公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に

ゆっこ

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 舞踏会から三日後、私は王都を離れ、父の所領の中でも最も離れた北端の村「リュゼ」に身を移していた。

 王都での騒動は瞬く間に広がり、社交界は今なお混乱の渦中にあるらしい。王太子の暴走、神殿の誤認、そして「真の聖女」の出現。そのすべてが一夜にして露呈し、誰もが自分の立場と将来を読み直しているという。

 ——その混乱の中心にいる私本人はというと。

「ふう……やっと落ち着いたかしら」

 リュゼの村長宅を借り受けた私は、村外れの丘に建つ小さな家の縁側で、ゆっくりとお茶を啜っていた。鳥のさえずり、風に揺れる木々の音、遠くで羊が鳴く声。すべてが穏やかで、心を撫でてくれる。

 加護を持つ者とはいえ、私は人間だ。無理に騒ぎの中に身を置く理由はない。むしろ、静かな場所で自分の力を整理し、改めて見つめ直す時間こそが必要だと感じていた。

「……あの時、どうして神の加護が顕現したのかしら」

 私に宿る“七神の加護”——その存在は、私自身すら完全には把握していなかった。いえ、正確に言えば“感じていた”が、“知っていた”わけではないのだ。

 幼い頃から、私は何かに守られているような不思議な感覚を持っていた。危険を事前に察知したり、人の嘘を自然と見抜いたり、ありえないほど幸運な出来事に恵まれたり——けれどそれらすべてが、神の加護によるものだと知ったのは、ほんの三日前のことだ。

 七神。それはこの世界の創世を担った七柱の神々——火、水、風、土、光、闇、そして“理”。それぞれの神が持つ加護は、普通なら一生に一つ授かれば奇跡と言われている。

 けれど私は、七つすべてを持っていた。

「……いったい、なぜ?」

 私は問いを胸に留めたまま、手元の紅茶に口をつけた。すると、不意に扉の外から、ひょこりと顔を覗かせる影があった。

「リシェル様~! 今日も村の巡回、一緒に行ってくださいます?」

 顔を覗かせたのは、村の少年・トニだった。栗色の髪をした元気な子で、ここに来てから私の案内役を買って出てくれている。

「ええ、もちろん。もう少ししたら一緒に行きましょうね」

「わーいっ! じゃあ、ヤギのとこ行って待ってます!」

 元気よく走り去るトニの姿に、私はふと微笑みを漏らした。ここに来てから、私は「公爵令嬢」でも「聖女」でもなく、ただの“リシェル”として過ごしている。誰も私を特別扱いせず、ただ普通の客人として接してくれる。そのことが、何よりも嬉しかった。

 しかし——その穏やかな日々が、長く続くとは限らなかった。



「リシェル様、大変だーっ!」

 村を一通り回り終え、畑仕事の手伝いをしていたそのとき。息を切らしてトニが駆け込んできた。顔は青ざめ、手は震えている。

「落ち着いて。何があったの?」

「東の森に……魔獣が……! 大きくて、牙がすごくて……!」

 魔獣。

 それはこの世界において、最も危険な存在の一つだ。魔物とは異なり、魔獣は強い魔力と自我を持ち、人に対して執拗な攻撃性を示す。

「村の人たちが今、森の入り口で見張ってるけど……武器もないし……!」

「わかったわ。すぐに向かいましょう」

 私は躊躇なく立ち上がる。魔獣を相手にするのは、普通の貴族令嬢では到底無理な話。けれど私は、普通ではない。

 この身には、七神の力が宿っているのだから。



 森の入り口に到着すると、数人の村人たちが粗末な槍を手に立ちすくんでいた。中には足を震わせている者もいる。

 そして——森の奥から、確かに“それ”が姿を現した。

 黒い毛並みに包まれた、巨大な狼のような魔獣。その眼光は紅く、口元には涎が垂れ、地を踏み鳴らすたびに小さな振動が走る。

「グルルル……ッ!」

 ——《黒牙の魔狼》。B級魔獣だ。人ひとりどころか、小さな村ひとつを壊滅させる力を持っている。

「皆さん、下がっていてください」

 私がそう言った瞬間、魔狼が動いた。音もなく、風を切る速さでこちらに向かって跳躍する。

 だが——その時。

「——《風の盾》」

 私が静かに唱えると同時に、七神の一柱・風神の力が発動した。透明な風の障壁が魔狼を受け止め、弾き返す。

 魔狼が地に転がりながらも再び構え直すが、私はさらに手を前に掲げる。

「——《火の槍》」

 今度は火神の力。空間から燃え盛る赤い槍が現れ、一直線に魔狼の腹を貫いた。

「グアアアアアアア!!」

 断末魔の咆哮と共に、魔狼の身体が崩れ落ちる。

 ——わずか、数十秒の出来事だった。

 村人たちは、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

「……すご……」「何、今の……」「リシェル様、まるで伝説の魔法使いみたい……」

 私は微笑みながら、少しだけ肩をすくめて答えた。

「ただの“神の加護”ですわ。少し、派手だったかしら?」



 その日の夜。私は家の中で静かに瞑想をしていた。

 魔獣を退けたとき、体の内側から何かが目覚める感覚があった。それは単なる加護ではない、もっと深く、もっと根源的な何か。

 すると、ふいに声が響いた。

『リシェルよ……』

 空間がゆらぎ、まばゆい光の中から、一人の“神”が姿を現した。銀の髪に淡い青の瞳、透明な衣をまとったその姿は、明らかに人のそれではない。

「あなたは……」

『我は“理の神”イゼル。そなたに宿る七柱の一柱である』

 ついに——彼らが動き始めたのだ。神々が、私に語りかける時が来た。

『目覚めよ、リシェル。お前の運命は、王都の茶番で終わるものではない』

「……何が、始まるの?」

『世界の真実。そして、神と人と魔の戦い——その鍵は、そなたが握っている』

 まるで夢のような光景の中、私は確かに理解した。

 これから始まるのは、ただの“婚約破棄のざまぁ劇”ではない。

 ——神々の意思と力を背負い、世界の運命を動かす“物語”なのだと。
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