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ローデリア王城の朝は、いつも静かで、美しい。
白い大理石の廊下に差し込む陽光が、まるで宝石のように輝いていた。
――そして今、その中心で私は立ち尽くしていた。
金糸のドレス、純白のヴェール。
侍女たちに支えられながら、王妃候補としての正式な儀式に臨むため、謁見の間へと進む。
あの日、カイル陛下――いえ、カイルに“妻にならないか”と告げられてから、すでに数週間が経っていた。
最初は夢のようで、信じられなかった。だが、彼は本気だった。
毎朝のように花を贈り、食事の席では私の好みを尋ね、時折は私の執務机にそっと甘い菓子を置いていく。
まるで、王という立場を忘れた青年のように。
「アンナ・リヴィエール。あなたは本日より、正式にローデリア王妃候補として迎えられます」
老練な宰相が告げる声に、広間の空気が緊張で張りつめた。
王座に座るカイルがゆっくりと立ち上がり、私に歩み寄る。
彼の瞳は真っ直ぐで、揺らぎがない。
その一歩一歩が、私の胸を締めつけた。
「アンナ。ここに立つことを恐れるな。君は、この国にふさわしい女性だ」
「……陛下」
「違う。カイル、だ」
小さく笑いながら、彼は私の手を取った。
その手の温もりに、心がじんわりと溶けていく。
「今日から君は、私の隣に立つ者だ。……それを拒むなら、今ここで言ってくれ」
冗談めかしていたが、その目は真剣だった。
まるで王ではなく、ひとりの男として、私の答えを待っている。
胸の奥からこみ上げる感情を押さえきれず、私は静かに微笑んだ。
「……私は、陛下の隣に立てることを、誇りに思います」
広間にざわめきが走る。
誰もがこの瞬間を見ていた。
“婚約破棄された令嬢”が、“隣国の王妃候補”に昇り詰めた瞬間を。
――そのニュースは、瞬く間にアルメリア王国にも届いた。
「なんだと……!? アンナが……正式に、王妃候補に?」
怒りに満ちた声が、アルメリアの王宮に響き渡った。
レオンハルト王太子は机を拳で叩きつけ、書類を散らす。
傍らに立つ新しい婚約者――侯爵令嬢リリアナは、薄く笑った。
「まあ……噂は本当だったのですね。『誰もお前なんか愛さない』なんて言っていたのに、見事に裏目に出ましたわね」
「黙れ、リリアナ!」
苛立ちを隠せないレオンハルト。
あの日、自信満々にアンナを切り捨てたあの瞬間を、何度も思い出していた。
彼女の冷静な瞳。
涙を見せず、ただ静かに微笑んでいた姿。
――それが、今になって脳裏から離れない。
「どうしてだ……あの地味な女が、なぜ王の心を……!」
「地味ではなかったのではなくて? 見る目がなかっただけですわ、殿下」
リリアナの皮肉に、レオンハルトは歯ぎしりをした。
胸の奥を焼くような後悔と、理解できない苛立ち。
愛してはいなかったはずなのに、なぜか――“奪われた”ような気がしてならなかった。
「……いいだろう。どうせ隣国の王など、野心に満ちた男だ。アンナは利用されているだけだ。私は……彼女を取り戻す」
「殿下?」
「彼女は、私の婚約者だった。あの女を王妃になどさせてたまるか」
その瞳には、愛ではなく、執着が宿っていた。
一方、ローデリア王城では。
私は侍女のリサと共に、花園のバルコニーにいた。
春風がやわらかく髪を撫で、薔薇の香りが漂う。
「アンナ様、本当に陛下に愛されていますね。陛下がこんなに笑顔になるなんて、誰も見たことがありません」
「……そう見えますか?」
「はい。毎朝、あなたに贈る花を選んでおられるんですよ? “今日は白薔薇、アンナの瞳に似合う”って」
その言葉に思わず頬が熱くなる。
彼のまなざし、手の温もり。
そして――時折見せる、寂しげな横顔。
彼の“王”としての孤独を、私は少しでも癒せているだろうか。
考え込んでいると、背後から声がした。
「アンナ、探したぞ」
「カイル……陛下」
彼はゆっくりと歩み寄り、私の手を取った。
黒の軍服に金の刺繍が映え、精悍な姿に思わず見惚れる。
「今夜、舞踏会が開かれる。君にも出席してほしい。……だが、無理にとは言わない」
「出ます。陛下の隣に立つのが、私の役目ですから」
その言葉に、彼はふっと微笑んだ。
そして小さく囁く。
「頼もしいな。……だが、私の隣では“王妃候補”ではなく、“私の恋人”でいてほしい」
その一言で、鼓動が跳ね上がる。
――恋人。
まだ正式な婚約ではないけれど、彼の言葉には確かな想いがこもっていた。
「……はい、カイル」
名を呼ぶと、彼の瞳が一瞬揺れ、優しい笑みが浮かぶ。
その微笑みに、胸がときめいた。
夜、王城の大広間では舞踏会が始まった。
燭台の灯りが煌めき、音楽と笑い声が混ざり合う。
私は淡い金色のドレスを纏い、カイルの腕に手を添えていた。
「皆、君を見ているな。……誇らしいよ、アンナ」
「でも、少し緊張します」
「大丈夫だ。君は私の自慢だからな」
その言葉に、頬が赤くなる。
王と王妃候補という立場を超え、まるで恋人同士のような空気が流れる。
音楽が変わり、彼が手を差し出した。
「踊ってくれるか?」
「はい……喜んで」
手を取られ、そっとステップを踏む。
彼の手のひらの温かさ、腕の中の安心感。
世界が、この瞬間だけ私たち二人のものになったようだった。
「君が笑うと、周りが静まるな」
「……そんなこと……」
「本当だ。君は私の国を照らす光だ。だからもう、誰の言葉にも傷つかなくていい」
その囁きに、胸がいっぱいになる。
――けれど、平穏は長く続かなかった。
舞踏会の最中、伝令が駆け込んできた。
息を切らし、膝をつく兵士が声を張り上げる。
「報告いたします! アルメリア王国より、使節団が到着! 先頭は……レオンハルト王太子にございます!」
その名を聞いた瞬間、会場の空気が凍りついた。
カイルの瞳が冷たく光る。
そして、私の心臓も一瞬止まった。
「……レオンハルト、が……?」
私の名を呼ぶ声。
過去の幻のように蘇る、あの冷たい嘲笑。
『誰もお前なんか愛さないさ』
――まさか、本当に来るなんて。
ざわつく貴族たちをよそに、カイルは静かに笑った。
だがその笑みは、冷たく、鋭い刃のようだった。
「ふん……やっと来たか。思ったより早かったな。アンナ、覚悟はいいか?」
「……ええ、もちろんです。今度は、逃げません」
「いい。それでこそ、私の妃だ」
その言葉に力をもらいながら、私は背筋を伸ばした。
過去の傷が、今や誇りに変わる。
“誰も愛さない”と言った彼が、私を奪い返しに来る? ――笑わせないで。
私は、もう一度だけ鏡に映る自分を見た。
そこには、誰にも負けない凛とした王妃候補の姿があった。
扉の向こうで、レオンハルト王太子の足音が近づく。
白い大理石の廊下に差し込む陽光が、まるで宝石のように輝いていた。
――そして今、その中心で私は立ち尽くしていた。
金糸のドレス、純白のヴェール。
侍女たちに支えられながら、王妃候補としての正式な儀式に臨むため、謁見の間へと進む。
あの日、カイル陛下――いえ、カイルに“妻にならないか”と告げられてから、すでに数週間が経っていた。
最初は夢のようで、信じられなかった。だが、彼は本気だった。
毎朝のように花を贈り、食事の席では私の好みを尋ね、時折は私の執務机にそっと甘い菓子を置いていく。
まるで、王という立場を忘れた青年のように。
「アンナ・リヴィエール。あなたは本日より、正式にローデリア王妃候補として迎えられます」
老練な宰相が告げる声に、広間の空気が緊張で張りつめた。
王座に座るカイルがゆっくりと立ち上がり、私に歩み寄る。
彼の瞳は真っ直ぐで、揺らぎがない。
その一歩一歩が、私の胸を締めつけた。
「アンナ。ここに立つことを恐れるな。君は、この国にふさわしい女性だ」
「……陛下」
「違う。カイル、だ」
小さく笑いながら、彼は私の手を取った。
その手の温もりに、心がじんわりと溶けていく。
「今日から君は、私の隣に立つ者だ。……それを拒むなら、今ここで言ってくれ」
冗談めかしていたが、その目は真剣だった。
まるで王ではなく、ひとりの男として、私の答えを待っている。
胸の奥からこみ上げる感情を押さえきれず、私は静かに微笑んだ。
「……私は、陛下の隣に立てることを、誇りに思います」
広間にざわめきが走る。
誰もがこの瞬間を見ていた。
“婚約破棄された令嬢”が、“隣国の王妃候補”に昇り詰めた瞬間を。
――そのニュースは、瞬く間にアルメリア王国にも届いた。
「なんだと……!? アンナが……正式に、王妃候補に?」
怒りに満ちた声が、アルメリアの王宮に響き渡った。
レオンハルト王太子は机を拳で叩きつけ、書類を散らす。
傍らに立つ新しい婚約者――侯爵令嬢リリアナは、薄く笑った。
「まあ……噂は本当だったのですね。『誰もお前なんか愛さない』なんて言っていたのに、見事に裏目に出ましたわね」
「黙れ、リリアナ!」
苛立ちを隠せないレオンハルト。
あの日、自信満々にアンナを切り捨てたあの瞬間を、何度も思い出していた。
彼女の冷静な瞳。
涙を見せず、ただ静かに微笑んでいた姿。
――それが、今になって脳裏から離れない。
「どうしてだ……あの地味な女が、なぜ王の心を……!」
「地味ではなかったのではなくて? 見る目がなかっただけですわ、殿下」
リリアナの皮肉に、レオンハルトは歯ぎしりをした。
胸の奥を焼くような後悔と、理解できない苛立ち。
愛してはいなかったはずなのに、なぜか――“奪われた”ような気がしてならなかった。
「……いいだろう。どうせ隣国の王など、野心に満ちた男だ。アンナは利用されているだけだ。私は……彼女を取り戻す」
「殿下?」
「彼女は、私の婚約者だった。あの女を王妃になどさせてたまるか」
その瞳には、愛ではなく、執着が宿っていた。
一方、ローデリア王城では。
私は侍女のリサと共に、花園のバルコニーにいた。
春風がやわらかく髪を撫で、薔薇の香りが漂う。
「アンナ様、本当に陛下に愛されていますね。陛下がこんなに笑顔になるなんて、誰も見たことがありません」
「……そう見えますか?」
「はい。毎朝、あなたに贈る花を選んでおられるんですよ? “今日は白薔薇、アンナの瞳に似合う”って」
その言葉に思わず頬が熱くなる。
彼のまなざし、手の温もり。
そして――時折見せる、寂しげな横顔。
彼の“王”としての孤独を、私は少しでも癒せているだろうか。
考え込んでいると、背後から声がした。
「アンナ、探したぞ」
「カイル……陛下」
彼はゆっくりと歩み寄り、私の手を取った。
黒の軍服に金の刺繍が映え、精悍な姿に思わず見惚れる。
「今夜、舞踏会が開かれる。君にも出席してほしい。……だが、無理にとは言わない」
「出ます。陛下の隣に立つのが、私の役目ですから」
その言葉に、彼はふっと微笑んだ。
そして小さく囁く。
「頼もしいな。……だが、私の隣では“王妃候補”ではなく、“私の恋人”でいてほしい」
その一言で、鼓動が跳ね上がる。
――恋人。
まだ正式な婚約ではないけれど、彼の言葉には確かな想いがこもっていた。
「……はい、カイル」
名を呼ぶと、彼の瞳が一瞬揺れ、優しい笑みが浮かぶ。
その微笑みに、胸がときめいた。
夜、王城の大広間では舞踏会が始まった。
燭台の灯りが煌めき、音楽と笑い声が混ざり合う。
私は淡い金色のドレスを纏い、カイルの腕に手を添えていた。
「皆、君を見ているな。……誇らしいよ、アンナ」
「でも、少し緊張します」
「大丈夫だ。君は私の自慢だからな」
その言葉に、頬が赤くなる。
王と王妃候補という立場を超え、まるで恋人同士のような空気が流れる。
音楽が変わり、彼が手を差し出した。
「踊ってくれるか?」
「はい……喜んで」
手を取られ、そっとステップを踏む。
彼の手のひらの温かさ、腕の中の安心感。
世界が、この瞬間だけ私たち二人のものになったようだった。
「君が笑うと、周りが静まるな」
「……そんなこと……」
「本当だ。君は私の国を照らす光だ。だからもう、誰の言葉にも傷つかなくていい」
その囁きに、胸がいっぱいになる。
――けれど、平穏は長く続かなかった。
舞踏会の最中、伝令が駆け込んできた。
息を切らし、膝をつく兵士が声を張り上げる。
「報告いたします! アルメリア王国より、使節団が到着! 先頭は……レオンハルト王太子にございます!」
その名を聞いた瞬間、会場の空気が凍りついた。
カイルの瞳が冷たく光る。
そして、私の心臓も一瞬止まった。
「……レオンハルト、が……?」
私の名を呼ぶ声。
過去の幻のように蘇る、あの冷たい嘲笑。
『誰もお前なんか愛さないさ』
――まさか、本当に来るなんて。
ざわつく貴族たちをよそに、カイルは静かに笑った。
だがその笑みは、冷たく、鋭い刃のようだった。
「ふん……やっと来たか。思ったより早かったな。アンナ、覚悟はいいか?」
「……ええ、もちろんです。今度は、逃げません」
「いい。それでこそ、私の妃だ」
その言葉に力をもらいながら、私は背筋を伸ばした。
過去の傷が、今や誇りに変わる。
“誰も愛さない”と言った彼が、私を奪い返しに来る? ――笑わせないで。
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