は遠くで彼を捉えていた。
クラリッサ、ルディウス、そしてジークフリート──
彼女を支えた男たち、導いた友人たち。
そのすべてが、彼女を“悪役”ではなく“選ばれし者”へと導いてくれたのだ。
数年後。
王都に設立された“王国魔導院”は、魔法と政治の橋渡しを担う中立機関として、大陸諸国からも注目される存在となった。
初代長官、エリザベート=ローデンベルクは、幾度かの政変を乗り越え、王国の改革を根幹から支える存在となった。
──婚約破棄から始まった、すべての出来事。
それは、彼女にとって苦難であり、同時に“モテ期”という名の試練であった。
「けれど──わたくしは、誰にも選ばれずとも、自分で選んで歩ける女ですわ」
王都の朝日が、白金の塔に差し込む。
そこに立つエリザベートは、微笑みながら自らの未来を見据えていた。
──悪役令嬢から英雄へ。
黒い空の下、霧が濃く立ち込める谷底に、古の石門が静かに姿を現していた。エリザベート=ローデンベルクは深いマントの裾を持ち上げながら、足元の苔むした階段を下りていく。
そのすぐ背後を、ルディウス・アルステルが無言でついてくる。彼の手には、魔力で発光する杖があり、その淡い青の光が二人の道を照らしていた。
「……不気味な場所ですわね。何かが、眠っているというより、“待っている”ような……」
「そう。これが、“選ばれた者”しか辿り着けない場所。……私も、ここに来るのは初めてだ」
ルディウスが言った。
遺跡の入口に描かれた紋章は、確かにエリザベートがこれまでの人生で目にしたことがあるものだった。
──母の部屋の奥、飾られていた古びたタペストリー。そこに刺繍されていた“赤い羽根と三日月”の紋。
自分が誰の血を引いていたか、すべてがつながった瞬間だった。
「この中に、“鍵”があるのでしょう?」
「はい。……それと、貴女の祖先に関する記録、あるいは力が」
エリザベートは石扉に触れた。
すると、扉は魔力に反応したのか、音もなく開いた。
その奥は、まるで時の止まった神殿だった。
天井の高い回廊、壁一面に描かれた古代語の文様。祭壇のような台座の上には、ひとつの黒い宝玉が浮かんでいた。
「これは……?」
「“記憶の宝珠”です。血縁者が触れることで、過去の記録を呼び出すことができる。……貴女の、母の母、そのまた母へと連なる者たちの記憶が、ここに刻まれています」
「記憶を……?」
「触れてください、エリザベート嬢。これが、“鍵”です」
エリザベートは躊躇わなかった。
手袋を外し、素肌で黒い宝玉に触れる──
その瞬間、意識が深く沈み込んだ。
──記憶の中の光景は、意外にも柔らかい春の野原だった。
一人の女性が、赤子を抱えている。その女性の顔には見覚えがあった。母、ミレーヌ・ローデンベルク。
だが、その顔は今よりも遥かに若く、そして瞳には深い悲しみが宿っていた。
「この子を、普通の人生に……普通の令嬢として生きさせてあげたい」
そう呟いた声が、エリザベートの胸に響く。
「この国にはもう、“灰の血”を受け入れる土壌などない。だから私は……自分の記憶も力も封じ、この子にはすべてを忘れてもらうわ」
その言葉とともに、光が弾ける。
次に現れたのは、別の女性。おそらくさらに先祖にあたる人物。
「この国が、魔導を正しく恐れ、正しく使う日が来るならば。その時、“鍵”を開ける者が現れる」
そして最後に見えたのは、深い闇の中に浮かぶ、“選択”という言葉。
──エリザベートは、記憶の世界から現実に引き戻された。
宝珠の光が、ゆっくりと彼女の中に吸い込まれていく。
「どうやら……鍵は開いたようですわね」
「……はい。貴女は今、この国の“旧き魔導”と“新しき統治”を繋ぐ存在になった」
ルディウスが言った。
「ですが、問題はこれからです。王都では、貴女がこの遺跡に向かったと知り、第一王子派が兵を動かし始めました。……もう、引き返すことはできません」
エリザベートは、静かにうなずいた。
「分かっております。……ならば、わたくしも“動く”とき」
彼女はドレスの裾を払い、堂々と石の床を踏みしめた。
「王都へ戻りましょう、ルディウス。わたくしの居場所は、やはり“舞台の中心”ですから」
──王都・王宮前広場。
数日後、エリザベートは群衆の前に姿を現した。
王宮では、第一王子・レオンハルトが“次期王”として正式に支持を得たという発表がなされた直後だった。しかし、その声明に反して、空気は騒然としていた。
「……ローデンベルク嬢だ!」「戻ってきたのか!?」「まさか……!」
馬車から降りたエリザベートの姿は、以前とはまるで違っていた。
貴族らしい優雅さはそのままに、しかしその瞳は王宮の誰よりも強く、確信に満ちていた。
彼女は王宮の門前に立つと、高らかに声を上げた。
「この国の皆様──わたくし、エリザベート=ローデンベルクは、ここに宣言いたします」
「“第三の計画”──それは、王族による専制でも、旧き貴族制度でもない。“魔導と民意”による、新たな統治の形ですわ!」
騒然とする中、門内から姿を現したのは、ジークフリート王子だった。
「ローデンベルク嬢。……その意志、受け取りました。貴女が“鍵”を開けたことで、もはや後戻りはできません」
彼の手には、正式な任命書があった。
「貴女を、“魔導院”の初代長官に任命する。この国の新たな柱として──共に歩んでほしい」
エリザベートはその書簡を受け取った。
「光栄に存じますわ、殿下」
その瞬間、王都に集まった貴族たちの中から、誰かが呟いた。
「“悪役令嬢”と呼ばれていたあの娘が……」
「もはや、悪役などではない。“英雄”だ」
群衆の中に立っていたカイル・ラウベルの姿が、少しだけ微笑んでいた。
「君は……僕が見抜けなかったほどの強さを持っていたんだね」
その声は届かなかったが、エリザベートの瞳は遠くで彼を捉えていた。
クラリッサ、ルディウス、そしてジークフリート──
彼女を支えた男たち、導いた友人たち。
そのすべてが、彼女を“悪役”ではなく“選ばれし者”へと導いてくれたのだ。
数年後。
王都に設立された“王国魔導院”は、魔法と政治の橋渡しを担う中立機関として、大陸諸国からも注目される存在となった。
初代長官、エリザベート=ローデンベルクは、幾度かの政変を乗り越え、王国の改革を根幹から支える存在となった。
──婚約破棄から始まった、すべての出来事。
それは、彼女にとって苦難であり、同時に“モテ期”という名の試練であった。
「けれど──わたくしは、誰にも選ばれずとも、自分で選んで歩ける女ですわ」
王都の朝日が、白金の塔に差し込む。
そこに立つエリザベートは、微笑みながら自らの未来を見据えていた。
──悪役令嬢から英雄へ。
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