白に憧れても

夏木ほたる

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四話

6

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 卓が嬉しそうに言いながら、僕に両手を回す。僕は無意識に詰っていた息を吐き出した。

「凪は銃撃つよりスニークする方が似合うって思ってたんだ」

「……よくわかんないけど、それ褒めてないだろ」
「そんなことないよ。超かっこよかった」

 僕は今度こそコントローラーを手放すために、それを卓へ押しつける。

 それからしばらく、僕は卓に凭れながら彼がゲームをしている画面を眺めていた。操作をするのは好きではないけれど、コントローラーのボタンを押す音を聞くのが僕は好きだった。カチャ、カチャカチャ、と不規則なボタンの音、それと同時に鳴り響く銃声と無数の呻き声を聞いていると、ふと卓が口を開いた。

「おれ、本物のゾンビに囲まれたら、生き残れるかな」

「ゾンビなんて現実で会わないだろ」
「もー、ちょっとはノってよ」

 背後で卓がふてくされたような顔をしている気がした。

「……少なくとも拳銃は手に入らないと思う」
「あー、確かに。そしたら凪に守ってもらおうかな。おれナイフキル苦手だから」

 卓はそう言いながらも、ゾンビにナイフを突き刺している。僕は画面の先の主人公を自分に置き換えようと想像した。怪我をしながらも必死にゾンビに立ち向かう。
 けれどどうにも、想像は上手くいかない。こんな風に何かに対して必死になる自分の姿を、想像できないのだ。
 そんな僕をよそに、卓は言った。

「おれ、こういう世界に生まれたかったな」

「なんで」
「なんかわかりやすいじゃん。本気で死にそうなくらいの危険とか、敵を殺さなきゃいけないっていう目標とか」

 主人公が叫んだ。画面にはゲームオーバーの文字が映る。

「学校に行って授業受けたりなんかしてると、たまに不安になる。おれ何してるんだろって。教室でじっと座ってると、落ち着かなくなる」

「……」

 独り言のような卓の言葉について考えながら、何事もなかったみたいにセーブポイントで生き返る主人公を眺めた。いつゾンビに殺されるかわからない世界なんて、僕はごめんだ。ただ生きるという目標の元で次々と現れる壁を乗り越えていく気持ちも、想像ができない。
 でも、卓が言ったみたいにわかりやすいゴールがあるというのは、確かに羨ましくもあった。目の前にゾンビが現れて、それを殺さなければいけないという場面になったら、僕はいろいろな考え事をすべて投げ捨てて忘れてしまえるのではないかと思ったからだ。

 僕は立ち上がって、卓をベッドの上へ引っ張った。

「ちょっと、いま敵が」

 声を上げる卓を無視して、ベッドに仰向けにさせる。卓の持っていたコントローラーが、ごとり、と床に落ちた。ゲームオーバーになったのか、画面から流れる音が少し小さくなる。代わりに近くなった窓から雨音がよく聞こえた。いつの間にか雨はずいぶん激しくなったらしい。時々、雷も鳴った。

「……」
「やる?」

「うん」
「おれもシャワー浴びたいな」

「……さっさとして」

 へらへらと笑う卓が出て行って、僕は一人でベッドに横になる。手を伸ばしてカーテンを少しだけ開けた。ほとんど真っ暗だった部屋が、微かに明かりを帯びる。外は大雨だった。明日で夏休みは終わりだ。

 
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