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大広間に響き渡る王太子の声は、まるで判決を言い渡す裁判官のようだった。
「――リディア・エルフォード。お前との婚約を、ここに破棄する」
その一言に、場の空気が凍りついた。
貴族たちのざわめきが、冷えた空気に乗って広がっていく。だが当の本人、リディアは静かに立っていた。整った栗色の髪を結い上げ、瑠璃色のドレスをまとった姿は、侮辱を受けたというのになお気品を失っていなかった。
「理由をお聞きしても?」
リディアは静かに問いかけた。
対する王太子、レオナルドはつまらなそうに眉をしかめる。
「貴族としても、婚約者としても、女としても――お前には何の価値もない。最近はあの子爵令嬢・フローラのほうが私の隣にふさわしいと確信したまでだ」
その「フローラ」は、王太子の隣でしおらしげに目を伏せている。だがその唇には、勝ち誇った笑みがうっすら浮かんでいた。
――この場を整えていたのは、どうやら彼女だったらしい。
「なるほど。つまり、私の価値を測り損ねたのですね」
「……何?」
「いえ、もう結構です。王太子殿下。婚約破棄、承知いたしました。貴方のような方の隣にいても、きっと未来はありませんので」
その堂々とした返答に、場が再びざわつく。
令嬢が婚約破棄を受け入れた。それだけでなく、王太子に皮肉まで言った――と。
リディアは一礼し、踵を返す。瑠璃色のドレスが翻り、彼女の背筋がまっすぐに伸びているのが見えた。
……涙は、ひとつもこぼれていなかった。
「はぁ……。何が“価値がない”よ、まったく」
翌日、リディアは馬車の中で大きく息をついた。
王都を出てから三日目、ようやく隣国・カルゼリアとの国境を越えたところだった。今回の旅の目的は、外交儀礼を兼ねた“親善の舞踏会”への参加――だったはずなのだが、婚約破棄された今、招待の理由も薄れてしまった。とはいえ、外交任務としての名目は残っているため、予定通り訪問は続行される。
「もういいわ。私には私の道があるもの」
リディアは窓の外に目をやる。
草原が広がり、遠くにカルゼリアの象徴ともいえる《白銀の城》が見えた。その手前には、無骨な石造りの城塞があり――そこで、彼に会った。
「……お迎えに上がった、リディア・エルフォード殿。カルゼリア王国軍第一師団長、エルネスト・ヴァルトです」
馬車の前に立つ男の姿を見て、リディアは思わず息を呑んだ。
赤く光る瞳。銀色の髪。引き締まった体躯と、軍服の上からでも分かる屈強な体。その視線は冷たく、まるで人を見下すようでもあったが――なぜか、心の奥を突き刺してきた。
この男が、噂に聞く“カルゼリアの英雄”――エルネスト。
魔物討伐戦で一騎当千の働きを見せ、王国の危機を何度も救ってきた彼は、民からも兵士からも絶大な信頼を得ている。
「……はじめまして、ヴァルト殿。リディア・エルフォードと申します。お迎えいただき光栄です」
リディアは丁寧に挨拶した。だがその瞬間、エルネストの赤い瞳がじっと彼女を見据えた。
「……昨日、王太子に婚約を破棄されたそうだな」
――え?
驚きと共に、リディアは一歩後ずさる。なぜそのことを知っているのか。
「カルゼリアには情報網がある。王国の王宮で何が起きたかなど、半日もあれば届く」
まるで“監視していた”と言わんばかりだ。
「そう、ですか……。お恥ずかしい限りです」
「恥じる必要はない。愚かな男が、賢く美しい女を手放した。それだけの話だ」
さらりと告げたその言葉に、リディアは目を見開く。
「……私を、褒めましたか?」
「ああ。率直な評価だ」
この男、あまりにも真っ直ぐで、怖いくらいに直球だ。リディアは戸惑いながらも、そのまま馬車に乗り込み、案内された王都の迎賓館に向かうことになった。
そして、その日の夜。
「令嬢、舞踏会の準備は整っております」
侍女の案内で、リディアは上品な緋色のドレスに着替えた。露出は控えめだが、刺繍と宝石が美しく、王都でのものよりも遥かに華やかだ。
鏡に映る自分の姿に、少しだけ笑みがこぼれる。
「……ふふ、あの男の目、少しくらい驚いてくれたら面白いのに」
だが、リディアが会場に足を踏み入れた瞬間――
会場の視線が、一斉に彼女に集まった。
「……あれが、噂の“婚約破棄された令嬢”か」
「なんて美しい……それに、まるで高貴な雰囲気が漂ってる」
「なんであんな女性を、王太子は捨てたの?」
声はささやきのはずなのに、はっきりと聞こえた。
リディアは微笑みを絶やさぬまま、堂々と歩いた。どれだけ見られていようとも、私は私――そう思っていた、次の瞬間だった。
「――遅かったな。探したぞ」
不意に背後から声がかかる。振り向くと、そこにはエルネスト・ヴァルトがいた。いつの間にか軍服ではなく、王国式の礼装に着替えている。だが、厳つい雰囲気はそのままだ。
「あなたを探す理由など、私には――」
「違う。俺が、お前を探していたという意味だ」
「……え?」
次の瞬間、エルネストはリディアの前で片膝をついた。
会場に、悲鳴にも似たざわめきが走る。
「リディア・エルフォード殿。貴女を妻として迎えたい。俺と結婚してくれないか」
――えええええええええ!?
会場中が固まったのと同時に、リディアも頭が真っ白になる。
「ちょ、ちょっと、何を……!」
「意味が分からないなら、説明しよう。俺はお前に一目惚れした。こんな機会は二度とない。だから、今この場で、求婚する」
赤い瞳が真っ直ぐに彼女を見つめてくる。
あまりに真剣で、冗談に聞こえない――いや、冗談じゃないのだろう。
さっきまで「婚約破棄された女」と嘲笑されていた自分が、まさか「隣国の英雄」からプロポーズされるなんて。
戸惑いと動揺で、リディアの心は嵐のようにかき乱されていた。
――けれど、その中でふと、心の奥底が静かに揺れるのを感じた。
この人の言葉は、真実だ。
この人の瞳は、まっすぐだ。
「……考えさせてください」
やっとのことで絞り出したその言葉に、エルネストはわずかに笑った。
「構わない。だが、俺は待つのは苦手だ」
そして彼は、リディアの手にそっと口づけを落とした。
――それは、とても穏やかで、けれど、熱を帯びた仕草だった。
「――リディア・エルフォード。お前との婚約を、ここに破棄する」
その一言に、場の空気が凍りついた。
貴族たちのざわめきが、冷えた空気に乗って広がっていく。だが当の本人、リディアは静かに立っていた。整った栗色の髪を結い上げ、瑠璃色のドレスをまとった姿は、侮辱を受けたというのになお気品を失っていなかった。
「理由をお聞きしても?」
リディアは静かに問いかけた。
対する王太子、レオナルドはつまらなそうに眉をしかめる。
「貴族としても、婚約者としても、女としても――お前には何の価値もない。最近はあの子爵令嬢・フローラのほうが私の隣にふさわしいと確信したまでだ」
その「フローラ」は、王太子の隣でしおらしげに目を伏せている。だがその唇には、勝ち誇った笑みがうっすら浮かんでいた。
――この場を整えていたのは、どうやら彼女だったらしい。
「なるほど。つまり、私の価値を測り損ねたのですね」
「……何?」
「いえ、もう結構です。王太子殿下。婚約破棄、承知いたしました。貴方のような方の隣にいても、きっと未来はありませんので」
その堂々とした返答に、場が再びざわつく。
令嬢が婚約破棄を受け入れた。それだけでなく、王太子に皮肉まで言った――と。
リディアは一礼し、踵を返す。瑠璃色のドレスが翻り、彼女の背筋がまっすぐに伸びているのが見えた。
……涙は、ひとつもこぼれていなかった。
「はぁ……。何が“価値がない”よ、まったく」
翌日、リディアは馬車の中で大きく息をついた。
王都を出てから三日目、ようやく隣国・カルゼリアとの国境を越えたところだった。今回の旅の目的は、外交儀礼を兼ねた“親善の舞踏会”への参加――だったはずなのだが、婚約破棄された今、招待の理由も薄れてしまった。とはいえ、外交任務としての名目は残っているため、予定通り訪問は続行される。
「もういいわ。私には私の道があるもの」
リディアは窓の外に目をやる。
草原が広がり、遠くにカルゼリアの象徴ともいえる《白銀の城》が見えた。その手前には、無骨な石造りの城塞があり――そこで、彼に会った。
「……お迎えに上がった、リディア・エルフォード殿。カルゼリア王国軍第一師団長、エルネスト・ヴァルトです」
馬車の前に立つ男の姿を見て、リディアは思わず息を呑んだ。
赤く光る瞳。銀色の髪。引き締まった体躯と、軍服の上からでも分かる屈強な体。その視線は冷たく、まるで人を見下すようでもあったが――なぜか、心の奥を突き刺してきた。
この男が、噂に聞く“カルゼリアの英雄”――エルネスト。
魔物討伐戦で一騎当千の働きを見せ、王国の危機を何度も救ってきた彼は、民からも兵士からも絶大な信頼を得ている。
「……はじめまして、ヴァルト殿。リディア・エルフォードと申します。お迎えいただき光栄です」
リディアは丁寧に挨拶した。だがその瞬間、エルネストの赤い瞳がじっと彼女を見据えた。
「……昨日、王太子に婚約を破棄されたそうだな」
――え?
驚きと共に、リディアは一歩後ずさる。なぜそのことを知っているのか。
「カルゼリアには情報網がある。王国の王宮で何が起きたかなど、半日もあれば届く」
まるで“監視していた”と言わんばかりだ。
「そう、ですか……。お恥ずかしい限りです」
「恥じる必要はない。愚かな男が、賢く美しい女を手放した。それだけの話だ」
さらりと告げたその言葉に、リディアは目を見開く。
「……私を、褒めましたか?」
「ああ。率直な評価だ」
この男、あまりにも真っ直ぐで、怖いくらいに直球だ。リディアは戸惑いながらも、そのまま馬車に乗り込み、案内された王都の迎賓館に向かうことになった。
そして、その日の夜。
「令嬢、舞踏会の準備は整っております」
侍女の案内で、リディアは上品な緋色のドレスに着替えた。露出は控えめだが、刺繍と宝石が美しく、王都でのものよりも遥かに華やかだ。
鏡に映る自分の姿に、少しだけ笑みがこぼれる。
「……ふふ、あの男の目、少しくらい驚いてくれたら面白いのに」
だが、リディアが会場に足を踏み入れた瞬間――
会場の視線が、一斉に彼女に集まった。
「……あれが、噂の“婚約破棄された令嬢”か」
「なんて美しい……それに、まるで高貴な雰囲気が漂ってる」
「なんであんな女性を、王太子は捨てたの?」
声はささやきのはずなのに、はっきりと聞こえた。
リディアは微笑みを絶やさぬまま、堂々と歩いた。どれだけ見られていようとも、私は私――そう思っていた、次の瞬間だった。
「――遅かったな。探したぞ」
不意に背後から声がかかる。振り向くと、そこにはエルネスト・ヴァルトがいた。いつの間にか軍服ではなく、王国式の礼装に着替えている。だが、厳つい雰囲気はそのままだ。
「あなたを探す理由など、私には――」
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「……え?」
次の瞬間、エルネストはリディアの前で片膝をついた。
会場に、悲鳴にも似たざわめきが走る。
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――えええええええええ!?
会場中が固まったのと同時に、リディアも頭が真っ白になる。
「ちょ、ちょっと、何を……!」
「意味が分からないなら、説明しよう。俺はお前に一目惚れした。こんな機会は二度とない。だから、今この場で、求婚する」
赤い瞳が真っ直ぐに彼女を見つめてくる。
あまりに真剣で、冗談に聞こえない――いや、冗談じゃないのだろう。
さっきまで「婚約破棄された女」と嘲笑されていた自分が、まさか「隣国の英雄」からプロポーズされるなんて。
戸惑いと動揺で、リディアの心は嵐のようにかき乱されていた。
――けれど、その中でふと、心の奥底が静かに揺れるのを感じた。
この人の言葉は、真実だ。
この人の瞳は、まっすぐだ。
「……考えさせてください」
やっとのことで絞り出したその言葉に、エルネストはわずかに笑った。
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