土星の日

宇津木健太郎

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五十嵐幹也の場合 その3

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 あれから、何度か桐生さんは学校に来た。いつも通り、来る来ないは彼女の気分次第の様だったが、いつもと違うのは、彼女が学校を無断欠席しても、今日はどこそこに居る、という安全報告が一切無いという事だった。一言くらい言ってよ、とスマホでメッセージを送るけど、既読のマークが付くだけで、返信は無い。既読が付く事自体が彼女の無事を半分証明しているようなものなので、それだけが救いではあったけれど。
 一方で、僕らの通う学校には救いの場がどんどんと少なっている、そんな印象を強く受ける。最早、土星の夢を見た生徒と見なかった生徒の間には明確な見えない壁が存在しており、それによる差別化は、当人達が隠そうともしない程の強い影響を及ぼしている。
 以前は仲の良かった友達同士が、夢を見た者と見なかった者で分かれている光景を見るのが多くなった。だがそれは彼らが不仲になったというのではなく、彼ら以外に生徒を明確に差別化して声を大にしてそれをひけらかす圧倒的多数に寄り添わざるを得なくなった為だ。弱者に寄り添っている姿を見られれば、自分達も居場所が無くなってしまう……そんな、学校という小さなコミュニティで生まれてしまう暗黙の規則に、自然と従わざるを得ないのだ。
 とは言え、元々仲の良かったそうしたグループの多くは、裏でSNSを使って連絡を取り続けているケースが殆どだろう。問題は、元々多くの接点がなかった場合。そして夢を見た自分達を特別視してその誇りを見せつけようとする、近藤の様な連中だ。
 人と人とのコミュニケーションに気を遣う、友達の少ない僕の様な人間は、円滑に話をする為にはものを考えながら人と話す必要がある。だが近藤の様に勢いに任せて言葉を交わし、そしてそれで日常生活になんら支障の無い、寧ろとても潤滑に過ごせている人間は(その分、集まる相手も似た様な人間ばかりにはなる様だが)、そうした思慮をしない。ただ、思った事を反芻や推敲もせず口にする。
 そうした短絡的な言葉は、勢いだけで生きる事の出来ない影のある僕の様な生徒や、そうする生き方が出来なくなった大多数の大人にとっては、とてもではないが好ましいとは言えない。あけすけになった近藤の悪意は、それを共有する友達の間で伝播し、そして彼ら一人一人が媒体となって感染させていく。
 劣等種、と同級生に向かって口にした近藤は、アニーが学校全体にそうした様に、その言葉と意識と概念を、一部生徒達と共有した。彼らは、土星の夢を見なかった生徒達を彼の言う『劣等種』とカテゴライズし、教員の目に付かないところで差別を繰り返した。彼の劣等種発言から数日と経たない内に、僕のクラスの内、三人が学校に来なくなっている(勿論、桐生さんを除いて)。
 一度、図書室からの帰りに校舎の隅で、大桑が近藤達四人に取り囲まれている場面に遭遇してしまった。一年の時には良く話した相手だったが、クラス替えで離れてからは疎遠になっている。そんな僕を見て、大桑は僕に縋る様な目を向けた。そんな彼の視線に誘導され、近藤達も僕に目を向けた。カツアゲか、暴力か。今、それは問題では無かった。
「何見てんだ」
 一人が威嚇する。すると近藤が、おお、と声を掛けた。「夢を見た、影の薄い五十嵐君じゃねーの」
 人付き合いが悪い、というよりあまり友達の多くない僕は、近藤の様な連中からはそう見られているらしい。だがそれ以上に気になるのは、そんな今までの印象よりも、夢を見たかどうか、という情報が彼らにとって最優先されているという現状だ。
 やらなければいけない事は分かっている。だが、その結果自分に及ぶ影響に目をつぶってそれを実行出来る程、精神的にも肉体的にも、僕は強くない。
「同じ夢を見た友達同士……分かってんだろ?」
 低い声で、近藤は威圧してきた。僕は、尚も縋る目で見てくる大桑から目を逸らし、無言でその場から立ち去った。
 近藤が、大桑が、何かを言っている。その言葉は僕に届かない。彼らが何を言っているかは、最早問題ではない。僕がした行動、それが僕が気にしなければいけない事の全てだった。
 虐げられるのが怖い。現状維持以上の努力をしない。拒絶される事が怖い。そんな僕だから、何も変われない。大桑の苦悶を、僕は軽減してやれない。自分が苦しまないようにと、努力する事を怠った。逃げ続けた先に、それでも僕を受け入れてくれた友達が堂守であり、箱田姉弟であり、そして桐生さんだった。
 目眩に襲われながら、僕は考える。何故僕は、幼馴染でハーフの美少女である箱田を好きにならず、学校一の電波と揶揄される事さえある桐生さんを好きなったのか。
 いや、本当に彼女が好きだから告白したのだろうか。こんな自分を受け入れてくれる人達の中で、箱田は高嶺の花に過ぎる、若しくは自分如き凡庸な男に振り向く筈もないと判断したからか。
 もしもそうだとしたら、僕はなし崩しで桐生さんに告白したのだろうか。
 好きでもないのに、僕は愛を口にしたのか。
『私に告白すれば断られないと思ったんだね』
 繰り返し繰り返し、あの子の声が頭の中に響き続ける。今にも泣き叫びそうな、大桑の顔と共に。


 いつも通りの時間に登校し、教室の扉を開ける。いつも通りの時間なのに、クラスメイトの数はまた減ったようだった。五分待ち、十分待っても、教室の人数は僕を含めて十五人居るか居ないかのまま変わらない。このままでは、テストは夏休み中にまで延期されるかも知れない。そろそろ受験の事も視野に入れていかねばならないという時期に、僕らは途方に立たされる。
 クラスの半数が出席した頃、担任がクラスにやって来る。僕は彼から見えない様に、今日もやってこなかった桐生さんにメッセージを送っていた。
『今日は何処に行ってるの』
『まだ都内』
 と、珍しく早い返事が返ってきた。僕は少し考えて、返信する。
『出席日数、流石にヤバいんじゃないの? そろそろギリギリでしょ』
 ここ一週間と少しは、特に休みがちな桐生さんだったから、このペースが続けばきっと今年の後半は毎日学校に来る必要があるだろう。それは彼女も望まない筈だ。だが、桐生さんは事も無げに返信してきた。
『今日から一週間、学級閉鎖。テストはその翌日になるよ』
 そんなメッセージが流れて来ると同時に、教壇に立った教員は告げた。
「欠席者と校内の状況を考えて、今日から一週間、学級閉鎖にする。期間が終わったら、生徒が何人だろうといい加減で期末テストは行うので、しっかり復習するように」
 よっしゃあ、という声が教室の所々で聞こえるが、担任は当然の様に付け加える。「勉強期間がみっちりある分、当然だが難易度も上げるのでそのつもりでいろ」
 脱力の声が広がる中で、僕は苛立ちながら桐生さんに返事を返す。
『何で分かったの』
 返ってくる答えなんて分かりきっている。そしてその答えを僕は聞きたくない。だが、あまりにも日常的にそんな軽口な会話をしていたものだから、手癖がついてメッセージもそんな文章を送ってしまった。
 少し後悔していたが、しかしいつもであればすぐに返事が来るにも関わらず、そんな僕の質問への返答はやけに時間が掛かった。そうして結局返ってきたのは、『何となく』という、彼女にしては凡庸過ぎる答えだった。
 分かりきっている。彼女は、『普通』でいる事を心がけようとしている。家族が、友達が、先生が、社会が、人としてこうあらねばならないという価値観を押し付けて、それが望まれる世界で生きていながらも十七年間も自分のスタイルを貫き続けてきた彼女が、僕というたった一人が見せた態度に動揺し、『普通』の女の子で居ようとしている。
 僕は、何を望んで彼女に告白したのだろう。『大多数』が理解出来ない事を行い、話すその姿に魅力を感じたのは本当だ。だが、本当にそれを恋愛感情として見ていただろうか。そんな不思議な彼女を『周囲の人間が見た評価』から桐生愛華という少女を観測し、『僕程度の人間でも受け入れてもらえそうだ』と値踏みしたから、『彼女持ち』というステータス欲しさに告白したのではないだろうか。僕が桐生さんの『個性』を心の内で否定し科学的な理屈がある筈だと当て推量で強引に真実を捻じ曲げ、『理解』しようとしているに過ぎないのではないか。
 これが一般的に言う『理解』であるとすれば、随分と歪んでいる。
 今まで桐生さんが歩いてきた人生を、僕は知らない。僕が彼女に『普通に』接し、そして恋人として付き合っている状況が、桐生さんにとってどれ程価値のある事か、それは彼女自身にしか分からない。でも、あれだけ激怒していながらもこうしてメールではいつも通りのやり取りをするに努め、そして彼女自身の超常的力をなるべく口にしない様に精一杯の努力をしようとする程に、僕との関係を大切に思ってくれている。それは、何となく伝わった。
 だからこそ、僕は彼女に負い目を感じる。
 彼女が僕に叫んだ事は、怒りに身を任せて叫んだ言葉であるからこそ、取り繕わない彼女の本音であり、真実なのだ。今、こうして『普通に』接しようとしてくれている桐生さんの態度も、そんな心の底からの本音を覆い隠そうとしている薄っぺらな壁に思えてしまった。
 僕は、駄目なのかも知れない。
 僕は、なんて無個性で無責任な人間なのだろう。そして、それを自覚しないままに生きてきた。
 僕は、どんな人間になりたかったのだろう。
 教室中のクラスメイト達が、各々のグループを作って雑談を始めつつ、それぞれのペースで帰り支度を始める。堂守は、今日も居ない。物思いにふけっているのか、珍しく大人しいアニーはのろのろと帰り支度を始めている。彼女と一緒に帰る気にもあまりならない。いつかはまた以前の様に一緒に帰る事もあるだろうが、少なくとも今ではない。僕も、なるべく誰とも関わらずに帰りたかった。こういう時、友達が少ないと決断がスムーズで楽だ。
 僕は、僕と同じく土星の夢を見た人間としてカテゴライズされている筈の同級生と混じり合う事無く、教室を出る。スマホを覗き、俯きながらボーッと廊下を進むと、少し先で僕の方を向いて立ち止まっている男子生徒の足が見えた。僕が近付いても退く気配が無いので、不思議に思って顔を上げる。
 頰に絆創膏を貼った大桑が、僕を睨んで立っていた。
「大桑……」
 ごめん、と言うべきだろう。あの時の後ろめたさを思い出して言葉を躊躇っていると、そんな僕の迷いとは御構い無しに、真っ直ぐ歩み寄ってきた大桑は僕に強くぶつかった。無言の暴力は、しかし僕に鋭い痛みを残す。僕を流し目で睨みながら、大桑はそのまま僕が来たクラスの方へと歩いていく。その口が、「お前はこれくらいで許す」と動き、言葉を発した。
 何の事だと首を傾げ、それでも玄関口へ向かう為に一歩新たに足を踏み出したところで、力の入った腹部に激痛が走った。予想外の痛みに足を取られ、僕は膝から廊下に崩れ落ちる。咄嗟に壁に手をついて転倒は避けたものの、周囲の生徒が「何してんだよ」とせせら笑う。でも、僕はそんな彼らに「うるせー」と茶化して笑う余裕が無い。
 痛い。お腹が痛い。どんどんと鋭い痛みは増し、腹部のたった一点から熱が広がっていく。僕の様子を見た何人かの女子が、「え? 何?」と戸惑いの声を上げ始め、周囲がざわついた。僕は自分のお腹を見る。ワイシャツに僕の赤い血がジワリと染み込み、みるみる内に広がっていく。
 誰も悲鳴を上げない。ただ、突然の光景に誰もが戸惑い、僕から離れる。我に返った一人の女子が慌てて僕に近付いて気遣いの言葉を掛けたその時、後方で今度こそ悲鳴が上がった。混乱する頭のままに苦労して頭を動かしてその方向を見れば、大桑が自分よりも背の高い近藤の肩を強く掴み、刃を出した折りたたみナイフで何度も近藤の腹部を指していた。仕草だけ見れば、大桑が近藤のお腹を繰り返し殴っているようにしか見えない。だが今まで見た事も無い近藤の青褪めた表情と鬼気迫る大桑の形相、そして近藤のワイシャツにどんどんと広がっていく赤い染みが、何が現実に起きているのかを如実に語っている。
 近藤の仲間も、あまりの光景に立ち竦んでいる様子で、大桑を止めに入る事が出来ないでいる。近藤は近藤で抵抗をしようとしているようだが、力がどんどんと抜けて行っているらしく、僕同様にゆっくりと膝をついて倒れこんでいく。それでも怒りが収まらないのか、それとも人の体が予想外に柔らかく刺している実感を持てない為か、大桑は獣の様な呻き声を上げながら何度も何度も、ナイフを近藤に突き立てていた。
 激痛と失血の所為だろうか、目眩が始まった。体を起こす事も苦しく、僕は息を荒くして廊下で倒れこむ。ようやく周りに立つ生徒が何人か、先生を呼ぼうとしたり、僕の傷口を押さえようとしている。失血により、僕はどんどんと気持ちが悪くなっていく。吐き気がして来た。激痛は、収まる気配を見せない。
 そんな時、僕が手にしたままだったスマホが振動する。揺れる視界で着信画面を見ると、桐生さんがメッセージを送っていた。メッセージの文面の最初の一行が、ロック画面に表示されている。
『あぶないにげて』
 変換する時間さえも惜しい程、そして自分の力について口にするのを躊躇わない程、彼女は焦っていた。全ては、僕の為?
 もっと早く『気付いて』くれよ、とは思わなかった。ただ、そんな桐生さんの心に感謝する事だけしか出来ず。
 自分なんかより、もっと相応しい相手が居るべき女の子だと、僕は強く思った。


 そんな僕の心情にお構い無く、僕の周囲は変化していく。僕は駆けつけた保険医の先生に廊下で応急処置をされ、大桑は二人の体育教師に取り押さえられた。もう一人の保険医が近藤の応急手当ても始めたが、既に虫の息であるらしく、保険医の先生は、却って重傷の近藤に手を出せなくなってしまう程に狼狽していた。
 朦朧とする意識の中で、近藤と僕は救急車で運ばれた。余りにも気分が悪くなり、僕は途中で眠ってしまった。次に目が覚めたのは病室で、僕本人としては、特に生死の境を彷徨ったとか、そんな危険な橋を渡った実感は無い。事実、僕は半日程度しか寝ていなかった様だ。両親も、まだ職場から病院に到着していない、と医者に言われる。
 近藤は、意識不明らしい。
 こんな事になる前は、普段から接点が無く、この大きな混乱を招いた原因の一つでもある彼が不幸になれば、胸がすくだろうと思っていた。だが実際に、例えそれが嫌な奴だったとしても、もし死ぬとなれば気分は悪い。そんな気分にならなくなる程、大桑は鬱憤を抱え込んでいたという事だろうけれど。
 僕の他には誰もベッドで寝ていない、実質貸切状態のその病室で、僕はただぼんやりと天井を見上げていた。ベッドサイドのスマホを取り上げる。少し自分の血痕がついていた。桐生さんからの、僕の身の安否を問うメッセージは何通も来ていたが、それに返信するべきか僕は迷う。僕は、彼女が十七年という人生で抱いて来た感情や経験と、そこから生まれた今の心境を理解する事が出来ない。でもそれはきっと、桐生さんが僕に対して期待するものとは違うと思う。
 本当の意味で桐生さんを好きになる事も無く、彼女に告白した。その責任と意味を考えたかった。僕はスマホを再びベッドサイドに置いて、眠くもないのに目を閉じて、この現実から目を逸らそうとする。
 眠れる筈もないそんな僕を一番最初に見舞いに来てくれたのは、堂守だった。よう、と声を掛けると、強張った顔をして病室に入って来た堂守は呆れた様に、しかし少し笑いながら息をついて言う。「何て奴だ、人を心配させておいて」
「誰に聞いた?」
「箱田。メールしてきた」
「……そっか」
「……あいつに腹が立たないのか」
 と、少し躊躇ってから堂守は奇妙な質問をした。僕は眉をひそめて問い返す。「何であいつに?」
「箱田が、そもそもこの状況を作ったんだ。もう学校も滅茶苦茶だ」
 堂守はベッド脇の椅子に座って鞄を置き、ただ落胆した風に言う。うん、と僕はまずは肯定する。
「アニーのやった事には賛成しない。でも土星の夢の現象は、誰かを極端な妄想に掻き立てるだけの力がある気がする。きっと、あいつじゃなくても誰かが始めてた」
 そう言うと、堂守は意外そうな表情をして僕を見る。「お前なら、もっとあいつに反発する意見を言うと思ったが」
 僕はそんな堂守の言葉に、自虐的に笑って答えた。
「或る意味、土星の夢を切っ掛けに、ちょっと思い直す事があったんだ。自己中心的に行動してたのは、あいつだけじゃなかったって」
「また、夢か」
 堂守は呆れた様子で声を上げ、天井を仰ぎ見る。そのまま、誰も居ない隣のベッドに頭をドサリと落として、中途半端に寝転がる形のままでボソリと呟いた。「どいつもこいつも、自分は違うってフリしてる癖に、土星の夢に影響されてやがる」
「アニーの言葉を借りるなら……正に常識と自然を超えた大きな何かの意志が働くままに、ってところかな」
 土星の夢を見たか見なかったか。ただそれだけの事で、いとも容易く、人はその行動と思考を操作されていく。見えない何かの意志が働いていると直感的に感じ取るのも、不思議ではないかも知れない。
 だが、堂守は言う。
「そんな大層な巨大な力とやらで、俺の周りの人間は不幸になってる。そんな連中の見せる夢なんて、くそくらえだ」
 ああ、と僕は同情した。「近藤も、自業自得とはいえ哀れだよね……」
「部活は同じだが、俺はあいつとは仲良くねえぞ」
 僕はその言葉を意外に思い、その意味を尋ねる。何でも、部内でも協調性があまり無い上に度々問題を起こしていたので、あまり近藤を気遣う言葉は、部活内のグループメッセージでは出て来ていないらしい。堂守が近藤とよく喋っていたのは、なるべく彼と波風を立てない様に穏便に日々を過ごす為の予防策だったらしい。
 じゃあ、周りの人間って? 僕はそう訊こうとして、止めた。土星の夢に関わる不幸など、どんなものであるか明らかだ。それを、友達だからという理由で無闇に話すものでもないだろう。僕はただ沈黙し、窓の外を眺めた。
 少し暗くなった空気を緩和させようとしてくれたのだろう。堂守は鞄から折り畳み式の将棋盤と駒を取り出し、「暇潰ししようぜ!」と誘ってくれた。僕はそんな彼の心遣いに、口には出さずとも心から感謝し、夏至も近くなった静かな病室で、共に過ごした。
 それでも、病室の窓から見える雲一つ無い夕焼け空と違い、僕の心は晴れないままだ。
 僕らは確かに、目に見えない誰かによる土星の夢に、行動と思考を支配されている。
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