平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ

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 夜空を裂き、黒き竜が咆哮した。
 その一声は、空気を震わせ、山々を砕く。

 漆黒の鱗が月光を弾き、瞳は血のように赤い。
 ――魔竜ヴァルグレイス。
 神話の時代、聖女と初代王によって封じられた、世界の終焉をもたらす存在。

「まさか……封印が、完全に解けてしまうなんて」
 ゼノの顔から血の気が引いた。
 兵たちは膝をつき、祈るように空を仰ぐ。

 だが、レオンは一歩も退かない。
 隣に立つリリアーナの手を握り、静かに言った。

「恐れるな。光がある限り、闇は滅びる」

 リリアーナは頷き、胸の聖印を輝かせた。
 その光がレオンの王印と共鳴し、二人を包む。

 黄金と深紅――二つの輝きが一つに重なった瞬間、
 戦場のすべてが時を止めたかのように静まり返った。



「――リリアーナ。もう迷うな。お前の光が、俺の剣を導く」
「……はい。私も、貴方を信じます」

 その言葉を最後に、二人は同時に駆け出した。

 レオンの剣が紅蓮の炎を纏い、リリアーナの祈りが光の盾を形作る。
 ヴァルグレイスの咆哮が空を裂き、闇の奔流が襲いかかる。

 炎と闇、光と絶望――
 相反する力がぶつかり合い、大地が震える。

「王よ……人の身で、我に抗うか……」
 竜の声が響く。
 その声には、数千年の怨嗟と嘲笑が混ざっていた。

「貴様らの光は、幾度も滅びを拒んだ。だが――この世界はもう腐りきっている」
 ヴァルグレイスの翼が広がる。
 夜空が裂け、黒き流星が降り注いだ。

「リリアーナ!」
「ええ!」

 リリアーナの聖印が爆発的に輝き、降り注ぐ闇を弾く。
 光の花弁が舞い、破滅の黒を浄化していく。

 彼女の足元には、花が咲いた。
 戦場の荒土に、命の色が戻る。

「この光……心地よいな。懐かしい……」
 ヴァルグレイスの声が、一瞬だけ揺らいだ。

 その隙を見逃さず、レオンが剣を構える。

「今だ――!」

 全身の魔力を剣に込め、地を蹴る。
 彼の背に炎の翼が広がり、リリアーナの祈りがその翼を輝かせた。

 光と炎が一体となり、真っすぐに竜の胸を貫く。

「――っ!!!」
 耳をつんざく咆哮。
 ヴァルグレイスの体が裂け、黒い霧が四散する。

 しかし、その瞳だけはまだ消えていなかった。

「……王よ。聖女よ。貴様らの魂に、試練を刻もう。永遠に続く光など存在しないと――」

 そう言い残し、竜の体が崩れ落ちる。
 大地を揺らす轟音と共に、漆黒の巨体は光の粒へと変わり、空へ還っていった。




 静寂。
 風が吹き、朝の光が地平を染める。

 戦場に立つのは、二人だけだった。
 レオンは剣を収め、リリアーナの方を振り返る。

 彼女は膝をついていた。
 その身体から、微かに光が漏れている。

「リリアーナ!」

 駆け寄り、抱きとめる。
 彼女の体は驚くほど軽く、温もりが遠のいていく。

「どうして……!」

 彼女は微笑んだ。
 「……ごめんなさい。少し、力を使いすぎたみたい。聖印の加護を……全部、貴方にあげたから」

「そんなもの、いらん! 一緒に生きろ!」

 レオンの叫びが、空に響く。
 だが彼女は首を振り、彼の頬に触れた。

「貴方がいたから、私はここまで来られました。……もう怖くない。
 だって、貴方の光が、私の中にあるから」

 その指先が、彼の胸に触れる。
 そこに、金色の紋章が浮かび上がった。

「これは……?」
「私の聖印。貴方と、ずっと繋がっていられるように」

 微笑んで、彼女はそっと目を閉じた。

 ――その瞬間。

 リリアーナの身体が光に包まれ、無数の花びらとなって空へ舞い上がる。
 黄金の光が空を覆い、夜が完全に明けた。

「リリアーナぁぁぁっ!!!」

 叫びが、朝の空に溶けていった。




 ……どれほどの時が過ぎただろう。

 戦いの後、アストレア王国は平和を取り戻した。
 国境の砦には、一本の白い花が咲き続けている。

 王レオンは、その花の前に立ち、静かに語りかけた。

「……あの日から七年。まだ、君の声が耳に残っている」

 風が吹き、花びらが舞う。
 その中に、一瞬だけ見えたのは――彼女の笑顔だった。

「レオン……約束、守ってくれてありがとう」

 幻のように、柔らかな声が届く。
 レオンは微笑み、空を見上げた。

「俺が守られたのは、君がいてくれたからだ。
 でも――もう少し、傍にいてくれてもよかったのにな」

 そのとき、胸の中の聖印が淡く光った。
 まるで返事をするように、暖かな光が彼を包む。

「……そうか。お前は、いつだってここにいるんだな」

 レオンは剣を地に突き、跪いた。
 花に手を伸ばし、誓いを捧げる。

「この国も、俺の命も、すべてはお前に捧ぐ。
 ――愛している、リリアーナ」

 風が静かに頬を撫でた。
 まるで彼女が微笑んでいるかのように。

 そして――

 その年の春、白い花はふたたび咲き誇った。
 花弁の一つ一つが、黄金の光を放ちながら。




 ……百年後。

 王都の聖堂では、毎年同じ日、王と聖女の絵の前に花が捧げられる。
 それはこの国に伝わる伝承――

 「光の王と、祈りの聖女が、永遠にこの国を見守っている」

 幼い子供が司祭に尋ねた。
 「ねえ、本当に二人は今も一緒にいるの?」

 司祭は微笑み、頷いた。

 「ええ。どんな闇が訪れようとも、
  夜明けの空に輝く二つの星が、それを照らしてくださるのです」

 外を見上げると、朝の空に並ぶ二つの星が輝いていた。
 それはまるで――互いの光を交わす、王と聖女の魂のようだった。

 ――そして、永遠に語り継がれる。
 「平民とでも結婚すれば?」と言われた令嬢が、隣国の王と結ばれ、国を救った物語。

 その結末は、いつまでも、光の中に。

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