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燃え盛る砦の上空に、黒雲が渦を巻いていた。
地を裂くほどの咆哮が響き、兵士たちが次々に膝をつく。
「な、なんだあれは……!」
「空が……黒く染まっていく……!」
黒い霧の中から現れたのは、巨大な獣――否、かつて“人”だったもの。
その中心に立つのは、リオネル王太子アルベルト。
彼の体を包み込むように、漆黒の鱗と禍々しい角が生えていく。
「リリアーナは俺のものだ……誰にも渡さない……!」
歪んだ声が響く。
その瞳は理性の光を失い、深い闇に染まっていた。
「……あれは、魔族化だ」
ゼノの顔が蒼白になる。
「まさか、人が禁断の魔契約を……!」
「魔族化?」
レオンが問うと、ゼノは唇を噛みしめた。
「禁呪の一つです。強大な魔の存在と魂を契約し、一時的に力を得る代わりに――理性と命を捧げる」
「つまり、奴はもう人ではないということか」
「はい。放っておけば、王国ごと飲み込まれます」
レオンの瞳が鋭く光った。
剣を構え、静かに前へと歩を進める。
「ならば、止めるまでだ」
その瞬間、黒い獣の咆哮が大地を揺らした。
雷鳴が轟き、城壁が崩れる。
兵たちは次々と吹き飛ばされ、悲鳴が上がる。
「陛下、危険です! 一人では――!」
「俺しか止められん!」
レオンの足元に赤い魔法陣が浮かび、真紅の光が走った。
王の魔力が、炎のごとく剣を包み込む。
「王の名において、命ずる。全軍、退避せよ!」
彼の声が、戦場全体に響き渡った。
その威厳に満ちた声に、兵たちは本能的に従い、後退を始める。
残るのは、レオンと――獣と化したアルベルトのみ。
「来い。お前の執念、俺が断ち切ってやる」
剣が唸る。
次の瞬間、二人の巨影がぶつかり合った。
一方そのころ――王都アストレアの大聖堂では、リリアーナが膝をついていた。
聖印が痛む。
胸の奥で、何かが軋むように震えている。
「レオン……!」
彼の名を呼んだ瞬間、視界に光の糸が浮かび上がる。
それは彼と私を繋ぐ“魔力の絆”――
けれど今、その糸が黒い霧に蝕まれつつあった。
「……だめ、切れないで……!」
祈るように手を伸ばす。
けれど、光は徐々に弱まり、闇に呑まれそうになる。
「私が……私が何かしなきゃ……!」
そのとき、大聖堂の奥からひとりの老神官が現れた。
銀の杖を持つ、神殿長オルフェン。
彼は厳かな声で言った。
「聖印の導きに応えよ、リリアーナ様。貴女こそ、選ばれし“聖女”なのです」
「聖女……?」
「この国が長く待ち望んだ存在。王と共にあらねば、真の力は開かれぬ」
オルフェンは床に聖紋を描きながら続けた。
「貴女が彼を想う限り、光は届く。――ただし、代償を覚悟なさい」
「代償……?」
「命の一部を捧げ、魂を繋ぐ。それが“誓約の祈り”」
リリアーナは迷った。
でも、胸に浮かぶのは、レオンの顔――あの温かな瞳。
(私、もう誰も失いたくない)
「教えてください。その儀式を」
老神官は静かに頷き、祈りの言葉を授けた。
リリアーナは両手を広げ、聖印を掲げる。
「……どうか、レオンを守って」
光が溢れた。
金色の花弁が舞い、天井のステンドグラスを突き破る。
夜空に、巨大な光柱が立ち上がる。
その光は、遠く戦場の空をも照らした。
黒い雲が裂け、純白の輝きが差し込む。
アルベルトの獣が苦痛に呻く。
「ぐ、ああああっ……この光は……!」
レオンが剣を構え直す。
「リリアーナの加護か……!」
彼の剣に、金と赤の二つの光が宿る。
炎と光――王と聖女の力が融合した瞬間だった。
「――終わらせる!」
剣が閃き、炎の翼が広がる。
アルベルトの爪が振り下ろされるが、光の刃がそれを受け止め、裂く。
爆風が舞い上がり、地が震えた。
「ぐうっ……リリアーナ……リリアーナぁぁぁっ!」
最後の咆哮を上げ、アルベルトの体が崩れ落ちる。
黒い霧が散り、夜風が吹き抜けた。
だが、レオンの表情は晴れなかった。
黒霧の中、微かに脈動する“異質な魔力”を感じ取る。
(まだ……終わっていない)
そのとき、通信のように、彼の胸の奥に声が響いた。
『レオン……私、見えます。貴方がいる場所が……!』
「リリアーナ!? 今すぐ戻れ! 魔力をこれ以上使うな!」
『大丈夫。私、もう覚悟を決めました。
あなたの傍に行く方法、見つけたんです』
――その瞬間、光が降り注いだ。
天から、花びらのように舞い落ちる金の粒子。
そして――その中心に、彼女がいた。
「リリアーナ……!」
光の中に立つ彼女は、白い衣に包まれ、瞳に金の光を宿していた。
まるで本当に、神話の聖女そのもの。
「遅くなってごめんなさい。……来ちゃいました」
柔らかな微笑み。
だがその背後には、巨大な聖印が輝いている。
「リリアーナ、その体……!」
「ええ。少しだけ、無理してます。でも……貴方を助けるためなら、怖くない」
彼女の周囲に、純白の魔法陣が幾重にも広がる。
地に散らばる兵士たちの傷が癒え、黒い霧が浄化されていく。
「これが……聖女の奇跡か……」
ゼノが息を呑む。
だが、喜ぶ間もなく、崩れた大地の裂け目から再び黒い手が伸びた。
アルベルトの体――その残滓が、異界の存在に引きずられていく。
「やめろっ!」
レオンが駆け寄るが、黒い影は彼の腕を弾き飛ばす。
『お前たちが光を選ぶなら――我は、闇の王を呼ぶ』
「闇の……王?」
その言葉とともに、黒霧が天へ昇り、夜空を覆った。
星が消え、世界が闇に沈む。
空間が歪み、裂け目の奥から、底知れぬ声が響く。
『面白い……聖女と王の国、か。では試してやろう』
空が裂け、巨大な黒い翼が姿を現す。
見上げるほどの漆黒の竜――それは、伝説の魔竜ヴァルグレイス。
神話の時代に封じられたはずの存在だった。
「そんな……あれは封印されたはずじゃ……!」
ゼノの声が震える。
レオンはリリアーナの手を握り、低く囁いた。
「どうやら、俺たちの物語はここからが本番らしい」
リリアーナも微笑み、頷く。
「ええ――一緒に戦いましょう、レオン」
二人の手が重なり、聖印と王印がひとつに光る。
闇と光が衝突する瞬間、世界はまばゆい閃光に包まれた。
地を裂くほどの咆哮が響き、兵士たちが次々に膝をつく。
「な、なんだあれは……!」
「空が……黒く染まっていく……!」
黒い霧の中から現れたのは、巨大な獣――否、かつて“人”だったもの。
その中心に立つのは、リオネル王太子アルベルト。
彼の体を包み込むように、漆黒の鱗と禍々しい角が生えていく。
「リリアーナは俺のものだ……誰にも渡さない……!」
歪んだ声が響く。
その瞳は理性の光を失い、深い闇に染まっていた。
「……あれは、魔族化だ」
ゼノの顔が蒼白になる。
「まさか、人が禁断の魔契約を……!」
「魔族化?」
レオンが問うと、ゼノは唇を噛みしめた。
「禁呪の一つです。強大な魔の存在と魂を契約し、一時的に力を得る代わりに――理性と命を捧げる」
「つまり、奴はもう人ではないということか」
「はい。放っておけば、王国ごと飲み込まれます」
レオンの瞳が鋭く光った。
剣を構え、静かに前へと歩を進める。
「ならば、止めるまでだ」
その瞬間、黒い獣の咆哮が大地を揺らした。
雷鳴が轟き、城壁が崩れる。
兵たちは次々と吹き飛ばされ、悲鳴が上がる。
「陛下、危険です! 一人では――!」
「俺しか止められん!」
レオンの足元に赤い魔法陣が浮かび、真紅の光が走った。
王の魔力が、炎のごとく剣を包み込む。
「王の名において、命ずる。全軍、退避せよ!」
彼の声が、戦場全体に響き渡った。
その威厳に満ちた声に、兵たちは本能的に従い、後退を始める。
残るのは、レオンと――獣と化したアルベルトのみ。
「来い。お前の執念、俺が断ち切ってやる」
剣が唸る。
次の瞬間、二人の巨影がぶつかり合った。
一方そのころ――王都アストレアの大聖堂では、リリアーナが膝をついていた。
聖印が痛む。
胸の奥で、何かが軋むように震えている。
「レオン……!」
彼の名を呼んだ瞬間、視界に光の糸が浮かび上がる。
それは彼と私を繋ぐ“魔力の絆”――
けれど今、その糸が黒い霧に蝕まれつつあった。
「……だめ、切れないで……!」
祈るように手を伸ばす。
けれど、光は徐々に弱まり、闇に呑まれそうになる。
「私が……私が何かしなきゃ……!」
そのとき、大聖堂の奥からひとりの老神官が現れた。
銀の杖を持つ、神殿長オルフェン。
彼は厳かな声で言った。
「聖印の導きに応えよ、リリアーナ様。貴女こそ、選ばれし“聖女”なのです」
「聖女……?」
「この国が長く待ち望んだ存在。王と共にあらねば、真の力は開かれぬ」
オルフェンは床に聖紋を描きながら続けた。
「貴女が彼を想う限り、光は届く。――ただし、代償を覚悟なさい」
「代償……?」
「命の一部を捧げ、魂を繋ぐ。それが“誓約の祈り”」
リリアーナは迷った。
でも、胸に浮かぶのは、レオンの顔――あの温かな瞳。
(私、もう誰も失いたくない)
「教えてください。その儀式を」
老神官は静かに頷き、祈りの言葉を授けた。
リリアーナは両手を広げ、聖印を掲げる。
「……どうか、レオンを守って」
光が溢れた。
金色の花弁が舞い、天井のステンドグラスを突き破る。
夜空に、巨大な光柱が立ち上がる。
その光は、遠く戦場の空をも照らした。
黒い雲が裂け、純白の輝きが差し込む。
アルベルトの獣が苦痛に呻く。
「ぐ、ああああっ……この光は……!」
レオンが剣を構え直す。
「リリアーナの加護か……!」
彼の剣に、金と赤の二つの光が宿る。
炎と光――王と聖女の力が融合した瞬間だった。
「――終わらせる!」
剣が閃き、炎の翼が広がる。
アルベルトの爪が振り下ろされるが、光の刃がそれを受け止め、裂く。
爆風が舞い上がり、地が震えた。
「ぐうっ……リリアーナ……リリアーナぁぁぁっ!」
最後の咆哮を上げ、アルベルトの体が崩れ落ちる。
黒い霧が散り、夜風が吹き抜けた。
だが、レオンの表情は晴れなかった。
黒霧の中、微かに脈動する“異質な魔力”を感じ取る。
(まだ……終わっていない)
そのとき、通信のように、彼の胸の奥に声が響いた。
『レオン……私、見えます。貴方がいる場所が……!』
「リリアーナ!? 今すぐ戻れ! 魔力をこれ以上使うな!」
『大丈夫。私、もう覚悟を決めました。
あなたの傍に行く方法、見つけたんです』
――その瞬間、光が降り注いだ。
天から、花びらのように舞い落ちる金の粒子。
そして――その中心に、彼女がいた。
「リリアーナ……!」
光の中に立つ彼女は、白い衣に包まれ、瞳に金の光を宿していた。
まるで本当に、神話の聖女そのもの。
「遅くなってごめんなさい。……来ちゃいました」
柔らかな微笑み。
だがその背後には、巨大な聖印が輝いている。
「リリアーナ、その体……!」
「ええ。少しだけ、無理してます。でも……貴方を助けるためなら、怖くない」
彼女の周囲に、純白の魔法陣が幾重にも広がる。
地に散らばる兵士たちの傷が癒え、黒い霧が浄化されていく。
「これが……聖女の奇跡か……」
ゼノが息を呑む。
だが、喜ぶ間もなく、崩れた大地の裂け目から再び黒い手が伸びた。
アルベルトの体――その残滓が、異界の存在に引きずられていく。
「やめろっ!」
レオンが駆け寄るが、黒い影は彼の腕を弾き飛ばす。
『お前たちが光を選ぶなら――我は、闇の王を呼ぶ』
「闇の……王?」
その言葉とともに、黒霧が天へ昇り、夜空を覆った。
星が消え、世界が闇に沈む。
空間が歪み、裂け目の奥から、底知れぬ声が響く。
『面白い……聖女と王の国、か。では試してやろう』
空が裂け、巨大な黒い翼が姿を現す。
見上げるほどの漆黒の竜――それは、伝説の魔竜ヴァルグレイス。
神話の時代に封じられたはずの存在だった。
「そんな……あれは封印されたはずじゃ……!」
ゼノの声が震える。
レオンはリリアーナの手を握り、低く囁いた。
「どうやら、俺たちの物語はここからが本番らしい」
リリアーナも微笑み、頷く。
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