神と蛭

川嶋

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天から照らす者

日陰に木漏れ日がさす

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「ああ、いつまでここにいるのだろう。」

名前なんてない男は、ただろ方に座り込んでいた。
一週間以上何も食べていない。それでも生きていけてしまうこの体。それでも終わりはちゃんと来る。その終わりに向かってひたすらに歩いている自分のはずが、お腹はすくし、気持ち悪さも、頭痛も全てが男を襲う。

かれこれここに座って3時間は経過した。
目の前を横切る人間たちは、男を見るや否やそそくさと離れていく。怖いものを見たかのような硬い表情と、因縁の相手を見た鋭い眼差し。
今まで生きて21年間、この視線には慣れてしまった。
親を知らなく、仲間がいる施設で生まれ、18歳で世に放たれた。でも、男の性質上、仕事にはありつけない。
そこら辺に歩いている動物や、捨てられた食べ物を食べて生き延びてきた。
もう限界に近い。

生きることに疲れてしまった。また夜が来る。
太陽は西の海に沈みかけていた。
人間たちは夜に活動する『蛭』達を怖がり、そそくさと帰っていく。
また一人の時間がやってくる。
でももう動けない。このまま眠りにつこう。


静かな時間がいつもの様に通り過ぎる。
いや、男の前に一人の人間が立ち止まった。

「ねえ、ちょっと力貸してくれません?」

男が顔を上げると、目の前には、着物調の白いドレスを来た女の人が立っている。後ろから数人の男性が「危ないから話しかけるな」と叫んでいる。それを気にすることもなく彼女は男の腕を掴んだ。

今あなたにしかできないことなの。

ドレスの胸元に金色の糸で菊の模様が縫われている。そうか、彼女は、天からの授け物を受け取った『神の子』の一員なのか。
男は少し戸惑いながらも、強く握られる腕を振りほどく力がなく、ただ連れて行かれる。

着いた先は森の中だった。
目の前には半透明の碁盤の目のような布が空から地面までつながっていた。
初めて見る光景に男はただ立ち尽くすしかなかった。
布の先には、黒く靄がかった人型の何かが徘徊している。かと思ったら、男の腕を握りしめる女を見て、こちらに向かって走ってきた。

「あの子達を片付ければいいの?」

女は、ほかの者たちに話しかけていた。どうやら蛭のなり損ない達らしい。自我があるより無い者たちの方が本能で動く。人間の狂気になりうる種を入る前に終わらせる。そういうことだそうだ。
一人の女の仲間であろう人から『姫がこなくても大丈夫』との言葉が聞こえる。

姫、、、。この彼女のことなのだろう。
そこまで位が高い女がなぜ私のところに。
と男が考えている間に、女は、

「何がいるかわからないし、みんなで払ってるし。
この子がいるしね。」

男を見つめ言い放った。
男にとっては意味のわからない事態だ。
蛭を倒す?人間には昔に傷つけないと心に誓ったが、同じ仲間であるこいつらを、殺せるのだろうか。

目を点にして、立ち尽くす男に女は言った。

「ここに手をかざして。穴が空いたらすぐに後方へ。」

言われるがまま垂れ下がる幕に触る。
触れた部分からたちまち穴が空いていく。
人ひとりが通れる幅ができた瞬間に、黒い靄がこちらへ突進してくる。
男は女に押されて、後ろに下がった。

女の脇の部分から出てくる扇子が広がる。
大きな風を起こし、黒靄を吹き飛ばした。瞬時に扇子を畳む。すると次は小刀に変わった。

黒靄が目の前に来る瞬間を切り裂いていく。
たちまち黒靄は闇夜に消えていった。
ただし女の隊より、靄の方が圧倒的に数が多い。
たちまち女ひとりを靄たちが囲む。
切り裂く彼女に齧りつこうと必死に覆い被さる靄にとうとう女の姿は見えなくなった。

隊の人達が必死に援護しても間に合わない。

気がつくと男は体に鞭を打って彼女の元に走り出していた。
目の前で人が傷つくところは見たくない。
関わりが今日の今まで無かった彼女でも、何かの縁だ。その縁が傷つくのは男にとって嫌な事だった。

男は近くに落ちている枝を拾って、自分の腕を切り裂く。滴り落ちる血が黒い靄に向かって弾丸となり突き走る。黒靄に当たった血は、形を変えて鳥籠のような牢屋を作りだす。全ての靄を収納した。

鳥籠の内側に無数の刃が出来る。
全ての靄を切り裂いて、女の周りは静かな時間が流れた。

「なに、、、いまの?」

女が男を見つめる。
男は心の中で、

『よかった。』

一言呟いた。

男の視界がぼやける。
女の目に男が倒れる映像が映し出された。

男の耳に遠く聞こえる、『ねぇ!起きてよ!ねぇ!!』
という声を聞きながら、男は眠りについた。
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