婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ

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 レオンハルト殿下の瞳が静かに燃えている。
 その視線が向けられているのは、扉の前で震えるマークではなく――明らかに、ロンバルド殿下だった。

「アリシアを“泣きついた女”に仕立て上げるとは……弟ながら愚かにもほどがある」

 殿下は立ち上がり、ゆるりと指先を払う。

「……行こう、アリシア」

「えっ……?」

「お前の名誉を取り戻す。それ以上の報いも与える」

 その声音は落ち着いているのに、底に潜む怒りは一切隠されていない。
 隣では、シリル殿下がほほ笑んでいるが――その笑みはいつもの柔らかさではなく、研ぎ澄まされた氷のようだ。

「兄上だけに任せると、ロンバルドが本当に泣いてしまいますよ。私も同行します」

「泣くべきだろう。あれほどの侮辱だ」

 二人の宣言に、マークは何度も首を縦に振った。

「アリシア様、どうか……! 伯爵家もすでに激怒しております……!
 ですがロンバルド殿下が勝手に“謝罪会”を設け、アリシア様が参加するのが当然、と……!」

「……私が、ですか?」

 自分で言っていても、馬鹿げているとしか思えない。
 だが、ロンバルド殿下ならやりかねない。

 レオンハルト殿下は、私の手をそっと取り、穏やかな声で言う。

「アリシア。安心しろ。あの男に触れさせはしない」

「もちろん、言葉を投げかけさせるのも最低限にします。
 ――“聞くだけで傷つく言葉”というものは、ありますからね」

 シリル殿下の目にちらりと影が落ちる。

 そこに、扉の外から控えめなノックが響いた。

「失礼します。国王陛下がお呼びです」

 侍従が丁寧に頭を下げた。

「アリシア嬢と、レオンハルト殿下、シリル殿下は、至急謁見室までとのことです」

「父上も……か」

 レオンハルト殿下の表情がわずかに和らぐ。

 どうやら国王陛下も、この騒動を聞きつけたらしい。

「行くぞ、アリシア。これ以上、貴女を勝手に利用させるわけにはいかない」

「はい……!」

 胸の奥で何かが強く鳴った。
 もう一人で、この理不尽を抱え込む必要はないのだと、自然と息が軽くなる。

 こうして私たちは、謁見室へと向かった。

 ――だが。

 到着する前に、廊下の向こう側から聞こえてくる声があった。

「私は悪くない! 悪いのはアリシアだ!
 勝手に想いを寄せて、勝手に傷ついただけだろう!」

 聞き覚えのある、幼さの残る声。
 胸がぎゅっと締めつけられる。

 ロンバルド殿下――。

 扉が開かれた瞬間、視線が交錯した。

 彼の顔には焦りと怒りの混じった表情が浮かんでいた。
 そして私を見ると、明らかに“勝ち誇った”色を浮かべた。

「アリシア! 来たのか。
 君が僕に謝罪したいと言っていると聞いたから、場を設けてやったんだ」

「謝罪……?」

 私が呆然と呟く前に、レオンハルト殿下が前に出た。

「誰が謝罪すると言った?」

「兄上こそ、それは僕に対する挑発か?」

「挑発ではない。事実を聞いているだけだ」

 レオンハルト殿下の声は低く冷たい。
 謁見室の空気が瞬時に張り詰める。

 国王陛下が玉座から静かに見下ろしていた。

「ロンバルド。お前の言い分を聞こう」

「アリシアは……勝手に僕を諦めて泣いたんだ!
 僕にはもう別に愛する女性がいる。なのにアリシアは伯爵家も巻き込んで騒いで……!」

 心臓が一度跳ねて、すぐに沈むような感覚に襲われた。

 ああ。この人は。本当に何もわかっていない。

「……ロンバルド殿下」

 私は一歩前に出る。

「私は、泣いてなどいません」

「嘘だ! 聞いたぞ、君が僕の婚約破棄を嘆いて……!」

「泣いたのは……伯爵家の者たちです。
 “なぜアリシア様があんな扱いをされねばならないのか”と」

「なっ……!」

 ロンバルド殿下の顔が真っ赤になる。

 国王陛下が目を細めた。

「さらに言えば、ロンバルド。
 “アリシアが泣きついてきた”という噂を流したのは、お前自身だな?」

「お、俺はそんな……!」

「証拠がある」

 スッとシリル殿下が前に出た。
 手には書状を握っている。

「これは、お前が侍従長に送った手紙の写しだ。
 “アリシアが泣いて謝りに来るだろう”と、そう書かれている」

「……!」

 ロンバルド殿下の口が開くが、声は出ない。

 国王陛下が深く息を吐いた。

「ロンバルド。お前はアリシア嬢を侮辱し、嘘を流し、王族の名誉すら失わせようとしている。
 これは厳罰に値する」

「そ、そんな……僕は悪くない!
 アリシアが、僕を――」

「アリシアは“お前への涙すら惜しい”と言っているが?」

「――っ!!?」

 謁見室がどよめいた。

 いや、そんなこと言ってないけど……!?

 シリル殿下がまるで当たり前のように笑っている。

「言うつもりでしたよね? ね?」

「い、言いませんよ!?」

「まあ、気持ちは同じでしょう?」

 レオンハルト殿下が私の肩を優しく抱いた。

「アリシア。遠慮するな。
 お前が言えないなら、俺たちが言ってやる」

「そうですよ。アリシアを軽んじた罰は、受けてもらわなければ」

 二人の言葉が重なる。

 ロンバルド殿下は震えていた。怒りか、羞恥か、理解できない感情か。

「アリシアは……僕の婚約者だったんだぞ……!?」

「その“過去形”が、すべての証明だ」

 レオンハルト殿下が冷たく言い放つ。

「アリシアはもう、俺たちのものだ」

「っ――!?」

 謁見室中が静まり返る。

 王族“全員”の気配が、私の背後に集まっていくようだった。

 国王陛下までもが柔らかい笑みを浮かべ、言った。

「アリシア嬢。
 貴女が望むなら……この国の誰より大切にしよう。
 王族全員で」

 ――逃げ場なんて、最初から存在しなかった。

 でもその包囲は、不思議と温かい。

 私の胸に強く、熱が灯る。

 そのとき。

「アリシア……!」

 謁見室の扉がまた開かれた。
 そこに立っていたのは――

 王族ではない人物。

 けれど、彼の姿を見た瞬間、空気が変わる。

 レオンハルト殿下とシリル殿下の目が同時に細められた。

「……なぜお前がここにいる?」

「アリシアに会いに来た。
 ――彼女の“本当の婚約者”として」

 周囲の空気が一瞬で凍りつく。

 王族全員の視線が、怒りと敵意をこめてその男に向けられた。

 私は息を呑む。

 その男は、静かに私へ歩み寄り――優しく微笑んだ。

「アリシア。迎えに来た」

 混乱は、まだ始まりにすぎなかった。
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