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「エリス様ぁぁぁぁ!! どうか、どうか俺を見捨てないでくれっ!!」
気がつくと私は、白銀の狼獣人――ルガートの、分厚い胸板にぎゅむっと抱きしめられていた。
む、むぐ……息が……!
「る、ルガート!? ちょっと、苦しいのだけれど!」
「す、すまないッ!」
ぱっと離れられると、胸を押さえながら呼吸を整える。
彼は耳をぺたんと倒し、尻尾をしょんぼりさせて私の前に膝をついた。
「エリス様を、ひとりで荒地になんて行かせるわけにはいかない……っ。俺は、あなたを守るために皇都からついてきたんだ……!」
いやいや待ちなさい。
私は辺境の村で、静かに、一般庶民として暮らすはずだったのよ?
皇都から追放された悪役令嬢――そう呼ばれた私が、まさか獣人の護衛からまでついてこられるなんて、想定の範囲外だ。
「……それで、あなた、いつから私をつけてきたの?」
「ずっとだ!」
「ずっと!?」
つい声が裏返ってしまった。
「エリス様が“ひっそり暮らす”と言っても、それは、俺の守護範囲内での話だと思っていた……!」
「思い込みがすごすぎるわ!」
すると、村の入口でさらに馬蹄の音が響いた。
何事!? 今日は静かに薬草摘みに出るだけの予定だったのに!
「はぁっ……! やっと追いついた……」
やってきたのは、黒髪をきっちり後ろに束ねた、冷徹顔の青年――近衛騎士団団長であり、私の元婚約者の腹心だった男、アレクト。
「アレクト? どうしてあなたまで――」
「エリス様が行方不明になり、ルガートまでも姿を消したと聞いて……これは、何か重大なことが起きたのだと判断しました」
「で、でも私は追放されて――」
「それでも私は、あなたが危険に晒されている可能性を見過ごせません」
きっぱりと言い切る彼に、私は頭を抱えたくなった。
待ちなさい。
なぜ私は“追放された悪役令嬢”なのに、次々と追跡されてくるの?
「エリス様。あなたのことは、あの方……王太子殿下より、何よりも――」
その瞬間、アレクトの言葉を遮るように、さらに強烈な声が響き渡った。
「エリスぅぅぅぅううーーー!! ようやく見つけた……!!」
声だけで胃が痛くなった。
……嫌な予感しかしない。
振り返れば――。
「ど、どうしてあなたがここに来るのよ!? 殿下!!」
そこにいたのは、私を一方的に婚約破棄した張本人、王太子レオンハルト。
整った顔は息で乱れ、金髪は汗に濡れて額に張りつき、馬を置きっぱなしで走ってきたのか息が切れている。
「エリス……あのときの俺は……ほんとうに……愚かだった……!」
「いや、待って。まだ何も言ってないから勝手に反省し始めないで」
「エリス……! 俺は……おまえが必要なんだぁぁぁ!!」
「叫ばないで!! 村中に響くから!!」
私は両手で頭を抱えた。
こうして四人が勢揃いすると、村人たちは遠巻きにざわざわしている。
辺境の静かな村。
本来ならここで私は、一人で薬草茶を淹れて、のんびり生活を送る予定だったのに。
なのに目の前には――
元婚約者の王太子、
忠誠を誓う騎士団長、
命をかける護衛獣人。
ああもう、カオスにもほどがあるわ……!
「……それで。あなたたちは何をしに来たの?」
私は腕を組んで、三人を横並びに立たせた。
ここは私の借家の前。
せめて家の裏の森でこっそり話したかったけれど、この三人は待てと言っても聞きそうにないのでここで進行する。
まずレオンハルトが手を挙げた。
「エリス…… 婚約破棄の件は! 本当に! 本気で! 悪かったと思っている!!」
「テンションが高いわよ」
「おまえがいなくなって気づいたんだ……俺の隣に立つのは、おまえ以外にあり得なかったって……!」
隣でアレクトがため息をつく。
「殿下。落ち着いてください。言葉が軽くなります」
「軽くなんてない! 俺は本気なんだ!!」
私は手を挙げてストップをかけた。
「……あなた、婚約破棄した翌日には、新しい婚約者を迎えていたじゃない」
「あれは……!! あれは王妃と宰相が勝手に……!」
「でも、殿下はその場で頷いたわよね?」
「うぐっ……! あれは……っ……!」
レオンハルトが口ごもると、ルガートが庇うように前に出た。
「殿下の言動はどうでもいい。俺は、エリス様に仕えると決めた。殿下がどれほど後悔しようと、俺の意思は変わらない」
「ルガート。あなたは皇宮直属の護衛獣人でしょう? 勝手に離れたら処罰されるのでは?」
「構わん。エリス様の安全と幸福こそ最優先だ」
「……あなたたち、ほんとに何なの?」
私は思わず呟いた。
すると、今まで冷静だったアレクトが、静かに視線を落とす。
「……私は、殿下の下で生きるつもりでした。しかし……あなたが去った日から、殿下は変わりました」
「変わった?」
「殿下は……エリス様を失った絶望で、四日ほど寝込まれました」
「そんなに!?」
ちょっと驚いた。
というか、あれだけ私に冷たかった殿下が寝込むなんて、ある意味ざまぁなのだけれど、複雑な気持ちだ。
「殿下のお世話をしたのは私です。……あなたの名を、発熱でうわごとで呼ぶ殿下を見るのは、正直……心に堪えました」
「アレクト……そんなこと言わないでくれ……!」
「で、でもそれは……あなたの判断で私を追いかける理由にはならないでしょう?」
「いえ。エリス様がいなくなったことで、私はようやく自分の気持ちを理解しました」
アレクトは私にまっすぐ視線を向けた。
「私は……あなたを、誰よりも尊敬し、そして……恋慕していました」
「こい……っ!?」
「はっ!? アレクトおまっ!!」
「殿下の気持ちは知っています。しかしそれでも……私はこの想いを偽れません」
王太子レオンハルトが慌ててアレクトに詰め寄る。
「おいアレクト! おまえは俺の腹心だろう!? なぜエリスを――」
「殿下の腹心である前に、一人の男です」
「いっ……! いつから!? いつからそんな感情を!」
「最初からです」
「最初からッ!? 婚約破棄より深刻じゃない!!」
私は頭を抱えた。
するとルガートが尻尾を逆立て、二人に向かって威嚇する。
「エリス様を困らせるな。アレクト、殿下。エリス様は俺が――」
「待って待って待って!!」
私は叫んだ。
「あなたたち、ここは辺境の村よ!? 村人が見てるの!! ちょっとは空気読みなさい!!」
三人がビシッと直立不動で固まる。
どうやら怒られた犬のように反省している。
……いや、村の人たちが絶対あとで噂するじゃない。
でもまあ、この三人の騒ぎは、ある意味ざまぁでもある。
私を追放した王宮側が、今になって焦って追ってくるなんて――
そんな姿を見るのは、ちょっとだけ胸がすっとした。
そのとき、村の外からさらに馬の蹄の音が響いた。
「……まさかこれ以上は来ないでしょうね」
私が嫌な予感に眉を寄せた瞬間――。
「エリス嬢ーーー!! 私も……私もどうしてもあなたに会いたくて!!」
息を切らして駆けてきたのは、レオンハルトの新しい婚約者だったはずの伯爵令嬢――フェリシア。
「フェ、フェリシア!? どうしてあなたがここに!?」
フェリシアは私の手を取って震えた声で言った。
「エリス様……ごめんなさいっ!! 私は殿下にそそのかされて、あなたを悪役に仕立てようとして……本当に、本当に愚かでしたぁぁ!!」
「えっ!? 殿下、これどういうこと?」
「ま、待て! 違う! 俺はそそのかしてない!!」
「殿下が“エリスを悪役令嬢に仕立てれば周囲は納得する”と……!」
「フェリシアそれは誤解だ誤解だ誤解だ!!!」
レオンハルトは顔面蒼白だ。
村人がざわめき、アレクトが片手で顔を覆い、ルガートは完全に呆れた目をしている。
私は深くため息をついた。
「……ああもう。なんなのよ、これ」
辺境で静かに暮らす予定だったのに。
過去に私を利用した人、裏切った人、恋慕した人、忠誠を誓う人。
みんなが、私を追ってきてしまった。
私が望んだ静かな暮らしは、どうやら手に入る気配がない。
でも少しだけ、心がざまぁと喜んでいる自分もいる。
私を追放したあの日――
「あなたなんて誰も必要としない」
そう言った殿下の言葉は、今、皮肉のようにひっくり返されている。
私の前に集まる、この騒がしいほどの“必要とされる証”。
だけど――。
(だからといって、すぐに許すつもりはないわよ)
私は静かに、でもはっきりと彼ら三人(+1名)を見回した。
「……これからどうするかは、私が決めるわ。勝手に決めて、勝手に追いかけてきて……そんな行動で許されると思わないことね」
三人(と一人)は一斉に背筋を伸ばし、真剣に頷いた。
彼らの騒がしい追跡劇は、まだまだ続きそうだ。
そして私は――
静かな生活とは程遠い未来を、なぜかほんの少しだけ楽しみにしていた。
気がつくと私は、白銀の狼獣人――ルガートの、分厚い胸板にぎゅむっと抱きしめられていた。
む、むぐ……息が……!
「る、ルガート!? ちょっと、苦しいのだけれど!」
「す、すまないッ!」
ぱっと離れられると、胸を押さえながら呼吸を整える。
彼は耳をぺたんと倒し、尻尾をしょんぼりさせて私の前に膝をついた。
「エリス様を、ひとりで荒地になんて行かせるわけにはいかない……っ。俺は、あなたを守るために皇都からついてきたんだ……!」
いやいや待ちなさい。
私は辺境の村で、静かに、一般庶民として暮らすはずだったのよ?
皇都から追放された悪役令嬢――そう呼ばれた私が、まさか獣人の護衛からまでついてこられるなんて、想定の範囲外だ。
「……それで、あなた、いつから私をつけてきたの?」
「ずっとだ!」
「ずっと!?」
つい声が裏返ってしまった。
「エリス様が“ひっそり暮らす”と言っても、それは、俺の守護範囲内での話だと思っていた……!」
「思い込みがすごすぎるわ!」
すると、村の入口でさらに馬蹄の音が響いた。
何事!? 今日は静かに薬草摘みに出るだけの予定だったのに!
「はぁっ……! やっと追いついた……」
やってきたのは、黒髪をきっちり後ろに束ねた、冷徹顔の青年――近衛騎士団団長であり、私の元婚約者の腹心だった男、アレクト。
「アレクト? どうしてあなたまで――」
「エリス様が行方不明になり、ルガートまでも姿を消したと聞いて……これは、何か重大なことが起きたのだと判断しました」
「で、でも私は追放されて――」
「それでも私は、あなたが危険に晒されている可能性を見過ごせません」
きっぱりと言い切る彼に、私は頭を抱えたくなった。
待ちなさい。
なぜ私は“追放された悪役令嬢”なのに、次々と追跡されてくるの?
「エリス様。あなたのことは、あの方……王太子殿下より、何よりも――」
その瞬間、アレクトの言葉を遮るように、さらに強烈な声が響き渡った。
「エリスぅぅぅぅううーーー!! ようやく見つけた……!!」
声だけで胃が痛くなった。
……嫌な予感しかしない。
振り返れば――。
「ど、どうしてあなたがここに来るのよ!? 殿下!!」
そこにいたのは、私を一方的に婚約破棄した張本人、王太子レオンハルト。
整った顔は息で乱れ、金髪は汗に濡れて額に張りつき、馬を置きっぱなしで走ってきたのか息が切れている。
「エリス……あのときの俺は……ほんとうに……愚かだった……!」
「いや、待って。まだ何も言ってないから勝手に反省し始めないで」
「エリス……! 俺は……おまえが必要なんだぁぁぁ!!」
「叫ばないで!! 村中に響くから!!」
私は両手で頭を抱えた。
こうして四人が勢揃いすると、村人たちは遠巻きにざわざわしている。
辺境の静かな村。
本来ならここで私は、一人で薬草茶を淹れて、のんびり生活を送る予定だったのに。
なのに目の前には――
元婚約者の王太子、
忠誠を誓う騎士団長、
命をかける護衛獣人。
ああもう、カオスにもほどがあるわ……!
「……それで。あなたたちは何をしに来たの?」
私は腕を組んで、三人を横並びに立たせた。
ここは私の借家の前。
せめて家の裏の森でこっそり話したかったけれど、この三人は待てと言っても聞きそうにないのでここで進行する。
まずレオンハルトが手を挙げた。
「エリス…… 婚約破棄の件は! 本当に! 本気で! 悪かったと思っている!!」
「テンションが高いわよ」
「おまえがいなくなって気づいたんだ……俺の隣に立つのは、おまえ以外にあり得なかったって……!」
隣でアレクトがため息をつく。
「殿下。落ち着いてください。言葉が軽くなります」
「軽くなんてない! 俺は本気なんだ!!」
私は手を挙げてストップをかけた。
「……あなた、婚約破棄した翌日には、新しい婚約者を迎えていたじゃない」
「あれは……!! あれは王妃と宰相が勝手に……!」
「でも、殿下はその場で頷いたわよね?」
「うぐっ……! あれは……っ……!」
レオンハルトが口ごもると、ルガートが庇うように前に出た。
「殿下の言動はどうでもいい。俺は、エリス様に仕えると決めた。殿下がどれほど後悔しようと、俺の意思は変わらない」
「ルガート。あなたは皇宮直属の護衛獣人でしょう? 勝手に離れたら処罰されるのでは?」
「構わん。エリス様の安全と幸福こそ最優先だ」
「……あなたたち、ほんとに何なの?」
私は思わず呟いた。
すると、今まで冷静だったアレクトが、静かに視線を落とす。
「……私は、殿下の下で生きるつもりでした。しかし……あなたが去った日から、殿下は変わりました」
「変わった?」
「殿下は……エリス様を失った絶望で、四日ほど寝込まれました」
「そんなに!?」
ちょっと驚いた。
というか、あれだけ私に冷たかった殿下が寝込むなんて、ある意味ざまぁなのだけれど、複雑な気持ちだ。
「殿下のお世話をしたのは私です。……あなたの名を、発熱でうわごとで呼ぶ殿下を見るのは、正直……心に堪えました」
「アレクト……そんなこと言わないでくれ……!」
「で、でもそれは……あなたの判断で私を追いかける理由にはならないでしょう?」
「いえ。エリス様がいなくなったことで、私はようやく自分の気持ちを理解しました」
アレクトは私にまっすぐ視線を向けた。
「私は……あなたを、誰よりも尊敬し、そして……恋慕していました」
「こい……っ!?」
「はっ!? アレクトおまっ!!」
「殿下の気持ちは知っています。しかしそれでも……私はこの想いを偽れません」
王太子レオンハルトが慌ててアレクトに詰め寄る。
「おいアレクト! おまえは俺の腹心だろう!? なぜエリスを――」
「殿下の腹心である前に、一人の男です」
「いっ……! いつから!? いつからそんな感情を!」
「最初からです」
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私は頭を抱えた。
するとルガートが尻尾を逆立て、二人に向かって威嚇する。
「エリス様を困らせるな。アレクト、殿下。エリス様は俺が――」
「待って待って待って!!」
私は叫んだ。
「あなたたち、ここは辺境の村よ!? 村人が見てるの!! ちょっとは空気読みなさい!!」
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「……まさかこれ以上は来ないでしょうね」
私が嫌な予感に眉を寄せた瞬間――。
「エリス嬢ーーー!! 私も……私もどうしてもあなたに会いたくて!!」
息を切らして駆けてきたのは、レオンハルトの新しい婚約者だったはずの伯爵令嬢――フェリシア。
「フェ、フェリシア!? どうしてあなたがここに!?」
フェリシアは私の手を取って震えた声で言った。
「エリス様……ごめんなさいっ!! 私は殿下にそそのかされて、あなたを悪役に仕立てようとして……本当に、本当に愚かでしたぁぁ!!」
「えっ!? 殿下、これどういうこと?」
「ま、待て! 違う! 俺はそそのかしてない!!」
「殿下が“エリスを悪役令嬢に仕立てれば周囲は納得する”と……!」
「フェリシアそれは誤解だ誤解だ誤解だ!!!」
レオンハルトは顔面蒼白だ。
村人がざわめき、アレクトが片手で顔を覆い、ルガートは完全に呆れた目をしている。
私は深くため息をついた。
「……ああもう。なんなのよ、これ」
辺境で静かに暮らす予定だったのに。
過去に私を利用した人、裏切った人、恋慕した人、忠誠を誓う人。
みんなが、私を追ってきてしまった。
私が望んだ静かな暮らしは、どうやら手に入る気配がない。
でも少しだけ、心がざまぁと喜んでいる自分もいる。
私を追放したあの日――
「あなたなんて誰も必要としない」
そう言った殿下の言葉は、今、皮肉のようにひっくり返されている。
私の前に集まる、この騒がしいほどの“必要とされる証”。
だけど――。
(だからといって、すぐに許すつもりはないわよ)
私は静かに、でもはっきりと彼ら三人(+1名)を見回した。
「……これからどうするかは、私が決めるわ。勝手に決めて、勝手に追いかけてきて……そんな行動で許されると思わないことね」
三人(と一人)は一斉に背筋を伸ばし、真剣に頷いた。
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